第100話「道化師と異端児」
【仮面の道化師】がある<九天の一端>までに丸2日。
日も暮れた夜中に俺とヨシノは【仮面の道化師】のギルドに到着した。
不夜城と呼ぶのにふさわしい豪華な城。
俺が最近行った王が住まうあの城と比べたら劣ってしまうかもしれないが、それを抜きにしてもかなりの大きさだ。
それに【天使の加護】のぼろさと比べたら、天国にある王宮のようなものだ。
「意外にかかっちゃったね」
ヨシノが心配そうな声で呟く。
「いや、俺が予想していたよりも早く到着できた。 これだけ魔力を温存してここまで辿り着けたのはかなり大きい」
正直俺はヨシノを舐めていた。
俺は魔力量が少ない変わりに、その少ない魔力をどう扱うかを熟知している。
だから俺は普通の人(一般的に魔力を扱える者)よりも使い方は上手い自信はある。
移動にはヨシノの魔力消費量も計算に入れていたが、思っていたよりもヨシノはついて来れた。
彼女が見ていない間も練習を積んでいたことを思うと感慨深い気持ちにもなってくる。
「入るぞ」
しかし感傷に浸っている時間もなく、俺は雰囲気が歪な扉に手をかける。
それにしてもやけに静かだ。
いくら七大ギルドといえども、エルゼ達が攻めてきているならもう少し人の出入りがあってもいいはず。
でも騒ぎどころか、人がいない。
これは明らかに異質な状況である。
「行こう、カナタ君」
「ん、ああ」
ヨシノのはっきりとした言葉に意識を現実に戻される。
そうだ、今やるべきはエルゼ達の安否確認。
このギルドにアルがいるかどうかはエルゼ達を助けて考えるべきことだ。
エルゼが冷静さを取り戻せばきっといいアイデアをふり絞ってくれるに違いないからな。
それにもし【仮面の道化師】がアルを連れ去ったとしても七大ギルド相手ともなれば真実を捻じ曲げる嘘で塗り固められるだけだ。
そうして俺は【仮面の道化師】の扉を開いた。
扉を開く重さがずっしりと腕にのしかかり、同時に少しばかりの不安がよぎる。
この目の前にもしかしたら重傷のエルゼ達が倒れているかもしれないから。
扉を開き、すぐさま目に入ったのは大階段。
赤の絨毯が掛けられ、階段の手すりは木製でありながらつやが出ている。
一瞬見ただけでどれだけお金がかかっているのか想像に容易い。
しかし、豪華な内装に目を向けている場合ではなかった。
黒服に身を包んでいる男が一人の女性の首をも持ち上げていたから。
そして床に転がっている少女。
ここにいる二人の女性には見覚えがある。
「おや、今日はやけに賑やかですね」
黒服の男が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「カ、ナ、タ……」
首を掴まれながらなんとか声を発した金髪の女性は俺とヨシノが探していたエルゼ。
そして床に倒れていたのは、エルゼに付いていったシダレの姿だった。
俺はフリルを取り出した。
もう、目の前の男にしか今は集中できない。
「その手を放しやがれ」
「ああ、なるほどお仲間でしたか。 では、どうぞ」
黒服はそのまま俺に対してエルゼを投げた。
「のっやろ!」
俺はエルゼを抱え、その場に下ろす。
「ヨシノ! エルゼを頼む」
「う、うん!」
ところで、黒服の男はどこに行った?
「ぐあっ!」
後ろから重たい蹴りが飛んできた。
内臓にも届くかという勢いの蹴りはそのまま俺を後退させ、膝をついてしまうほどのダメージだった。
速い。
魔眼を使っても追えないということは、身体能力だけでこのスピードを体現しているということ。
魔力を使わずにこの速さは、人間ではジェットぐらいしか見たことない。
ジェットと同程度の身体能力。
いや、スピードだけならあいつ以上か。
ところで、敵はどこだ?
「あなた達は正当な理由なくこのギルドに侵入したので不法侵入となり死刑とさせていただきますがよろしいですか?」
「なっ!」
俺は背後から聞こえた声に反応し、距離を取る。
声だけで反応したのは、敵の位置を掴めていなかったから。
俺の魔眼『深淵への誘い』は魔力がいくら微量でも感知できる眼。
しかし、感知している元を辿れば俺の脳みそへと繋がる。
つまり俺の脳の処理が追い付かなければ相手に反応することは不可能なのだ。
「その眼は厄介ですね……」
厄介という言葉を使っていながらも、こいつの表情は全くその気配はない。
遊ばれているという言葉が突き刺さるほど、今の状況は圧倒的に不利だ。
それに敵が身体能力だけで戦っているとすれば、片手に持っているフリルがただの刀となってしまう。
「質問だ、お前ら【仮面の道化師】がアルを誘拐したのか?」
ゆっくりと立ち上がり、黒服の男を睨みつける。
今はこの状況を打開するためにも、こいつと話を続ける必要がある。
「ええ、そうですよ」
やけに簡単に答えてくれるな。
その態度は逆に自信の表れ。
別にその事実が公になろうが、表沙汰になろうが関係無いということだ。
「いいのか、そんな事実を話して」
「ええ、【森の妖精】がこの場に来た時点で負けですよ。 ここに来た者は一人残らず殺していけとギルドマスターからの命令ですので」
うっすらと笑みを浮かべた黒服は不気味な存在だった。
能力がわからない、どう戦っていいかわからない。
そういう不安もあるが、それが原因ではない。
こいつの後ろにいるギルドとしての【仮面の道化師】、巨大な何かに対しての純粋な懐疑心。
これが俺の不安心を逆撫でしているのだ。
「じゃあ、俺は関係ねえな。 俺だけは生かして返せ」
聞かないでくれよ、ヨシノ。
嘘だからね、全然そんな事思っていないから。
気になってヨシノの方を振り向くと、俺が彼女の顔を見て来た中で一番気味悪い顔を浮かべている。
嘘だからね?
「ふふふ、そうですねえ。 ですが【森の妖精】の一人と一緒になってきた時点であなたも同罪ですよ? <危険領域>を生き抜き、『神の実績』に勝った男。 『異端児』カナタ・アゼレア」
「なんだそれ、二つ名ってやつか」
「ええ、有名人ですよ」
嫌な二つ名だな。
もうちょっとカッコいいやつなかったのかよ。
機動戦士とか、超大型巨人とか。
「そりゃ困ったなあ、人気者になっちまうとお前みたいな奴が寄ってくるってことかい」
俺はフリルを構えた。
結局アルを攫った犯人は【仮面の道化師】。
しかも計画的な犯行。
エルゼが予想していた通りの結末だったってことだ。
つまりこれからの戦いはギルドとの、【仮面の道化師】との戦い。
だとすれば俺はこの初戦で自分の能力を使うわけにはいかない。
きっとこの先にはこいつよりも強い相手が出てくる。
そして、アルを救出しなくてはならないから。
「なんでこうも面倒事に巻き込まれちまうんだろうな」
俺はフッと笑って見せた。
ここからだ。
魔眼も魔力に依存したもの。
つまり発動時間も限られてくる。
「時間制限ばっかりだな」
黒服の男は間合いを詰めてくる。
そして奴が手に召喚したのは、魔装武具であるナイフだった。
軽く、扱いやすいナイフ。
こいつに合う武器で一番相性が良いと言っても過言ではない。
そして俺の間合いに入るや、ナイフを振り回す。
魔眼によって追いつけてはいるがすべての攻撃を防ぎきれているわけでもない。
所々服が切られ、もちろんそのうちにある皮膚も切れる。
「おいおい、見た目の割にスマートな戦いじゃねえなあ!」
「私に言葉責めは効果ないですよ」
目を細め、不敵な笑みを浮かべた黒服の男は攻撃スピードのギアをさらに上げてきた。
反撃をしようとするも、その予断さえも許さない。
このスピードに俺が追い付けるわけがなかった。
いくら魔力で自分の身体を強化しているとはいえ、俺の身体をこの男のレベルまでに引き上げることはできない。
「くっ!」
黒服のの力技によって体を後ろに下がらされる。
速い上に力もある。
こんな男を表舞台に出していないというのは【仮面の道化師】の策略なのだろうか。
「私にはまだ仕事が残っておりますので、早めに切り上げさせていただきます!」
そう言った瞬間、黒服の男に魔力が集中する。
「この能力、レギオン・スカー?」
知っているような声でヨシノが呟いた。
ヨシノに詳しい話を尋ねたいところだが、今は目の前の黒服に集中しなければならない。
レギオンと呼ばれていた男の周りから出てきたのは、黒い霧だった。




