2.ダルムシュタット発・品川行 (折返し)
あまり反応のないイケメンを前にして私がうろたえていると、ドタドタと部屋の外から足音が聞こえた。
「殿下!!やりましたよ殿下!!」
突然大きな声がして、ドアが開かれた。
殿下?
ドアから出てきたのは、モデルにもめったにいなさそうなスラッとした体型をして、長めのサラサラのシルバーブロンドの髪をなびかせる、グレーの目の青年だった。薄幸の美少年って感じがする。倒れている金髪のイケメンといい、さっきからビジュアルのレベルが異様に高いんだけど。
「一時的にですが、ミリザンド妃の魂を異界に追いやりました、今のうちに・・・殿下!?ああっ、殿下!!殿下ああああ!!」
銀髪のイケメンはショックで細めの目を見開くと、横たわる金髪のイケメンの前で絶望したようにうずくまった。本気で泣いているみたい。
異界とか言っていたけど、なんかそういうファンタジー的な設定の撮影?今のシーンカメラ取り逃がしていたら勿体ないけど・・・
「あの・・・アーユーオーケー?」
ちょっと心配になった私が様子を伺うと、銀髪の青年は虚ろな目で私を見返してきた。あんまり友好的じゃなさそう。
私が襲ったように見えるから当たり前か。
「・・・あなたは・・・」
「ノーノー!!アイキャント、スピーク、イングリッシュ!!アイム、グッド、ガール!!ドント、スー、ミー!!」
「・・・混乱するのも無理はありませんが、落ち着いてください。僕にはあなたの言葉がわかります。」
かすれた声をした銀髪の美少年は、見た目に反して訛りのない日本語を話したので、私はびっくりした。
「ユア、ジャパニーズ、イズ、グッド!!ベリー、ベリー、グッド!!」
「ありがとうございます。とりあえずなにか羽織ってもらえますか。」
美少年の指差す先に女性用のガウンみたいなものが畳んであって、教育上よろしくない格好をしていることを思い出した私は慌ててそれを羽織った。
「セ、センキュー!」
「あなたのお名前は?」
淡々と日本語を話す美少年は、私にとくに友好的でも敵対的でもないようだった。
「エミリ・・・」
思わず本名兼芸名を名乗ってしまったけど、名字は伏せているしいいよね。多分これ夢だし。なんか銀髪のイケメンが日本語喋ってるし。
「エミリー様、時間がありませんので、手短に説明します。僕の魔法によって、あなたの魂は一時的にミリザンド王太子妃の体の中に入っています。」
「ミリザンド?魂?魔法ってどういうこと?」
夢にしては設定が複雑すぎるわ。この銀髪の青年の日本語が上手すぎるのは、もう突っ込むのをやめた。魔法はさすがに突っ込む。
「とりあえず、この手鏡を御覧ください。」
「あ、ありがとう・・・えっ、髪が赤くなってる!?」
渡された手鏡の中に移ったのは、私だけど私じゃないような女性だった。赤髪と緑の目はあきらかに違うけど、顔立ちも体格も私とすごく似ていて、これが自分だって言われても違和感はなかった。
でも私より肌が綺麗で悔しい。
「あなたが入っている体の持ち主、ミリザンド王太子妃は隣国カッセルの王女です。政略結婚で王子殿下に嫁いだ後、彼を籠絡してこの国を祖国に併合してしまおうと、殿下を魔法で快楽堕ちさせようとしたのです。」
「そんな無垢な顔で『快楽堕ち』なんてワード出されても違和感がすごいわ。それにしても、そんな危ない人なら閉じ込めちゃえばいいじゃない。」
一見すると純粋そうな銀髪の青年は私をじろっと見てコメントをスルーすると、説明を続けた。
「殿下から遠ざけようとするとカッセル側からクレームが入り紛争に発展しかねないので、僕が尽力して、ミリザンド妃と相性の良い異世界の女性と魂を入れ替える術を発動したのです。殿下のデリケートな場所は鎧でガードしたのですが、ご覧のように間に合わず・・・」
「えっ、ということは、この金髪の人が殿下なの!?」
床に倒れている、下半身だけ鎧に覆われたイケメンを見る。言われてみれば金髪に青い目でなんとなく高貴そうだけど、初対面で半裸だと体つきがよくてもあんまり威厳がないというか・・・普通にイケメンな観光客だと思ったし・・・
「ああ、殿下・・・僕が不甲斐ないばかりにこんな御姿をお晒しに・・・」
「え、この人快楽堕ちしているの?そこまでひどくないんじゃない?」
殿下の顔は言われてみるとたしかに『トロトロ』って感じもするけど、それほど淫らな雰囲気ではないし、女性にも不快感を感じさせない幸せそうな表情だと思う。イケメンは快楽堕ちしてもイケメンなのかも。
「日頃の殿下は威風堂々とした威厳がおありなのです・・・うう、僕が一足遅かったばかりに・・・」
「えっと、お嘆き中のところ申し訳ないんですけど、残念ながら間に合わなかったということで、私は元の体に帰してもらえますか?」
謎な展開だったけど、とりあえずいいカラダをしたイケメンは見れたし、まあいい夢だったかなと思う。王女云々が面倒な感じになる前に目を覚ましたい。
「・・・残念ながらすぐにとはいきません。殿下がこうなってしまうとリハビリが必要なので、たまに、ごく短時間でいいので、ご協力いただきたいのです。」
「えっ、だって魂まで入れ替えられるんでしょ?だったら、たかが快楽堕ちくらいなんとでもなるでしょ!?」
魂を入れ替えられるならなんでもアリじゃないかとおもったけど、銀髪の美少年は残念そうに首を振った。
「エミリー様の世界の魔法がどのようなものかわかりませんが、こちらでは魔法の効果は術者に跳ね返ってくるのです。他人を苦しませる魔法をかけると自分も同じだけ苦しみ、他人を悩ませると自分も悩むことになるのです。たとえば魂を入れ替える術はとても高度ですが、僕もこのあと自分の知りえぬタイミングで、赤の他人と魂を入れ替わることになります。エミリー様が困った分だけ後で僕も困るのです。」
なんだか妙に納得できる説明だった。魔法がインフレしなさそうでいいルールだと思う。
「なるほどね。その魔法ルール、フェアでなんか好き。じゃあ快楽堕ちを解く魔法って・・・」
「はい、快楽堕ちを解こうとするのはその快楽を味わっていない者にはほぼ測定不可能な上に、術者は奪われた快楽の分だけ虚無感に襲われ、廃人のようになってしまうのです。ミリザンド様はおそらくカッセルで快楽への耐性をつける訓練をしてきたのでしょう、殿下を堕とすほどの快楽が跳ね返ったはずですが、自我を失わなかったのです。」
なんだかトンデモ設定ではあるけど、それなりに一貫性があって面白かった。
「そっか、痛い拷問は辛くても、快楽で責めるなら耐性がある方が勝ちなのね。なんかくだらないけど深いわ。」
私が納得して一人うなずいていると、銀髪の美少年は苦々しそうな顔をした。
「くだらない、か・・・そう見えるかもしれませんね。さて魔法で快楽堕ちした人間は、週に一度ほど禁断症状が訪れ、これは術者が快感を与えることでのみ解消されます。この場合の術者は魂が入れ替わっていても関係ありません。」
この子が言わんとするところが分かってきた。
「え・・・つまり、あなたはときどき私をこの体に呼んで、殿下を襲えっていうの?それはちょっと・・・」
これが夢でも、私だってそんなモラルが崩壊しそうな約束はしたくない。
「とんでもない!!殿下はすでに快楽堕ちしているので、ミリザンド妃の体が地肌に触れるだけでかなりの快感が与えられてしまいます。問題なのは、そのタイミングでミリザンド妃がこの国のカッセルへの併合を打診することです。忘我状態になった殿下は、快感欲しさにうなずいてしまうかもしれません。」
「私の知っている快楽堕ちとちょっと違うみたいだけど・・・でも触っただけでいいの?ちょっと試していい?」
「いえ、今はまだ・・・」
私は幸せそうに転がっている王子の体を眺めると、しゃがみこんで腹筋のあたりをツンと指で付いてみた。
「つああああああああっ!!!!!」
叫んだ王子の振動で部屋が揺れる。思わず飛び退いた私の前で、さっきまでおとなしかった王子が頭と背を反らして痙攣していた。
「うそっ!?ごめん、こんなひどいなんて知らなくて!!えっと、大丈夫?」
「・・・ハッ・・・ハッ・・・・・・キ・・・キモチ・・・イイ・・・」
落ち着いてきた王子の顔はさっきよりも一段と緩んでしまっていて、すっかり涙目になっていた。今度は見た目からも明らかに快楽堕ちしているのがわかった。これはこれで綺麗だけど。
「駄目ですエミリー様!!今は術を受けた直後で殿下も敏感になっているところですから、次回お呼びするときは、発作直後であればもっと文明的な対応ができると思います。」
「そ、そう。でもこの調子だと私は一生呼ばれ続けるの?」
王子のベビーシッターとか、いくらイケメンでも引き受けたくない。
「いえ、快感は今のように控えめでいいのです。そうしてだんだんと軽減させていけば、そのうち刺激がなくても禁断症状をやり過ごせるようになります。」
「そう・・・とりあえず約束したら帰してくれるのね?でも私、仕事があるから突然さらわれても困るんだけど・・・」
約束なんて守れないって言って魂を誘拐されるのも嫌だから、とりあえず交渉してみる。
「ご都合はわかりますが、こちらも殿下の発作のタイミングによるので・・・触るだけで大丈夫なので、なるべく短く済ましましょう。身近な方に事情を説明して、数分ほど面倒を見てもらえるようにはできませんか?」
「うーん、ユキトが信じてくれればいいんだけど・・・とりあえず掛け合ってみる。今はじゃあ帰してくれる?」
銀髪の青年は案外すんなりとうなずいた。
「はい、これ以上エミリー様が長居をされると、僕が見知らぬ誰かと入れ替わる時間も長くなりますので、これで終わりにしましょう。ミリザンド妃が戻ったときに殿下と同室だとまずいですから、こちらの部屋へどうぞ。」
私はさっきよりもすこし落ち着いた内装の部屋に案内されて、革張りのソファに腰掛けた。
「それでは殿下の次回の発作の際に、またお招きします。時間はわかりませんが、一週間後のこの日です。」
「うん、まあ、指でつつくぐらいならいいけど、すぐ帰してね。車運転してるときじゃなければいいんだけど・・・」
「クルマ、ですか・・・?一応30秒から一分ほどの移行期間があるので、足場が悪い場合などはなんとかしていただけるといいのですが・・・」
30秒ね・・・この日だけ運転はやめようかな、なんて考えているうちに、私の目の前がまた真っ暗になった。
あ、さっきと同じ感覚。でも今度は頭があんまりいたくないかも。
夢から覚めるのかな、なんて期待しながら、私の意識は遠くなった。