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1.品川発・ダルムシュタット行(始発)


私は企画書のパワポを開いたタブレットをバンとテーブルに置くと、気だるげにカルピスを飲んでいるユキトに迫った。


「とにかくもう一回このアンケート見て!実写化で誰を主人公にしてほしいか聞いたところ、ユキトを推す声が37%!二位の2倍以上よ!?10時からの枠は裏番組に強いのがないから、視聴率もとれるわ!」


ユキトはチラとパワポに目を移したけど、すぐにまた手元のスマホをいじりだした。セールスポイントの一つ、パッチリした大きな目は、乗り気がしないユキトの気持ちを映してアンニュイに光っていた。


「だから俺、変な色がついちゃうのは嫌なんだって。大学と両立させると当分はこの仕事一本になりそうだし、これ受けたらこの先わんこ系のオファーしか来なくなるじゃん。」


ユキトのちょっと高めの声が部屋に響く。


「無色透明よりはずっといいじゃない。この世界、個性がないとやっていけないの。厳しいことを言うようだけど、ユキトのイケメン度はけっして業界トップじゃない。でもそのおっきな目をうるうるさせてお姉さんに甘えるとき、その胸キュン度はユキトの右に出る者はいないわ!!」


「だからそこで日本一目指したくないんだって。エミリさんだって、悪役令嬢キャラがハマってからそういう仕事しかなかっただろ?」


少しだけ癖のある前髪をかきあげながらユキトが言うように、私もマネージャーになる前に一時期女優の真似ごとをさせてもらっていた。少しツリ目気味で周りより体型が恵まれていたからか、悪役令嬢を演じたときにちょっとだけ人気になったこともある。


「私は好きだったからいいのよ。悪役令嬢ものは実写向きの原作が少なくてあんまり広がらなかったけど、ワンコ系と年下・弟系をあわせたら需要はかなりになるわ。購買力のあるマダム層をターゲットにするのよ。ユキトの言う爽やか系イケメンは供給過多でマーケットも頭打ちなの。そもそも今ある仕事だってユキトが弟役で中ヒットしたからじゃない。気にすることないでしょ?」


「それはわかってる。でも脱皮したいっていうか、エミリさんと違って俺、大学とか友達仲間でも弟扱いされるの嫌なんだよね。それに大学生の今は弟でいいけど、30近くになったらどうしろっていうの?」


ユキトの大きな目が少し挑戦的に渡しを見上げる。私の年齢をターゲットにしてきたわね。


「えっと、色々手はあるわ。例えば年上の女性と結婚して娘を溺愛するパパになるとか。アイドルじゃなくて弟キャラなら結婚してもそこまでファンは減らないはずわ。」


「もう人生決めつけちゃってるじゃん。俺コミカルな性格してないから、そういうかわいいおじさん的な役回り期待されるときついんだって。」


すっかりすねているユキトをなだめるのも大変。でも本人は自覚がないけど、実はすねているユキトはすごく可愛く見える。


「とにかく、一度ビッグに成功すればいろんな道が開けるわ。こんな大きな仕事めったに来ないし、それにコメディ映画から大河ドラマまで進出した人も少なからずいるのよ?とりあえずまだ回答期限まであるから、一旦おちつ・・・いて・・・あれ・・・」


座っているのに急に目眩がして、目の前が揺れだした。


私は頭をゴツンとテーブル上のタブレットにぶつけた。


「俺の部屋で倒れられたら説明に困るって。具合悪いの?・・・え、ちょっとエミリさん!? どしたの!?エミリさん!!!おおい!!」


慌てるユキトの声がだんだん遠くなって、私の目の前も暗転していった。






「(・・・くっ・・・馬鹿にするな・・・うぐっ・・・この程度の試練・・・耐えてみせ・・・うっ・・・)」


遠くで声がする。目の前はまだ真っ暗だけど、これは夢かしら。


そういえばユキトの試験が終わったら、戦隊モノの撮影があるんだった。声だけだけど、この俳優はかなり迫真の演技ね。


「(・・・つっ・・・覚えていろっ・・・くはっ・・・・俺はっ・・・負けな・・・んぅ・・・)」


さっきからあえいでいるシーンが長いけど、これ長めに撮影してベストの部分をつないで使うのかしら。最近だと悶え苦しむ演技は親御さんから苦情が来たりするし大変よね。


「(・・・くっ、殺せ・・・もはやっ・・・う・・・これまでか・・・んあっ・・・つふっ・・・)」


今のいわゆる『クッコロ』ってやつよね。なかなか攻めてるけど、深夜ドラマかしら?この俳優、少し高いけどきれいないい声をしてる。


ところで、私は何?なんで撮影現場にいるの?息遣いとかから言うと、セリフ合わせじゃなさそうだけど。


「・・・うぐっ・・・も、もう駄目だっ・・・あ・・・うっ、うああああああああっ!!!」


あれ、遠くだと思っていたけど、声はすごく近くで発せられているみたい。今の断末魔は苦しみと悩ましさに溢れたプロの作品だった。かなりの役者ね。


ひょっとして目も開けられる?


「あ、普通に目、開いた。ってここどこ!?夢!?」


私の目の前に広がる部屋は、高級ホテルにしてはちょっと装飾過多なゴージャスな部屋だった。ロココ調のデザインホテルってやつかしら。『お嬢様』の撮影に使うようなセットかも。


「・・・うぅ・・・・」


自分の下でうめき声がして、初めて私は自分が人間の上に座っていることに気づいた。


「えっ!?どういうこと!?」


目を落とすと、ユキトを金髪碧眼にして、すこし体格を立派にしたようなイケメンが、私の下敷きになって横たわっていた。とろんとした目がぼんやりと虚空を見つめているけど、彼の少しあどけなさの残るハンサムな顔は、少し口元が緩んでいてもかなり見ごたえがある。


首から下もひきしまったいい体をして・・・


「えっ、なんで裸っ!?あっ、そういうホテルだったの!?家具とか納得しちゃうけど!!でもなんで欧米人!?」


青年は鍛えられたいい体を惜しげもなく晒していて、私は動揺した。


でもよく見ると上半身ははだけて肌を見せているのに、なぜか下半身は鎧みたいなのに覆われている。


「なんなの!?ほんとなんなの!?えっと、大丈夫ですかっ!?アーユーオーケー!?」


「・・・んぅ・・・」


少し反応があった気もするけど、目の焦点がまだ定まっていないみたいで、私の下のイケメンはピクッと体を動かしただけだった。


何があったか知らないけど、とりあえず表情は穏やかだから、怒ってはいないのよね?


「えっと、とりあえずこの人が起きたら状況を聞くとして、とりあえずここはどこ?」


ゴテゴテした装飾の室内を見渡す。私とこの欧米人以外は誰もいないみたい。窓があるけどガラスが濁っていて外が見えない。けっこう本格的な暖炉があるようにみえるけど本物かしら。地震があったら落ちてきそうで怖いシャンデリアに、ちょっと年季の入った感じの壁掛け。


カーペットの敷かれた床には高価そうなマントが無造作に脱ぎ捨てられているけど、もう一度見ると青年の裸の上半身の下に、引き裂かれたシャツのような布とボタンがあるのが見えた。


「あれ、このイケメン、身ぐるみ剥がされた感じ?そういう設定?でもカメラないし・・・私の格好は格好大丈夫かしら・・・え!?ええええええええっ!?」


私の服装に目を転じると、かなり攻めた黒の下着の上から、半分シースルーのポンチョみたいな薄い布を羽織っていた。こんな際どいファッション、どっちも持ってない。


なんだか誘うような格好のわたしと、服をはだけさせられて倒れているイケメン、なんだかやけに豪華な部屋・・・


「嘘・・・これ夢よね・・・私の服じゃないし・・・でも私、観光客逆ナンしてホテルに連れ込んじゃったの!?・・・」


まずいわ。芸能界引退しているけど、一般人としてこれはまずいわ。夢でもちょっとまずいかも。


「・・・ふ・・・は・・・」


青年がまだとろんとした目をこっちに向けた気がした。何かいいたいのかもしれない。


状況からみてなんだか私が一方的に襲ったみたいな感じだし、この人がアメリカ人だったら、これ訴えられちゃうやつ?


「ノーノー!!アイアム、イノセント!!ノー、リメンバー、ノー、クライム!!」


英語の成績はそんなに悪くなかったのに、いざとなると出てこない。


覚えてないから無罪、ってそうは問屋は卸さないわよね・・・でもこの人だって、きっと旅行先で羽目を外しちゃったとか、そういう感じよね。たぶんこれ私の夢なんだし、都合良すぎるかもしれないけどそういう設定でいてほしい。


「・・・んぁ・・・」


「ノープロブレム、アダルト、オーバー、エイティーン!!ラブ、アグリーメント、オーケー!?」


とろんと虚空を見つめる半裸の青年にむかって、私は必死で喚いた。





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