07 初めての魔法
鍛錬場へ行くと、前来た時とは違って利用している兵士達の姿が見えた。私とウィネットが入ってくると、ざわりと騒がしくなる。
なんだか注目されている気がする……。
居たたまれなくなって、ウィネットに隠れるようについて行く。
「魔法の訓練ですか、ウィネット様」
「ええ、セレーネ様に見せてあげようと思ってね」
みんな遠巻きでこちらを見ていたのに、一人の男性が声をかけてきた。誰だろうとウィネットの陰から顔を出す。
「あ……」
そこには謁見の間に入る前に声をかけてくれた兵士の人がいた。私の視線に気が付くと、笑みを浮かべて手を振ってくれる。つられて私もひらっと返す。
「ああ! 隊長だけずるいですよ、姫様と仲良くして!」
「俺達もお話ししたーい」
どやどやっと辺りの兵士が集まってきて、あまりの圧に私は尻込みしてしまう。
「ちょっとアンタ等、姫様を怯えさせてんじゃないわよ。業火に焼かれたいの?」
ウィネットはぼうっと手の平に炎を浮かべて、兵士達を睨みつける。
「「「滅相もない!!」」」
彼等は声を揃えて身を引く。それを見て、ふんと鼻を鳴らして手を握り込み、出していた炎を霧散させた。
「はいはい、全員退出ー。これ以上ここにいたらウィネット様の反感を買うよ。それに姫様の邪魔になるしね」
「……うぃーす」
「分かりましたー」
「すみません……私の方が後から来たのに……」
「いいんですよ。ちょうど休憩にしようと思ってた所でしたから」
「ありがとうございます。ええと、隊長……?」
名前が分からないので、周りの兵士が言っていた様に呼んでみる。
「ああ、すみません。自己紹介をしていませんでしたね」
すっと片方の手を胸にあて、もう片方は腰の後ろに置いてから少しだけ頭を下げた。
「ドラゴン師団、ドラゴンナイト連隊長を務めますヒューバート・オニールと申します。ヒューバートで結構ですよ、姫様」
ドラゴンナイト! 唯一ドラゴンに乗ることを許された騎士隊だ。その隊長って、やっぱり位のある人だったんだ。
でも……
「あの、ヒューバート」
「はい」
「ドラゴンナイトの隊長は見張りの仕事もするのですか?」
そう問いかけると、不思議そうな顔をされた。
「えっと、初めてお会いした時、謁見の間の見張りをしているようでしたので……」
「ああ、あの日は本来の衛兵に無理を言って交代してもらったんです。普段はしませんよ」
「……呆れた。あなたそんなことしてたの?」
ウィネットは腕を組み、小さく息を吐いた。
「オルガ団長からヘリオスがえらく姫様を気に入ったらしい。という話を聞いて、直接会ってみたいと思いまして」
「ヘリオスもドラゴン師団に所属しているんですか?」
「いえ、まだ幼いですし正式に所属はしていませんよ。ですがよく遊びに来ますね。ドラゴンの宿舎には力のあるドラゴンがいるので、契約を交わしていないドラゴンは本来ならあまり近づかないんですが……。流石はオルガ団長の子供というか……」
じゃあ初めて会った時も、遊びに来て迷い込んでいたのかもしれない。
思い出すと、何だか会いたくなった。それにドラゴンの宿舎も気になる……。
そんな考えを巡らせていると、くすりと笑ったヒューバートと目が合った。
「もし許可が出るのなら、是非ドラゴンの宿舎に遊びに来てください。きっとヘリオスも喜びますよ」
「! は、はい……聞いてみます」
顔に出てたのかな。恥ずかしい……!
「では、私はそろそろ失礼しますね。勉強頑張ってください」
ヒューバートが出ていき、鍛錬場にいるのは私とウィネットだけになる。
「では魔法の実技に入りましょうか。先に私が手本を見せますね。まずは魔力の中心に使いたい魔法の式を思い描きます」
ウィネットは目を伏せ、胸の辺りに手を置いた。すうっと空気が変わり、魔力の気配が濃くなる。
「そしてその式に沿うよう魔力を流し、呪文を唱えます。“ファイア”」
言葉と共に右腕を前にかざすと、数メートル先にあった的に文字が浮かび、ぼっと音がして火がついた。
「これが火属性の基本魔法です。ちなみに同じ魔法でも、少し応用をすれば……」
先程とは別の的に向かって、同じ呪文を唱える。すると今度はごうっと勢いのある炎が上がり、的は黒焦げになる。
「このようになります。ただ、消費される魔力量は増えるので、必ずしも応用させた魔法の方がいいとは限りません。まぁ、そこは追々勉強していきましょう」
「はい」
「では、セレーネ様も実践してみましょうか。応用をしなければ基本魔法はどれも消費魔力量は変わらないので、お好きな属性の魔法を使っていいですよ」
どきどきと脈打つ心臓を落ち着かせながら、自身の魔力の中心に式を思い浮かべる。そして魔力を流し、呪文を唱えた。
「“ウォーターボール”」
かざした手の一メートル程先に文字が浮かび上がり、水の塊がふわふわと空中に現れた。
「わ……」
ファイアとは違い、派手さや威力はないが、自分で魔法を使えたということに感動を覚える。
水は数秒間浮かんだ後、ばしゃりと音を立てて床に落ちた。
「問題なく魔法が使えましたね。では、ご自身の魔力量を把握するために、魔法を続けて使ってみましょう。軽い脱力感が出たら魔力枯渇の手前ですので、魔法を使うのを止めてくださいね」
「分かりました」
折角だから、他の属性の魔法も試してみよう。
先程と同じように式を組み込み魔力を通して、残りの基本魔法である「ファイア」「ウインド」「ストーンショット」「ライト」「シャドーニードル」を使っていく。各属性を一回ずつ使った所で、体が重くなり気だるさを感じた。
「……ここまでみたいです」
一つ息をついて振り返ると、驚きの表情を浮かべるウィネットがいた。
「えっと、もしかして私の魔力量って少ないですか?」
「いいえ、逆です! すごいですよセレーネ様! 五歳未満の子は魔物と戦う機会もないですし、基本魔法三回が限界です。魔力に長けた子でも、四、五回と聞いています。セレーネ様はそれよりも魔力量が多いんですよ!」
すごい、すごいです! と連発しながら、ウィネットは私を持ち上げてぐるぐると回りだす。
「うぃ、ウィネット、ちょっと回すのは気分が……うぅ」
「あ、申し訳ありません」
私が注意すると、ぴたりと動きを止めて下ろしてくれる。軽く吐き気を催していたので、あのまま回し続けられなくて良かった。
「魔法を限界まで使った後ですからね。先にマジックポーションを飲んでおきましょうか。そのままじゃ辛いですから」
ウィネットは腰に下げたポシェットから、大人の手のひらに収まるサイズの小さな瓶を取り出した。中には青っぽい液体が入っている。
手渡されて飲むのを少し躊躇ったけど、これから先も必要になってくるだろうと考え、覚悟を決めて一気に飲み干す。
薬の一種なので、味は美味しいとは言えないものだったが、清涼感がありだるさや気分の悪さがすうっと引いていく。
「ふう……。ところで気になったのですが、魔力量はもしかして魔物と戦うことで増えるんですか?」
「はい。それが一番手っ取り早く魔力量を増やせますよ。でも、セレーネ様はまだ魔物討伐には出られませんから、毎日魔法の訓練をするといいですよ。そちらでも繰り返していると、魔力量が増えますから。ですが、無理をすると魔力枯渇を起こしかねないので、魔法を扱う時はマジックポーションを常備しておいてくださいね」
「常備ですか……。私自分のお金は持っていないので、手に入れられるかどうか……」
そう嘆くと、ウィネットは目をぱちくりとさせた。
「何を仰ってるんですか。城に配給されているものがある筈ですよ。オルガに言えばすぐ用意してくれる筈です」
「えっ! そうなんですか!?」
なら、魔法を使ってマジックポーションを飲んでを繰り返したら、かなり魔力量を増やせるんじゃないだろうか……!
「セレーネ様」
私の考えを読み取ったのか、ウィネットは目を細め、声を落とした。
「マジックポーションに限らず、薬を続けて飲むのはおすすめしません。体が慣れてしまって効果が薄れたり、有害な症状を引き起こすこともあります」
「う……」
それでもやりますか? と言いたげな笑顔を向けられる。わざわざ身を危険に晒す真似は私もごめんだ。
無茶な特訓はしないという約束をして、初日の授業は終わりを告げた。
後でオルガにマジックポーションが欲しいと話したら、同じように釘を刺された。私ってそんなに信用ないかな?