06 大事なのは式
幹部の面々の教育を受けることが決まって、私の日常はがらりと変わった。
午前は主にダリアの礼儀作法とオルガの一般教養の勉強。午後は一日おきに幹部の四人が入れ替わりで私の教育をする方針だ。
この世界の一月は三十日で、曜日は魔法の属性である火、水、土、風、光、闇の六つが繰り返されるらしく火の日はウィネット、水の日はゴードル、土の日はハミルミー、風の日はギルが担当するという話になったらしい。光の日は特に決まっておらず、都合がいい幹部が授業を行うということだ。ちなみに闇の日は勉強はお休み。
初日の今日は火の日。魔法の勉強を楽しみにしつつ、午前はダリアからテーブルマナーを学び、オルガには魔法を覚えるなら文字の勉強からと言われたので、読み書きが出来ることを伝えた。
確認のため朗読や書き取り、更には計算をそつなくこなし、オルガには少々怪しまれたかもしれない。だが、魔法を早く使うためには出し惜しみしていられない。
ちなみにお父様は「うちの子は天才か……!」と通常運転だった。
昼食を取った後は、勉強部屋でウィネットの到着を待つ。ただ待つのも勿体ないので、頼んで用意してもらった歴史書に目を通す。ゲームとの違いを確認出来るし、オルガとの授業の予習にもなって一石二鳥だ。
読書に没頭していると、部屋にノックの音が響いた。ダリアがそれに対応し、私に確認を取る。
「セレーネ様。ウィネット様が到着いたしました。お通ししてもよろしいですか」
「どうぞ」
本を閉じ、椅子から下りて待つ。顔合わせは済んでいるとはいえ、授業を受ける初日だ。挨拶はちゃんとしなければ。
そう思っていたのだが、ドアが開いた次の瞬間に私は柔らかいものに包まれていた。
「ああ! セレーネ様! お会いしたかったです! この間はレジェ様の手前、抱きしめることは叶いませんでしたが、ここでなら構いませんよね? ね?」
「うぐっ……く、苦しいです。ウィネット」
豊満な胸に押しつぶされ、私はもがく。女性とは思えない力でぎゅうぎゅう抱きしめられ、抜け出すことが出来ない。
「あ、申し訳ありません。つい、嬉しくて」
はっとして、ウィネットは名残惜しそうに体を離した。私は息を整えて、乱れた服と髪を直す。
「今日はご指導よろしくお願いします。ウィネット」
「はい! こちらこそよろしくお願いしますね」
ウィネットは顔の横で両の手を合わせ、満面の笑みを浮かべる。
顔合わせの時も思ったが、こんなキャラだっただろうか……?
魔法の研究にしか興味がなく、邪魔をする者は吹き飛ばす。実験だと言って、部下や街を吹き飛ばす。なんかむしゃくしゃするから吹き飛ばす。といった、かなりクレイジーな性格だった気がする。
笑ったとしても、それは不敵な笑みが多くて、こんな風に優し気な笑みをする感じではなかった。
私の前でニコニコとする姿を見ると、前者の性格はどこへやらだ。
「では授業を始めましょうか」
「はい」
私が椅子に座るのを確認すると、対面に立っていたウィネットが口を開く。
「まず、セレーネ様は魔法を見たことがありますか?」
「はい。オルガが回復魔法を使ったところを見ました」
「ちっ……セレーネ様の感動したお顔を拝見しようと思ったのに、あの駄竜が……」
ん……?
顔を背け、小さな声で呟くのが聞こえた。私が戸惑った表情を浮かべていると、ウィネットは誤魔化すように咳払いをする。
「では、その時文字が浮かび上がったのを覚えていますか?」
「はい」
うん、聞かなかったことにして勉強に集中しよう。
「魔法において、その構築が最も重要です。浮かび上がる文字は、質量、形状、効果など様々なものを組み合わせた式のようなもの。それを頭で構築し、魔力を通して呪文を唱えることで魔法が発動します」
「では、その式を覚えれば、どんな魔法も使えるんですか?」
「普通の人は適正がない魔法以外は覚えません。覚えて使おうとしても発動しませんから。ですがセレーネ様は全属性適正ですから、覚えれば覚えるだけ色々な魔法が使えます。組み合わせ次第では、新たな魔法を生み出せるかもしれません! 私は火属性と風属性しか適正がないので中々検証するのが難しかったのですが、姫様のご協力があれば初代勇者が使ったと言われる、失われた魔法も再現できる可能性も……!」
「お、落ち着いてください! まずは基本を学ばなければ出来ないことばかりですよね?」
テンションが上がって暴走しそうだったので、慌てて話に割り込んでウィネットを止める。
「ああ、そうですね。話を戻します。覚えるだけ魔法が使えるとはいいましたが、際限なく使える訳ではありません。自分の魔力量に満たない魔法は、式を覚えても発動しないよう組まれています。魔力が枯渇しないよう計算されているのですよ」
「魔力量……」
ステータスでいうところの、MPってことか。
ゲームの様にメニュー画面が出る訳ではないので、自分がどれくらいのステータスなのか分からないのが難点だ。
「もし式を組み替えて、能力以上の魔法を使って魔力が枯渇したらどうなるんですか?」
「最悪の場合死にますね」
「え……」
「不足した分は代わりに生命力を削るんです。昔は魔法を使って命を落とした……なんて話はありふれていたらしいですよ。魔法の研究が進み、そういった事故を防ぐため今の形態になったと聞いています。ですので、セレーネ様も不用意に式を組み替えないようお気をつけ下さい」
ウィネットの言葉に私は何度も頷いた。興味本位で聞いただけだったが、教えてもらっておいて良かった。聞いてなかったら式を組み替えて試していたかもしれない。
自分の考えの甘さにぞっとしていると、何故かウィネットはくすくすと笑っていた。
「何かおかしかったですか……?」
「ああ、すみません。式を組み替えることを最初に考えるとは、セレーネ様も研究者の素質がありそうだなと嬉しくなってしまって。きっと私の研究にも興味を持っていただける筈です。ふふふ」
その笑顔に不穏なものを感じ、先程とはまた違った寒気がした。何だか本来のウィネットを垣間見た気がする。その研究がどんなものなのかを聞いたら、また止まらなくなりそうなのでスルーした方が良さそうだ。
「それよりも、魔力量に満たない魔法が使えないのは分かりましたけど、その魔力量自体はどう調べるんですか? 大まかな量が分からないと、戦う時に使おうとして魔法が発動しない……なんてことになりますよね」
「ハッキリとした数値は出せませんが、魔法を何発打てるか……といったことで、大体の自分の魔力量を把握してますね。いくつか式を覚えることが出来たら、鍛錬場で試してみましょうか」
「いいんですか!?」
流石に最初は座学だけで、実技はまだ先かと思っていた。思いがけない提案に、はしたなくがたりと椅子から立ち上がってしまった。
「式が覚えられたら、ですよ」
「あ、すみません」
笑われて、私はかあっと火照った頬に手をやりながら座り直した。
「セレーネ様は文字は読めますか?」
「はい。オルガに読み書きや計算に関しては、教えることはほとんどないって言われました」
「それはすごいですね! ではこの本の基本魔法の式を、紙に書き写しながら覚えてください。ただ書くだけではなく、きちんと意味も理解しながらですよ。丸覚えでは応用が効かないですから」
「分かりました」
ウィネットから本を受け取りページをめくる。はじめの方は魔法の歴史や属性に関する記述だ。私は目次を見て基本魔法と書かれたページを開く。
そこには発動する時の呪文と構築する式が載っていた。細かく意味も書かれており、私はまずそれを読み込む。隅の方には応用編の欄もあるが、まず基本からだ。
ひと通り読んだら次は紙に式を書いていく。最初に覚える魔法だからか、そこまで複雑じゃないので何度か書くうちに本を見なくてもすらすらと書けるようになった。
そんな私を見たウィネットは「じゃあ、本当に覚えられたのかテストです」と言って、いくつか問題を出してきた。それも難なくクリアする。
「セレーネ様は覚えがとても早いんですね。私でも理解するのに数日は費やしたのですが……」
「あ、はは……早く魔法を使ってみたくて頑張りました」
私は笑って誤魔化す。
実際は、この式の組み方がゲームを作る時のプログラミングと似ていたお陰なのだが。
「まあ! では、約束通り鍛錬場に行ってみましょうか」
「はい!」
やった! やっと魔法が使える!
私は逸る気持ちを抑えながら、ウィネットと共に鍛錬場へと向かった。