05 幹部の面々
足を踏み入れてまず目に写ったのは、入口からずらりと並ぶ装飾された柱とその前に置かれたドラゴンの像達。中央にひかれた暗い紫色をした絨毯は、数段高い位置にある玉座の階段前まで続いている。
これまで謁見の間に入れる機会はなかったので、きょろきょろと観察したい気持ちが浮き上がるが流石に抑える。こんな場でそんなはしたない真似をする訳にいかない。
ゆっくりと玉座がある方へ歩いて行き、階段前に立ってからドレスを軽く持ち上げて礼をする。玉座の後ろの方には大きな窓が並んでいて、差し込む光がお父様の威厳を際立たせている。
私を甘やかす親バカな面ばかり見てたけど、こうしてると本当に魔王様って感じだ。いつも以上に格好良く見える。
じっと見つめていると、お父様はふっと表情を和らげ笑みを浮かべた。
あー、その顔は反則ですよ……。娘じゃなかったら惚れてしまう所です。
恥ずかしさを隠すように、私は後ろを振り返る。横の方で待機していたオルガが、「どうぞ」と四人の男女が並ぶ前へ私を促した。今度は彼等に向かってドレスを軽く持ち上げて、精一杯の笑顔を作る。
「お、お初にお目にかかります。幹部の皆様。レジェ・ロードニクスの娘、セレーネ・ロードニクスです。以後、お見知りおきを」
声は震えていたかもしれないが、なんとか噛まずに言えた。緊張を解していたお陰だろうか。礼を終えて姿勢を正し、改めて幹部の面々を見る。
「いやはや、まだ二歳になって間もないと聞いておりましたが、これは驚かされました」
短い灰色の髪に、暗い青みを帯びたロングコートを着たお爺さんは、顎髭を触りそう漏らした。そして優し気な笑みを浮かべて一歩前に出てくる。
「私は幹部の一人、ゴードル・オールディンと申します。前魔王様の頃からこの地位を賜り、治安維持を任されております。後先短いじじいですが、仲良くして頂けると幸いです」
頭を下げられ、つい自分も下げようとしたら、オルガの鋭い視線が刺さり、ぴっと頭を上げた。
あ、危ない。挨拶されても頭を下げず、受け答えは頷くだけにして下さいって言われてたんだった……。
変な動きになってしまったが、完全には下げてなかったので頷いてるように見えた筈だ。セーフだセーフ。
「はっ、なーにが後先短いじじいだよ。まだバリバリ動けるくせにさー」
ゴードルの隣にいた少年はそう悪態をつきながら、並ぶように前に出てきた。肩までの橙色の髪を片サイドだけゆるく三つ編みにし、神官のような袖の広がったローブを羽織っている。
「はじめましてー、姫様。僕はハミルミー・ガザードです。商売関係を主に受け持っているので、外に出る許可が出た際は是非うちの店に遊びに来てくださいねー」
手を軽く振り、屈託ない笑顔を向けられる。それに応える様に一つ頷くと、いつの間にかポンチョのような形の外套を着た、上から下まで真っ黒な男が音もなく静かに前へと出てきていた。顔を隠すように伸びた髪でその表情は伺えない。
「ギル……。情報収集をして、いる……」
ぽつりぽつりと言葉が漏らされ、続きを聞き逃さないよう耳を澄まして待つ。
「……」
「……?」
変に思い首を傾げると、何故か同じ様に首を傾げられた。
「え、まさかそれだけ!?」
ハミルミーの言葉にギルがこくりと頷いたため、彼は、はあーっ……と呆れたように長いため息を吐いた。
「あいっ変わらず愛想がないんだから。こういう時ぐらい気の利いたこと言いなよ、全く……。姫様、気にしないでくださいねー。こいつ誰に対してもこんな感じですからー」
「は、はい」
予想外の出来事に、つい声を出して答えてしまった。オルガの方から冷たい空気を感じる。
今のは仕方なくない……?
私は心の中で涙を流す。
確かに口数が少ない設定にはしたけど、まさかここまでとは思ってなかった。こんな感じで彼のもとで働いている人達は大丈夫なんだろうか。意思の疎通がちゃんと出来ているのか心配になる。
小さく息を吐き、気持ちを切り替える。次は今回の顔合わせで一番会いたいと思っていた相手だ。その女性に目を向けると、何故か顔を手で覆い、天を仰いでいた。
え……何、どうしたの?
こちらから声をかける訳にもいかないため、私はどうすればいいのかと困惑する。
「そこのねーさん、あんたの番だよー。姫様が困ってるでしょうが」
「はっ!」
女性はハミルミーに声をかけられ、やっと我に返ったらしい。
顔から手を離した彼女の右首から顔の一部には、刺青のように蛇の鱗が浮かんでいる。彼女はウェーブのかかった赤い髪を整え、ローブ下のミニのワンピースから覗く艶めかしい足を一歩前に出した。コツリとヒールの音が響く。
「申し訳ございません。セレーネ様のあまりの可憐さに打ちのめされてしまいまして……。
改めまして、幹部の一人でウィネット・シアーと申します。魔法の研究を主にしております。よろしくお願いしますね」
私が頷くと、オルガがパンと一つ手を叩いた。
「一通り挨拶は済ませましたね。では、本日お呼び立てした件について、レジェ様からお話があります」
先程までとは打って変わって、ぴんとした空気が漂う。お父様は四人を一瞥してから、ゆっくりと口を開いた。
「お前達には、セレーネの教育係をやってもらいたいと考えている」
その言葉に四人だけでなく、私も困惑の表情を浮かべる。
ウィネットに魔法のことを学ぶだけじゃないの!? 聞いてないんですけど!
オルガに助けを乞うように視線を向けると、諦めろと言わんばかりに目を伏せられた。酷い。
「恐れながら」
ゴードルは一度頭を垂れ、青色の瞳を細めた。
「どのような理由があり、私共に教鞭を取れと? 礼儀作法をお教えするのは乳母の役目でありますし、その他教養はオルガいれば事足りることかと思われますが……」
「セレーネにはそれ以外のことも早々に学んでもらう必要性が出た」
「と言いますと?」
「セレーネには全属性適正がある」
その発言に四人は息を呑んだ。無表情を貫いていたギルも、この時ばかりは目を見開いて驚いている。
「……それは真ですかな?」
「嘘をついてどうする。これがその時魔力を込めた石だ」
お父様はアイテムボックスから虹色の石を取り出してみせる。それを見て更に動揺が走った。
「この事が露見すれば、セレーネの身に危険が及ぶかもしれん。無論、漏れぬよう細心の注意はするが、何事にも絶対はない。故に、もしもの事が起きた時、少なくとも自分の身ぐらいは守れるよう、お前たちの技術や知恵を教えられる範囲でいいので教えてやって欲しい」
「そういうことでしたか……。分かりました。このゴードル、誠心誠意セレーネ様の指導を致します」
「僕も頑張りますよー。僕の知識が役立つかは分かりませんけどー」
「努力、する……」
「~~~~っ、はぁああ! 全属性適正を持つ方をお教えする機会がやってくるなんて、なんっていう幸運! これまで手が付けられなかったあの実験や、新たな魔法開発への兆しが……!」
ああぁ、研究魂に火をつけちゃったよ……。
緑色の双眸がキラキラと輝いている。受け入れられているのは嬉しいが、あまりに期待されると逆にプレッシャーだ。
「……ウィネット、あまり暴走しすぎないでくださいね。皆様も、セレーネ様に害あれば、幹部といえど容赦は致しませんので、レジェ様が」
「あら、私としたことが……気が急いてしまいました。気を付けますね」
口をはさむ暇もなく、とんとんと私の教育方針が決められていき、私の忙しい日々が幕を開けることとなった。