03 適正属性
流石に廊下で試す訳にいかないので、私達は鍛錬場へと移動する。ここなら万が一魔力の暴走が起きても、被害を最小限に抑えられるらしい。
殺風景な石造りの広い部屋の壁には、様々な武器や盾などかけられている。一角には的のようなものが並んでいるのも見える。事前にオルガが連絡していたため、人払いがされていて誰もいない。
「……ではまず自分の中の魔力を感じることからです。手を」
オルガは渋々といった感じで私に手を差し出した。その手の平に自分の手を乗せる。
「今から私の魔力を手から流します。何かを感じたり、気分が悪くなったりしたら仰ってください」
「分かった」
目を閉じ、手に意識を集中させる。
最初こそ何も感じ取れなかったが、だんだんとふわふわしたものが流れてきているのが分かった。
「何か温かいものが流れてきている感じがする」
「もう感じ取れたとは……。それが魔力です。では、その魔力が自分の体の中心にあるのが分かりますか?」
オルガから手を離し、今度は自分自身に集中を向ける。
すると、先程と同じような温かいものが、体の中で渦巻いてるのが分かる。
「うん、なんかぐるぐるしてる」
「……本来ならそれを感じ取れるまでに、相当の時間を費やすんですが。セレーネ様には驚かされますね。これなら次に移っても問題なさそうですが、どうされますかレジェ様」
「良い。これを使え」
お父様が手をかざすと、はめていた指輪が淡く光り、目の前にブラックホールのようなものが現れた。
「お父様! それは何ですか?」
「アイテムを収納出来る魔道具だ」
おお、アイテムボックス!
ゲームじゃ持ち物欄があったから、そういった道具は必要なかったけど、リアルじゃ必須だよね。
お父様はその渦に手を入れ、中から何かを取り出してオルガに投げた。
受け取ったそれを私の手の平に置く。そこには歪な形をした透明の石。
「これは?」
「加工されていない水晶原石です。これに魔力を込め、セレーネ様の適正属性を調べます」
「適正属性?」
「この世界には火、水、風、土、光、闇の六つの属性があり、一人一人、適正属性というものがあります。自身に合った属性以外の魔法は、呪文の構築を覚えても使用出来ないので、魔法を覚える時には先に適正属性を調べるんです」
「へぇ」
ゲームでは私が使える属性を決めてたけど、ここではそうやって属性を把握するのか。私の適正属性ってなんだろう。何だか緊張する。
「では、先程感じた自身の魔力を、体の中心から手のひらへ流すようにイメージをしてください。ゆっくりでいいですよ」
血液みたいなものだろうか。なら、流れるイメージをするのは簡単だ。
そっと原石を握り、手に魔力を持って行くよう意識した途端――
カッ
と石から眩い光が放った。
目を開け手を広げると、そこには様々な色に輝く水晶原石があった。
「お父様、オルガ、ダリア、出来たよ! ほら……」
「「「……」」」
振り返ると、三人は信じられないというような表情をして固まっていた。
あれ? もしかして、私やっちゃった?
「……セレーネ様。その石を少しお借りしても?」
「う、うん」
私の目線に合わせるようにしゃがみ込み、いつになく真剣な目を向けられる。私は戸惑いながらもオルガに石を渡した。
「ありがとうございます」
オルガはそれを受け取ると、様々な方向から眺めてみたり、光にかざしてみたりして確認をする。
「どうだ?」
「見間違いではなかったようです。まさかこのようなことがあるとは……」
「えっと、どういうこと? 成功はしたんだよね?」
「石に魔力は無事込められています。ただその適性が……」
オルガは言葉を切り、視線をお父様に向けた。
「どうやらお前は全ての属性に適正があるようだ」
「全て……」
私の作ったキャラでも、全属性使う人なんていなかった筈だけど……。
「それは珍しいの?」
「ああ。初代勇者が全属性だった……という記述はあるが、それ以降は俺が知る限り現れていない」
「え……」
初代勇者と同じ? ただ一人? え、なに……チートなの?
私が戸惑っていると、ダリアがそっと近づいてきて私の手を取った。
「姫様。何も全属性が悪いと言っているのではありません。むしろ素晴らしいことですよ。ですが、それを公表するのは危険でもあるのです」
「危険……?」
「貴女のその力を利用しようと近づく者や、研究をしようと誘拐を企てる者もいるかもしれません。力をひけらかすのは良い事ばかりではないのです」
そうか。そういった可能性もあるのか……。
想像してぶるりと体が震え、私はぎゅっと自分の体を抱きしめた。すると、優しく温かい手が私の頭を撫でる。
「そう怯えることはない。俺がそんな輩にお前を渡すと思うか?」
見上げるとお父様が自信満々な顔で笑っていた。不思議だ。たったそれだけで不安がどこかへ消えた。
「へへ、思わない」
私が笑顔を見せると、お父様は小さく頷いた。
「そういった者の目を欺くためにも、この石には隠蔽の魔法をかけた方がいいでしょう」
「そうだな……。二属性適正なら、それほど珍しいものでもない。セレーネが主に使いたいと思った属性を二つ選び、その色で覆うか。それまでは俺のアイテムボックスに保管しておこう。それでいいか、セレーネ?」
「いいけど……お父様がずっと持っていればいいんじゃないの?」
初めて魔力を使った物だから手元に置いておきたい気持ちはあるが、わざわざ危険をおかす必要はない気がする。
「自分の魔力を注いだ水晶原石は、身を守る効果がある魔石となるんですよ。日頃から身に着けていると更に効果が高まります」
「そうなんだ……。もしかして、いつもダリアがつけてるそのブローチもそうなの?」
私はダリアの胸元ある石がついたシンプルなブローチを指差す。
「はい。私が適性があるのは風属性だけなので緑色をしています」
「オルガは?」
「私はピアスに加工して着けています。光属性の適正なので、白一色です」
そう言いながら、オルガは髪を耳にかけ魔石を見せてくれる。
「お父様はそのマントを止めてる留め具でしょ」
左肩だけにかかったマントを留める装飾具には、紫と赤が入り混じった不思議な色をした石がはめ込まれている。
「ああ、そうだ。俺は火と闇の二属性適正だから、こんな色をしている」
身に着ける宝石は使える属性の色を使う。ぐらいしか設定しなかったけど、ここではそういう風に扱われてるんだ。ここじゃ致命傷は死に直結する訳だし、魔石の存在は大事かもしれない。
「セレーネ様の魔石も、扱う属性を決めたら好きなものに加工させましょう」
「うん、分かった。でも、そのためには魔法を覚えなきゃ決めれないよね?」
私はキラキラとした目をオルガに向ける。
「期待を裏切って申し訳ないんですが……全属性となると私がお教えするのは少し難しいです」
「えぇ~……。じゃあ誰が魔法を教えてくれるの?」
「……気は進みませんが、ウィネットが適任でしょう」
ウィネットは確か幹部の一人で、魔法に長けたキャラだ。確かに専門にしてる人の方がいいかもしれない。
「あいつか……。まぁ、属性ごとに教師をつけるより、あいつ一人に任せた方が手間が省けるな……。なら、幹部の顔合わせを早めるか」
「……顔合わせって何? そんな予定、私聞いてないけど」
「今初めて言ったからな」
むうっと頬を膨らませると、お父様は苦笑して私の頬をつついた。
「悪い。もう少し先の予定だったから、伝えてなかったんだ」
「……それを早めるってこと?」
「ああ。ウィネットは幹部の一人だからな。あいつに会わせるなら、他の幹部にも会わせないと示しがつかない」
「では、それまでにご挨拶の作法を姫様にお教えしなければいけませんね。日取りは何時頃になりそうですか?」
ダリアは頬に手をあて首を傾げた。
「招集をかけたとしても、すぐには集まらないでしょう。七日から十日後……そのあたりかと。その間にお願いします」
「かしこまりました」
「ダリア、挨拶の作法って……」
「姫様が恥をかかないよう、しっかり指導しますからね」
「はい……」
「逃しませんよ」という副音声が聞こえた気がした。笑顔が怖い。