02 お転婆姫
「姫様、どちらにおられますか?」
子ドラゴンと喜びあっていると、ダリアが私を探し回って近づいてきていた。
「ダリア、ここ、ここー」
「え、姫様!?」
こちらへ視線を向けたダリアは、私の姿を確認すると、さあっと顔を青ざめさせた。
「な、何故そのような場所に!? い、今梯子か何かを……ああ、でも目を離している間に何かあったら……」
どうしましょう、どうしましょう……と、ダリアが木の下でうろうろとしている。
「えっと、ダリア? 私なら大丈夫だから……」
「いいえ! ご心配なさらないでください! このダリアが姫様を必ずお助けしますから、動かないでくださいね!」
うーん、聞いてないな……
ひょいっと下りたらすぐ済む話なんだけど、流石にこの高さを飛ぶ勇気はない。かと言って少しずつ下りようとすれば、ダリアが騒ぐのが目に見えて分かる。
どうしたものかと、息を吐く。
「騒がしいと思ったら……。何をなさっているのですか、セレーネ様」
「あ、オルガ」
声がした方に視線を向けると、そこにはさらりと癖のない黄緑髪に、細い金色の瞳。そして貴族のように整った服装をした男が、本を片手に抱えながら立っていた。
「この子ドラゴンが木に嵌ってたから、助けてあげたの」
こちらを見ていたオルガの眉間に皺が寄った。何か変なことを言っただろうか。
「いつまでセレーネ様の背に隠れているつもりですか。ヘリオス」
「ぎゅ、ぎゅわ……」
いつの間にか子ドラゴンは私の後ろにいたようだ。見つかったことで、ばつが悪そうな表情を浮かべている。
「知っている子なの?」
「知っているも何も、私の息子です」
「へー、息子……むすこぉ!?」
私はオルガと子ドラゴンを交互に見る。
「おや、私がドラゴンだというお話は、していなかったですか?」
「いや、それは知っているけど……」
なにせ設定したのは私だからね。
ドラゴンでありながら、魔王の右腕的存在。お父様が小さい頃に興味本位でここにやって来て住み着き、お父様に振り回されているうちにいつの間にか補佐役になった。協力的なドラゴンの仲間を率いて、ドラゴン師団の団長も務めている人物。
でも子供がいるとかいう設定はなかった筈だ。
うーん、これも私というイレギュラーな存在の影響だろうか?
考え込んでいると、子ドラゴンが顔を寄せてきた。
「大丈夫、ちょっと驚いただけ。ヘリオスって言うんだね、よろしく」
「ぎゅわ、ぎゅわ!」
ヘリオスは嬉しそうに大きく鳴いて、翼や尻尾をぱたぱたと動かす。
「わわ、危ないよ……あはは」
「警戒心の強いドラゴンがこうも簡単に懐くとは……。セレーネ様の資質なのか、それとも流れている血によるものか……」
「オルガ様!! 考察はいいですから姫様をお助け下さい!」
「そう焦らなくても心配はいりませんよ」
「それはどういう……」
その時ざあっと強い風が吹いた。私は咄嗟に目を閉じる。
「俺の娘はお転婆が過ぎるな」
低く、心地の良い声がしたと思ったら、私はいつの間にか木から下り、抱きかかえられていた。揃いの銀色の髪が揺れる。
「お父様! どうしてここに?」
「ここは俺の城だぞ? 騒ぎがあればすぐ耳に入る。俺も無鉄砲だったが、お前はその上を行くな」
お父様は私を腕に抱えたままくつくつと笑い、優し気な目を向けてくる。最初の頃はこういった行動や表情に悶えていたものだが、最近は慣れてきた。
親子としての感情が強くなった、とも言えるかもしれない。
「恐れながら。笑い事ではございません。木に登るなど、一歩間違えれば大怪我をします」
「しなかったのだから今回は大目に見ろ」
ダリアの意見はその一言で一掃されてしまった。ごめん、ダリア。
「それで、セレーネが行動を起こした原因はこれか」
「ぎゅ、ぎゅわ~……」
声が反対側から聞こえて、私は視線を向ける。お父様のもう一方の手には、尻尾を掴まれて宙ぶらりんになってるヘリオスがいた。
「お、お父様! そんな持ち方をしたら可哀想!」
「そうか? 他のドラゴンは尻尾を掴んで振り回すと鳴いて喜んでいたが……」
「それ、泣いての間違いでしょ!?」
お父様は首を傾げる。本当に分かっていないようだ。余計にたちが悪い。
「レジェ様。ひとまず中に戻りましょう。薄いとはいえ、この霧をセレーネ様に吸わせ続けるのはよくありません」
「おお、そうだな」
オルガの言葉に頷き、お父様はヘリオスを掴んでいた手を離し両手で私を抱える。
「ぎゃうっ!」
突然離されたため、受け身も取れずヘリオスはべしゃっと地面に落ちた。
「貴方は自分で巣に戻れますね?」
「ぎゅわ……」
父親にも辛辣な言葉をかけられて、落ち込んでいる。ちょっと気の毒になって、お父様の肩口から顔を出して声をかける。
「またね、ヘリオス」
「ぎゅわわっ!」
ぱっと顔を輝かせて、嬉しそうに鳴いた。そしてそのまま上機嫌で飛び立っていく。それを見送り室内に戻ると、はあ……とオルガが溜息を吐いた。
「セレーネ様、あまりあいつを甘やかさないでください。厳しくする意味がなくなります」
「う、だってあんなに懐いてくれたし……これからも仲良くしたくて」
この城には同年代の子がいないから、ドラゴンでも友達になれるならなりたいと思ったのだ。
「何だ、セレーネはドラゴンが欲しいのか? なら、俺がお前に見合う奴を捕まえて……」
「そういうのじゃないの! 捕まえなくていいから!」
慌てて胸の前で両手を振ると、ずきりと痛みが走った。そんな私の表情にダリアがいち早く気付く。
「姫様、手にお怪我をされているじゃないですか!」
「へへ、木に登った時かな? ただの擦り傷だし、平気……」
「オルガ」
私の言葉を遮るようにお父様が口を開き、オルガがすっと私の手を取った。
「“ヒール”」
オルガが手をかざしそう唱えると、私の手の周りに呪文が浮かび上がり、暖かな光が吸い込まれていく。
すると、傷はキレイさっぱり消えていた。
「魔法……」
「そうです。ああ、セレーネ様は魔法を見るのは初めてでしたか」
「う、うん」
前こっそり試してみたけど、使えなかったんだよね。
ゲームのようにコマンドが出る訳ではないし、ただ唱えればいいのかと思ったが、そうじゃなかった。恐らく他に必要なことがあるのだろう。
「ねぇ、魔法って私にも使えるの?」
「誰しも魔力はあるはずですから、魔力のコントロールと呪文の構築を勉強すれば出来るはずです。ですが、セレーネ様にはまだ早いかと」
「む、やってもいないのに、早いかどうかなんて分からないでしょ」
「確かにそうですが、子供は魔力を制御できず暴走させてしまうことが多いんです。一歩間違えれば、命の危険があります」
「う……」
死ぬかもしれないと言われると尻込みする。でも、魔法はこの世界に来てからずっと楽しみにしていた要素の一つだ。目の当たりにしたことで、使いたいという思いが一層膨らむ。
「俺とお前がついていれば、暴走しても抑えられるだろう。折角興味を持っているんだ。素質があるかどうかだけでも試してみればどうだ?」
私の気持ちを察したのか、すぐ傍から援護射撃がきた。お父様、素敵!
「レジェ様、流石に甘やかしすぎでは……」
「ん?」
表情は笑顔だが、圧がすごい。抱えられている私も背中がぞわりとした。
何を言っても無駄だと理解したのか、オルガは大きなため息を吐く。
「……分かりました。それであなた方の気が済むなら、試してみましょう」
やったぁ! と私とお父様はパチンと手を合わせる。
その向こうでオルガとダリアが「お互い苦労しますね」と苦笑いを浮かべていた。