09 調合をしてみよう
「あっはは、だからそんな疲れ切った顔してるんですねー」
午後の授業で顔を合わせた瞬間、「姫様、昨日何かありました?」と心配され、ついゴードルとの訓練の話をした。それを聞いたハミルミーは何故か楽しそうだ。
「笑い事じゃないですよ。その後、ダリアがゴードルの所へ怒鳴り込みに行こうとしたって聞いた時は、心臓が止まるかと思ったんですから」
「ダリアって、姫様の乳母ですよねー。大人しそうに見えて、意外とだいたーん。それでどうなったんですかー?」
「オルガが説得して止めてくれたみたいです。それで昨日は踏みとどまってくれたんですけど、納得はしていなかったみたいで、朝起きたら私の意思の確認をされました」
「何て答えたんです?」
「ゴードルの授業をやめる気もなければ、緩和も求めてないって話をしました。ちょっと不服そうでしたが、渋々引いてくれましたよ」
そう言うと、ハミルミーは少し目を瞬いた。
「それ、あの爺さんにも言いました?」
「え、いえ……でも、行動では示していましたね」
「だから機嫌が良かったわけだ」
「え……?」
ぼそりと呟かれた言葉に首を傾げる。そんな私にハミルミーはにっこりと笑顔を返してきた。
「姫様は見込みがありそうって思われたってことですよー」
「そう、なんです……か?」
機嫌の良さが、何故私の見込みに繋がるのか分からないが、付き合いのあるハミルミーが言うのなら、あながち間違いではないのかもしれない。
「まぁ、その分授業内容は一層厳しくなりそうですけどねー」
「う……それでもガンバリ、ます」
「あはは、やり過ぎないようには言っておきますよー。次の日の僕の授業に影響が出ても困るので」
「はっ! そうだ、授業ですよ。ハミルミーは何を教えてくれるんですか?」
つい話し込んでしまった。わざわざ教えに城まで来てくれているのだ。時間を無駄にする訳にはいかない。
「そうですねー。考えた末、僕が教えられることと言ったら、調合とか魔道具のことかなーと。勿論興味があればですが……」
「やってみたいです!」
私は即答する。ゲームでは材料を集めて、大きな街の専門店でお金を支払って製作してもらうシステムだった。
それを自分で作れるのなら、お金も節約できるし、わざわざお店まで出向かなくても済む。
「姫様が乗り気なら、まずは調合から挑戦してみましょうかー。ええと、ご自分の調合室はないですよね?」
「ありません」
「では、城の調合室を利用しましょう。使うかもしれないと思って、許可は貰ってますのでー」
他愛ない話をしながら、ハミルミーと調合室に移動する。部屋の中には薬草や魔道具に関する本が並んだ棚。大きな釜に、試験管などの細かな道具なんかも置いてある。壁に染みついているのか、薬のような独特な臭いがした。
「さて、まずは初歩の初歩。回復ポーションを作ってみましょうかー」
ハミルミーは迷うことなく、棚から薬草や液体の入った瓶。そして一冊の本を私の前に並べた。
「随分慣れてますね。この調合室、よく利用するんですか?」
「自分の調合室を持っていない頃は毎日のように通ってましたよー。ここで作業する場合、材料は記録さえ残せば基本自由に使えるので、色々と試しまくってましたねー。そのせいで在庫を使い果たして、オルガに調合室立ち入り禁止を言い渡されたのはいい思い出です」
「え……今入ってますけど、大丈夫なんですか?」
「はは、それを言われたのはだいぶ前ですよ。それに材料を定期的に納品する、という条件のもと立ち入り禁止は解かれましたからー。姫様も気を付けてくださいねー。度が過ぎると怒られますので」
「……気をつけます」
「じゃ、この本の通りに作業を始めましょうかー」
ハミルミーは置かれていた本を開き、あるページを指差す。そこには回復ポーションに必要な材料、作り方の手順が載っている。
「まず、きれいな水。これに魔力を通し、魔法水にします。魔法を発動させる時のように、魔力を沿わせるイメージでやるといいですよー」
「やってみます」
水の入った瓶に手をかざし、魔力を流す。暫くするとゆらりと波が立ち、ぱちんと弾けるように流していた魔力の繋がりが切れた。
「え……」
何、今の……
まさか失敗してしまったんだろうか。不安になって視線をハミルミーに向ける。
「大丈夫ですよー。成功した証拠です」
見てください、と瓶を指を差す。そこには沢山の粒が煌く水があった。
「綺麗……」
「これが魔法水です。うまく出来ましたね。ではこの魔法水を調合釜に入れて、火にかけましょう」
「あの大きな釜に入れるんですか?」
部屋に入った時、目についた釜を見る。それは大人一人が余裕で入れるくらい大きい。こんな少量の魔法水じゃ足りないんじゃないだろうか。
「え? あはは、違いますよ。あれは大量製作する場合や大掛かりな調合の時に使う用です。今回はこちらの小さい釜を使います」
大きい釜から少し離れた場所に、大人の顔の大きさくらいの釜がいくつか並んでいる。私はほっと息をつき、材料を持って釜の前へ移動した。だが、背丈の問題で手が届かない。
「これをどうぞ」
困っていると、気付いたハミルミーが踏み台を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。この釜に魔法水を入れればいいんですよね?」
「はい」
瓶の蓋を開けて、こぼさないよう気をつけながら傾ける。さあっと水が揺らめくことで一層粒が輝いて見えた。
「これを火にかけるって言ってましたが、どうやるんですか?」
釜が置かれているのは石造りの台。けど、下に穴は開いてないから、かまどのような仕組みではないようだ。変わってる所といえば、台の上部に魔法陣みたいなものが描かれていることだろうか。
「ああ、すみません。言葉が適切じゃなかったですねー。調理なんかは薪や木炭を使うんですが、調合では混ぜる手を止める訳にはいかないので、魔法陣に魔力を流して釜を温めるんです。とはいえ、流石に姫様が魔法陣に魔力を流しながら調合したら、魔力が底を尽いてしまいますから、釜を温めるのは僕がやりますねー。姫様は調合に集中してください」
ハミルミーが魔法陣に向かって魔力を流すと、ふわりと光を帯び始める。暫くすると釜の中の水がぽこぽこと泡を出し始めた。
「ふつふつと煮立ったら、ヒール草を一束細かく千切って入れて、ゆっくりとかき混ぜます。混ぜ始めたら、手を止めないように気を付けてください」
「ヒール草を先に千切っておくのは駄目なんですか?」
「はい。それだと効果が薄れてしまうので、入れる直前に千切った方がいいですよー」
「なるほど、分かりました」
言われた通りヒール草を千切り、入れたら用意されていた棒で混ぜる。ぐるぐると混ぜていると、ヒール草が溶けていってるのか魔法水の色が濃い緑に染まってきた。
くつくつ、ぐるぐる、くつくつ、ぐるぐる。良いと言われないので、無心になって棒を回す。
ずっと混ぜ続けるのって意外と大変……
腕が疲れてきたなーと思っていたら、ハミルミーが混ぜ棒の上の方を持ち、手伝ってくれた。
「ヒール草が棒に絡んだり、水の中で浮いたりしていなければ最後の仕上げに入れますよー」
ぐるりと棒を回しつつ、ハミルミーは釜の中を確認する。私も一緒になって中をじっと見つめた。
「うん、大丈夫そうですねー。では最後にミドリアゲハの鱗粉をひとさじ入れて、魔力を込めながら数回混ぜ合わせます」
「はい」
混ぜる手を止めないよう気をつけながら、さらさらと鱗粉を入れる。そして魔法水を作った時の様に魔力を流し込む。
五回程くるくるっとすると、すうっと色が濃い緑から黄緑に変わった。
「はい、これで完成です」
ハミルミーが魔法陣に魔力を流すのをやめた。私は混ぜ棒を置いて、じっと釜の中の液体を見つめる。
手助けはあったけど、初めて自分で作り上げた調合品。何だか妙な達成感があって、嬉しさが込み上げた。




