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プロローグ

「これでよし、と…」


 依頼されていたデータを送り、椅子に座ったままぐっと伸びをした。

残業をしているのは、いかにも仕事が出来ます! といった格好のキャリアウーマン……ではなく。


 自宅アパートのパソコン前で、髪は無造作に一つにまとめ、服装はTシャツに半パンという女子力のない姿の、しがないフリーランスの三十代女子。


「さてと」


 溜まっていた仕事は終わった。でも、パソコンは開いたまま。むしろここからが本番だ。

 かけていたメガネを持ち上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。


 サッと仕事用とは別のアカウントを開き、メールのチェックしていく。


 誤字脱字の報告が数件と、不具合の報告が届いている。気をつけて確認作業をしているけど、一人でやっていると見逃しも多い。手伝ってくれている友人達に感謝だ。


 私は昔から絵を描いたり、話を書いたりすることが好きだった。漫画や小説を書いて、応募したりしたこともある。これと言って、目は出なかったが……


 だがそんなある日、友達に進められて乙女ゲームをはじめて、私はその世界にハマった。自分で乙女ゲームを作ってしまう程に。


 いくつか作品をあげていくと、ファンもそれなりにでき、次回作への期待の声も出てくる。

それに応えるべく制作を進めていたのが、友達にテストプレイをしてもらっていた最新作【キミは希う】

 これまで作ってきたものとは違い、今回はRPGと恋愛要素を掛け合わせた作品だ。


 大筋は勇者一行が学園編、冒険編を経て魔王を倒すという王道もの。

 主人公は男なら勇者、女なら聖女と、役割は多少違うが選べ、物語の中で出てくる選択肢などでキャラの好感度が変化。その選択によって、物語は様々な方向に動いていく。


 色々な設定を入れ込んでるからボリュームも大きくなっているけど、事前サイトとかを見て楽しみって言ってくれる人達もいるから、一層気合が入る。


「ふふふふ……」


 私はデバッグ作業に勤しむ。それは日付が変わってからも続いた。






 ***






 作業に没頭していた筈が、いつの間にか世界は暗転していた。寝落ちしたのか。でも、それにしては体が痛くない。むしろふかふかなものに体を沈めている。無意識にベッドへ移動したのかもしれない。


 今何時だろう……とスマホを探す。けど、何故か腕がうまく動かせない。日頃の姿勢の悪さのせいだろうか。



「――!」



 え……?


 突然知らない声が聞こえ、靴音がこちらへと近づいてくる。


 は、え……何!? 誰!? ここ私の部屋じゃないの!?


 疑問が次々浮かび、逃げたい衝動に駆られた。なのに、体を起こすことが出来ない。どくどくと心臓の音が大きくなる。


 その存在はどんどんこちらへと近づいてきて、私のすぐ傍で止まった。暗がりでメガネもない状態なので、相手の顔はよく見えない。

 ただ、声の感じと体の大きさで男の人というのは理解できた。


 その人が私を覗き込むように顔を近づけてきた。恐怖で体が強張る。


「****……」


 は……?


 その口から出たのは何語かも分からない不思議な言葉。でも、それよりも衝撃的だったのは、近づかれたことで理解出来たその姿。


 銀髪のツンツン頭に左右から生えた立派な角。伸びた後ろ髪を一つに束ね、整った顔立ちの中の冷たく鋭い赤い眼光。



 見間違う筈もない。



 覗き込んでいる男は、私が制作した最新作ゲーム【キミは希う】のキャラである魔王レジェ・ロードニクスだ。




 なんっっって、素晴らしい夢だろうか!

 



 先程までの恐怖は一瞬にして消え失せた。実を言うと、ゲームの中で一番のお気に入りは彼なのだ。

 そんな相手が目の前にいて動いてるなんて、感動するなというのが無理な話だ。ああ、神様ありがとう。

 自然と涙が溢れてくる。そんな私を見て、動揺する魔王。


 少し戸惑いながらも、こちらへと手を伸ばし、優しげな笑みを向けながら私の頭を撫でた。


「**」


 なにそれ、反則なんですけど――!


 直視出来なくて、手で顔を覆おうと……



 って、なんじゃこりゃ。



 視界に入ったのは、ちっちゃい手。


 これ私の手? 赤ちゃんみたいじゃん。


「あっあー、ううぅだだあ?」


 え?

 

 「ちょっと、おかしくない?」って言った筈なのに、言葉になってない。


 何かを訴えてると思ったのか、魔王はそっと私を両腕に抱き上げた。


 あー、この抱え方は完全に赤ちゃんだ。


 折角なら魔王の子供じゃなくて、恋人とかになって甘やかされたかった。夢なんだし、願えば叶ったりしないだろうか。


 目をつぶって大人になれー、大人になれーと念じて見る。

 そして目を開けたら大人に……なってる訳もなく。


「**……」


 魔王はあやすように体を揺らす。まぁ、嬉しそうだからいっか。眼福眼福。


 堪能していると、魔王の温もりと揺り籠のような動きにうとうとと眠くなる。

 夢の中なのに変、なの……






 ***






 次目を覚ましたら、部屋に明かりが差し込んでいた。

 あー、幸せな夢から覚めちゃったのか。残念だ。


 体を起こそうとしたら、夢と同じ様に動かせなかった。それに部屋も私の部屋じゃない。


 え? 昨日のまま? まだ夢から覚めてないってこと?


 それにしてはリアル過ぎる。

 昨日は暗かったし、魔王に会えた喜びで疑問に思わなかったけど、よくよく考えれば温もりとか眠気とかがあったのも変だ。


 だらだらと妙な汗が吹き出る。


 もしかして、作業しててそのままゲームの世界に入り込んじゃったってこと?

 そんな漫画や小説の様なことが、現実的にあるだろうか。でも実際、そうとしか言えない状況だ。


 でも、赤ちゃんってどういうこと?


 だって魔王の娘なんて、ゲームにはいなかった筈なんですけど!?

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