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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
邂逅
9/54

竜の庵とその周辺  「人生の目標」と炎竜退治

 無抵抗の意思表示の為に、ティノは座ったまま、アリスを見上げました。

 そして、本能が引き裂かれました。


 ーー竜。


 存在そのものが異なるのです。

 絶望、という言葉が嘆き悲しんでいます。

 生殺与奪どころか運命まで握られてしまっています。


「……っ」


 意思疎通ーーティノは、そんなことを考えていましたが。

 話し合いというものは。

 同格との間で行われるからこそ、意味があるのです。


 生物として、圧倒的に下位であるティノ。

 成立させる為には。

 アリスに妥協してもらう必要があります。


 ーー切っかけ。

 ティノは切望しました。


 このままでは駄目です。

 たった一つで良いのです。

 何か、縋れるものが、拠り所となるものが必要でした。


 そんな枯れ果てるようなティノの意識に、芳醇(ほうじゅん)なるお酒が注がれます。


「ひっひ~、ひっひ~、ティ~ノ~、ひっひ~だ~っ!」


 そのまま酔っ払い、酔い潰れることができたなら、どれ程幸せなことだったでしょう。

 とっちり者のティノを置き去りに。

 アリスを指差し、イオリは必死に訴えかけます。


 イオリに言われずとも「ひっひ~」ーーアリスが炎竜であることはティノにもわかっています。


 イオリが訴えかけていたのは別のことなのですが。

 アリスの眉が危険な角度になったことに気を取られ、ティノは気づくことができませんでした。


 イオリをとめるべきなのか、そうではないのか。

 残った時間の砂粒は、それほど多くはありません。

 天秤の片方には「命」が載せられています。

 どちらを選ぶのか、ティノが二択で迷っている間にーー。


「悪かったわね、小突いてしまって。そんなつもりはなかったのだけれど、体が勝手に反応してしまったわ」

「ひっひ~、やめろ~、ティ~ノ~、ひっひ~だ~っ!」

「誰が、ひっひ~、よ。(わたくし)の名前も覚えていないのかしら?」


 イオリの首根っこをつかんで、自分の顔の高さまで持ち上げるアリス。

 さすがは竜。

 仔猫をつまみ上げるかのように、軽々と持ち上げています。


 ーー竜の(たわむ)れ。

 そうは見えませんが、イオリとアリスは仲良しなのかもしれません。

 そうでなかったとしても、知り合いではあるようです。


「え~と?」


 ティノの理性は、昏迷の度合いを深めました。

 ーー地竜と炎竜。

 伝説に謳われる存在が二人、いえ、二竜。

 「角無し」のイオリと、三本角のアリスが普通に会話をしています。

 頭がどうにかなってしまいそうです。


 それでも、この状況をどうにかできるのは自分だけ。

 悲壮な覚悟を決めたティノは、何度も何度も、その言葉を刻みつけます。


「……あの、ひっひ~さん?」


 場の雰囲気を和ませようとしたティノですが。

 冗談が通じる相手ではありませんでした。


「こんがり焼くわよ」


 薔薇のように咲き誇る笑み。

 恐怖と(あで)やかさと、絶望と華やかさを(あざな)える、稀有(けう)なる麗人。


 再び、アリスから魔力が溢れだし、ティノは「こんがり焼かれた」自分を想像してしまいました。


「で。コレ、(なに)


 イオリをティノに向け、アリスは尋ねてきました。


「はい。イオリです」


 焼かれすぎて半分ほど炭になってしまった、ティノの口は。

 勝手に動いて、素直に答えてしまっていました。


「イオリ? イオリねぇ。イオラングリディアではないの?」

「イオリは~、イオリだ~、ひっひ~は、ひっひ~だ~っ!」

「……よくわからないけれど。とりあえずコレは、イオリ、と呼んだほうが良さそうね」


 突破口が見えました。

 困惑したアリスの魔力は(しず)まって。

 切っかけがーー会話の糸口が見つかったのです。


 ここが正念場です。

 この好機を(のが)したら、軟弱なティノ精神はもう持ちません。

 唯一の希望に(すが)って、ティノはアリスに話しかけました。


「アリスさ……」

「ティ~ノ~、ひっひ~だ~、イオリの~、ちからうばった~、ひっひ~だ~っ!」


 細やかな希望は、イオリの一言で、もろくも崩れ去りました。

 どうやら、先程からイオリがティノに伝えようとしていたのは、このことだったようです。


 何ということでしょう。

 「庵」から旅立つ前に、倒すべき相手が遣って来てしまったのです。


「えー?」


 ーーイオリの力を奪ったアリス。

 ーー「人生の目標」。

 ーーアリスから力を奪い返す。


 ティノの頭の中で、言葉が駆け巡ります。


 ーーイオラングリディア。

 彼女とーー。


 最後に辿り着く場所は。

 「魂のすべて(ベターオール)」。

 ティノの答えは、初めから一つしかありません。


 彼女を心に。

 アリスを見てみれば。

 炎竜の魔力など、障害にもなりません。


 当然、誤解というか錯覚なのですが、イオラングリディアが係わっているとなればティノは。

 周期頃の少年らしい、無鉄砲さを発揮します。

 でも、それで勝てるほど、竜は甘い存在ではありません。


「あのねぇ、イオリ……」

「アリスさん。僕と戦ってください」

「おー! ティ~ノ~、ひっひ~を~、やっちゃえ~っ!」


 ーー避けられた戦い。

 アリスの表情を見逃したティノは、その機会を永遠に失ってしまいました。


「ーーそう、私と戦うというのね。……面白い、面白いわ!」


 戦いを挑まれ、これを拒絶する炎竜など存在しません。

 竜の中で、最も苛烈にして鮮烈なる暴威(ぼうい)

 最高火力。

 そう言わしめる炎竜が、今まさにその力を解き放たんとーー。


「というわけで、僕が攻撃をするので、アリスさんは反撃しないでください」

「……は?」


 もしかしたら。

 有史以来、炎竜を(あき)れさせた人間は、ティノが初めてだったかもしれません。


 ティノも馬鹿ではありませんーーたぶん。

 そんなわけで一応、(さく)は考えてあります。

 間抜け面でさえ魅力的なアリスが、あっけに取られている内に。

 ティノは、更に畳みかけました。


「僕が攻撃をして、アリスさんに傷をつけられたら、僕の勝ちです。アリスさんが無傷だったら、アリスさんの勝ちです」

「馬鹿ね。そんなもの、勝負になるはずないじゃない。『人化』したこの状態で、手を抜きまくっても、私の髪の毛一本、傷つけることは敵わないわ」


 人間と竜との間に横たわる、現実。

 そんな残酷な事実が、アリスの炎に冷や水をかけました。

 しかし、アリスの炎が消え去る前に、ティノは燃料を投下します。


「おや? 炎竜ともあろう御方が、戦わずに降伏なさるのですか? では、僕の勝ちということで、『お願い』を聞いてください」

「苛烈に燃やすわよ」


 ーー須臾(しゅゆ)

 空気が焼けました。

 いえ、世界が焼け焦げました。


 激烈なる魔力で、空の雲が消し飛びます。


 ほんのわずかに残ったアリスの理性が、仕事をしてくれました。

 魔力を空に放っていなければ、「結界」ごと火の海でした。


「僕は、勝てない戦いに勝ちます。勝負にならない戦いに勝つからこそ、竜の譲歩を引きだすことができます。ーーアリスさんは、存分に手を抜いてください。勝つとわかっている勝負ほど、つまらないものはありません。僕にとっての勝機とは、炎竜のーーアリスさんの油断です」

「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」


 ティノの説明をまったく理解していませんでしたが。

 イオリはティノ勝利を確信し、底抜けの明るさで応援します。


「ひっ、ふひひっ」


 愚かな人種と、クソ地竜。

 頭に浮かんだ言葉とともに。

 アリスは衝動のままに、イオリに頭突きを食らわせました。


「ぱはっ!?」

「……頭が固いのは知っていたけれど。やっぱり硬くもあったのね」


 地の国から這い上がってきたような言葉でした。

 鉄が砕けるような、大地を(つんざ)く轟音。


 イオリの額は赤くなっていただけですが、アリスの額は割れて流血していました。

 刹那に。

 血は炎に焼かれ、傷口は。

 まるで始めから存在しなかったかのように、跡形もなく消え去ってしまいました。


「いいわ。あなたの挑発に乗ってあげましょう。『結界』は使わない。竜の力は使わない。ただ、魔力のみにて防いであげましょう!」

「はい。言質(げんち)を取りました。もう、引っ込めるのはなしですよ?」

「ーー暗竜マースグリナダに誓って、竜に二言は無いわ」

「はい。では、準備をしてくるので、待っていてください」

「……は?」


 もしかしたら。

 炎竜を二度も呆れさせ、生きていた人間は、ティノが初めてだったかもしれません。


「痛いの痛いの、風~竜~っ!」

「おー! ティ~ノ~、ティ~ノ~、なおった~っ!」


 ティノは、イオリの額を摩ってから。

 アリスに首根っこをつかまれたままの、イオリを抱き締めました。

 アリスの手が緩んだので、ティノはイオリを奪い返してから「庵」に向かいます。


 揺るぎない、確固たる(あゆ)みに見えますが。

 当然、ティノの心臓はバクバクです。

 振り返って、アリスの表情を確認したいところですが、恐怖で首はまったく動いてくれません。


「ふぅー。……イオリ、()()をやるから、準備をお願い」

「おー! イオリとティノで~、ひっひ~をぶっとばっ!?」


 「庵」の奥の棚に向かったイオリは、いつも通りに転びましたが、構っている余裕はティノにはありません。

 一人で起き上がったイオリは、棚の奥にしまってある「取って置き」を取りだします。

 壊れた棚の切片が当たりましたが、「取って置き」には傷一つついていません。


「さて、と。先ずは『刻印』からかな」


 中途半端なことはできません。

 今できる、最高のことを。

 そうでないと、きっとあの炎竜は許してくれません。


 上手くいったーーのかどうか、ティノにはわかりません。

 地の国への道を、自分から作ってしまったのかもしれません。

 それでも。

 機会は作れたはずです。


 アリスを倒す必要はありません。

 傷を一つ。

 つけるだけで良いのです。


 今は、それだけを考えます。

 そうでなければ。

 一瞬で恐怖と不安に呑み込まれてしまいます。


 ティノは、イオリに傷一つ、つけたことがありません。

 崖から落としても、無駄でした。

 アリスは防御に優れた、地竜ではありません。

 逆に、攻撃に優れている分、炎竜は防御が苦手のはずです。

 それだけが、ティノに有利な点。


「アリスさんが相手なら、ーー隠さないほうがいいかな」


 体中に「刻印」を刻んでから、ティノは服を着ないことに決めました。

 反撃はされないので、こちらの手の内をすべて晒します。

 下手に隠すと、アリスが機嫌を損ねてしまうかもしれません。

 おかしなことになっていますが、きっとこの戦いはそういうものなのです。


「ぬぎぬぎ~、ぬぎぬぎ~、ぱんつも、ぬぎっぬぎ~」

「はい。紐を結ぶから、早く入って」


 ティノは誤魔化しました。

 「人生の目標」。

 すべてを(なげう)ってでも達成しなければいけないことなのですが。


 パンツ一丁。

 そこが少年の限界でした。

 「命」よりも大切なものがあるーーと言いたいところですが、単にティノに勇気が足りていないだけです。


「ぬぎぬぎ~、ぬぎぬぎ~、すっぽんぽ~ん、ぬぎっぬぎ~」

「イオリ、きつかったら言ってね」


 イオリの「すっぽん歌」を聞き流しながら、イオリの首元で蝶結(ちょうむす)びにします。

 時間稼ぎは悪手ですので、ティノは一気に()()()()から「庵」をでます。


「何、ソレ?」


 アリスが指を差したのは、パンツ一丁のティノではなく、袋に入ったイオリでした。


「『イオリ袋』です!」


 炎竜の冷たい視線にもめげず、ティノは言って退けます。


「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」


 「イオリ袋」から、頭だけをだした格好のイオリはご機嫌です。

 そう、「取って置き」とは、この「イオリ袋」のことなのです。


 イオリが入れる、大きな背負い袋。

 「イオリ袋」の中には、イオリの宝物である、綺麗な石や蝉の抜け殻などが入っています。

 もちろん、おやつである「イオリ玉」も常備。


「たぶん、『お爺さん』が造ったもので、とっても丈夫です」

「そんなこと聞いていないわよ。……いいえ、そんなことを聞いたのだったわね」

「それよりも、……竜が盗み食いをするのはどうかと思います」

「何よ、竜を待たせたのだから、これくらい良いじゃない」


 ティノとイオリの食べ残しを、しっかりと平らげてから立ち上がるアリス。

 ティノに向けた視線は熱を帯びーー再びお皿に向かいました。


「ティノ、だったわね。この料理、あなたが作ったの?」

「いえ、料理を作ったのは、イオリです」

「ーーそれ、本当?」

「おー! りょーりは~、イオリのたいせつな~、ぽんぽん~、いっぱいぱ~い」


 戦いの気運(きうん)は迷子になったまま。

 アリスは、「聖語」を地面に刻んでいるティノに話しかけました。


「その『イオリ袋』とか言うのからは、イオラングリディアの魔力が感じられるわ。地竜を素材に、ーー皮膚とか体毛かしら? ファルワール・ランティノールでも加工するのは無理そうだけれど」

「あ、やっぱりアリスさんは、『お爺さん』を知っているんですか?」

「名前だけはね。会ったことはないわ。会っておけば良かったと、後悔しているところよ」


 アリスは周囲を見回しながら。

 透明な表情を浮かべます。

 ーー竜の微笑み。

 ティノは、現在の状況も忘れ、魅入ってしまいました。


 どれだけ積み重ねれば、あの微笑みを浮かべられるようになるのでしょう。

 ティノにはわかりませんでしたが。

 自分とアリスとの間には、途轍もない隔たりがあることだけはわかりました。


「地面に刻んでいるのは、ずいぶんと大きな『聖語』ね」

「はい。刻む『聖語』の大きさは、威力に関係ないとされているそうですが、実は違います。一定以上の大きさの『聖語』であれば、威力は増します。ただ、『大聖語』には、いくつか越えなければならない壁があります」

「ああ、それでイオリなのね。その壁を、イオリの魔力で無理やり越えようというわけなのね」

「はい。ーーイオリに力を借りるのは、反則ですか?」

「ぱー」

「魔力をもらうだけでしょう。なら、問題ないわ。人種の身で、竜の魔力をどれだけ扱えるのか、見せてちょうだい」


 アリスなら断らない。

 そう確信していましたが、許可をもらえ、ティノは安堵しました。


「不思議な光景ね。これから自分を攻撃する為の『大聖語』を周囲に刻まれているのに、それを見ているだけなんて」

「『刻印』と『大聖語』。あと、術語の名称がわからないので、『脳内聖語』と呼んでいますが、それを使います」

「『脳内聖語』? それって『転写』のことかしら?」

「いえ、『転写』とは違うようです。『転写』は、イオリの魔力をもらえばできるかもしれませんが、失敗したときの反動が怖くて、今の未熟な僕では試す気にもなれません」

「ぱぅー」


 「転写」は、威力を増す、という点では「復刻」と似ていますが、まったく別のものです。

 刻んだ「聖語」を写し、同一の「聖語」を複数展開するのが「転写」です。

 「階層」と「深刻」。

 ランティノールが敷いた轍にも、その可能性は示されていましたが。

 生きている間に、それが使えるようになる。

 そんな自分の姿を、ティノは思い描くことができません。


 仕方がないとはいえ、才能がない、というのは本当に残酷なことです。

 過去に、散々に味わってきた苦味を、もう一度味わってから。

 ティノは「大聖語」を完成させました。


「あら、イオリが大人しいわね」

「はい。むずかしい話になると、イオリは自動的に『日向ぼっこ』状態(モード)に移行します。若しくは、歌を歌い始めます」

「……イオラングリディアは『智竜(ちりゅう)』とも(とな)えられるくらいだったのに。どうしてこんな『へんて仔竜(こりゅう)』になってしまったのかしらね」

「あ、そうだ、僕が勝ったら。僕が知らないイオラングリディアのことも教えてください」

「あなたもよくわからない人種ね。イオリに感化されて、頭が魔力で汚染されているのではないかしら?」

「はは、半分くらいは否定できません」


 アリスは冗談半分で言ったのですが、その言葉は正鵠を射ていました。

 マルによって「浄化」されたティノですが、すべてが「浄化」されたわけではないのです。

 当然、「汚染」のことなど知らないティノは。

 「汚染」の()が何なのか、知る(よし)もありません。


 準備が調ったので、ティノはアリスを見ました。

 ここで、ちょっとだけティノは疑問に思いました。


 始めこそ、アリスの魔力に、魂を塗り潰されるような恐怖を覚えましたが。

 こうして会話をしてみると、イオリの魔力を奪うような「悪竜」には見えません。

 それどころか、竜であるのに、人間に対する造詣(ぞうけい)が深いように思えます。


「これだけ待たせたのだから、私を楽しませないと承知しないわよ」


 極上の笑顔と、豊穣なる魔力。

 もはや、引き返す道は途絶えました。


 不思議と、ティノの心は落ち着きました。

 複雑なことが苦手なティノにとって、何をやれば良いのかわかっている、という状態は、悪いものではありませんでした。


 今、できることを、やる。

 ある意味、それしかやってこなかったので、これから同じことをやるだけで良いのです。


 なぜでしょう。

 「人生の目標」を達成するという大仕事の前だというのに。

 ティノは、これまでひたすらに鍛錬してきた「聖語」を試せるとあって、高揚していました。


 それはティノが初めて抱いた、冒険心だったのかもしれません。


「『日向ぼっこ』は終わりだよ。じゃあ、行くよ、イオリ!」

「おー! ティ~ノ~、ひっひ~を~、ぶっとばせ~っ!」


 (まりょく)


 ただただ、体を焦がすものが浸入してきます。

 「侵入」ではなく「浸入」。

 イオリの魔力は。

 断じて、拒絶するものではないからです。


「『刻印』を基点に『大聖語』を起動!」

「ぽっぽこ~、ぽっぽこ~、まりょく、ぽっこぽこ~」


 「刻印」を導火線に、発動した「大聖語」が光り輝きます。

 光の絨毯。

 その中心には、余裕の笑みを浮かべるアリス。


 この程度で、足りるはずがありません。

 「大聖語」をイオリの魔力で維持したまま。

 これから、ティノ自身が「聖語」を刻んでゆきます。


   せかいはいくつあるのでしょう

   ひとのかずだけせかいはあって

   ちいさなせかいでぼくはいきています

   せかいはつながることができます

   いつかきみのせかいとつながります

   そのためにいまここにぼくはいるからです

   かさなったせかいできみのなをよぶ

   ちいさなせかいのちいさなゆめ

   でもそれはせかいをこがしてなおきえない

   きみへのえいえんのいのりだから


 ティノの「聖語(おもい)」は出来上がりました。

 その「想い(いのり)」は。

 ただただ一途に、貫き通すだけのもの。


 あとはこの「想い(ちかい)」をイオリの魔力とともに、「聖語(ねがい)」に乗せてゆきます。


なささぜさごい(せかいはいくつ)さなぜろさはく(あるのでしょう)いごささくじご(ひとのかずだけ)さなはにはろご(せかいはあって)いにいさなささろ(ちいさなせかいで)いぜはにろささごな(ぼくはいきています)くささぜごさはな(せかいはつながる)くごはさろごく(ことができます)ささはさろぜくささ(いつかきみのせかい)ごごはぜくいい(とつながります)ごぜじごろにくいはろ(そのためにいまここに)にじぜさなはくろに(ぼくはいるからです)はじいいじなはにろ(かさなったせかいで)にろぜいくなぜ(きみのなをよぶ)ろにじさなさささ(ちいさなせかいの)ろにいさはご(ちいさなゆめ)ろなごぜはなささに(でもそれはせかいを)はさごろさにろじさに(こがしてなおきえない)ろいくぜいにいいさ(きみへのえいえんの)にぜじじはは(いのりだから)

「『脳内聖語』って……、ティノ! 今すぐ『聖語』を刻むのをやめなさい!!」


 アリスの警告は、ティノに届いていませんでした。


 ただ、貫き通すーーそのことの為だけに。

 ティノの心は。

 すべて注がれていました。


「ったく!」


 このような粗雑な言葉を吐いたのは、マースグリナダをぶん殴って以来でしょうか。

 アリスは即座に、組み上げていた魔力の積層を吹き飛ばしました。

 ティノの攻撃を魔力で受ければ。

 ティノの脳内は破壊され、廃人となってしまうからです。


「『誓言(オウス)』」

「ティ~ノ~、ぱ~んっ!」


 ティノとイオリは、それぞれに「聖名」と術名を告げ、一筋(ひとすじ)の槍となります。


「っ……」


 死地へと突撃しているというのに、のんきに笑っているイオリを怒鳴りつける(いとま)もありません。

 ーー避ける。

 アリスは半瞬、迷いましたが、炎竜の本能がそれを許しませんでした。


 暴走したとしか思えない、出鱈目(でたらめ)に光を(あや)なすティノの拳。

 ティノの勝利を信じて疑わない、笑顔満面のイオリ。


「『転炎(アフーム=ザー)』!!」


 冷気の炎。

 同時に。

 瞋恚(しんい)の炎がアリスの精神を()きました。


 ティノの「誓言」を打ち消すには、これしか方法がありません。

 炎竜であるアリスにとって、誇りを汚す術であるがゆえに。

 ただの一度も行使したことがなかった、方術(ほうじゅつ)


 氷竜の息吹(ブレス)彷彿(ほうふつ)とさせる、極寒の精白(せいはく)を前面に展開するアリス。

 方術の完成間際に。

 ティノの拳が穿ちます。


「灰になるまで燃やすわよ!!」


 勝つとわかっている勝負ほど、つまらないものはありません。


 アリスの脳裏に、ティノの言葉がよみがえります。

 多大なる制約があるとはいえ、アリスは全力です。

 敗けるかもしれない。

 そんなことを思ったのは、(ミースガル)(タンシェアリ)に生じてより初めてのことでした。


「人種の分際で! 私を楽しませてくれたことを褒めてあげるわ!」


 アリスは勝利を確信しました。


 対極の色彩に揺れる、炎と炎による板刻(はんこく)

 炎に刻まれた炎が、ティノの魔力を優しく包み込んでゆきます。


 炎樹。


 アリスに咲き誇る炎の花びらが、勝負の終焉を告げるように。

 儚くも美しく、舞い散ってゆきます。


「……あ」


 ここで我に返ったティノは。

 生存本能が炎で焼かれました。


 ティノの視線の先には、無傷のアリスがいて。

 無傷のアリスは、ちょびっとだけ焦げたドレスを見ていて。


「ぱーぼょっ!?」


 無言で半回転したティノが聞いたのは。

 イオリの愉快な悲鳴と。

 自分の背骨の、断末魔の悲鳴でした。

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