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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
邂逅
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領域  マルカルディルナーディの決断

 この環境はよくない。

 自分と似たような境遇の人種を見て、マルは思いました。

 マルはまだ、ここに来たばかりです。

 先ずは、周辺の調査から始めることに決めました。


「ティノは、竜が世界の魔力の調整役であろうことを知っておるか?」

「竜には何か役割があるーーと、『お爺さん』が言っていたような……?」

「ほうほう。それがわかろうだけでも大したものだ。だが竜というは、人種だけでなく『魔獣』である我ともまた時間の尺度が異なっていてな。魔力の調整を(おこた)ることがあるのだ」


 自覚が欠けている少年。

 マルは、違和感しかありませんでした。

 でも今は、ティノの警戒を解くことを優先しないといけません。

 マルは自分の持つ知識を、惜しみなく提供することに決めました。


「多すぎる魔力は毒となる。竜が役割を負うておるとするなら、我ら魔獣は『摂理』であろうな」

「『摂理』、ですか?」

「ふむ。魔獣は、『魔力溜まり』に発生するのだ。その領域(テリトリー)は、人種や動物からすれば汚染地域に相当しよう。魔獣は、その汚染地域を領域とし、領域に立ち入られようことを極度に嫌う」

「……それって、魔獣は良い人、じゃなくて、良い獣ということですか?」

「そうとは言い切れぬな。我は追い払うだけだが、大抵の魔獣は、己が領域に入ろうものなら鏖殺(おうさつ)しよう。汚染されし地域を正常にはするが、それを(もっ)て良い獣ということにはならぬであろう。それゆえに『摂理』と言うたのだ。魔獣の寿命は三千周期程度。魔力を使い切ったときが仕舞いのときだ」


 マルの言葉を理解しようと、一生懸命なティノ。

 そんな純朴そうな少年を見て、マルは違和感だけでなく、「場違い」という言葉まで浮かんできました。


 マルとティノが居る場所は、これまでマルの領域ではありませんでした。

 マルは自分から、この場所を領域にすると宣言したのです。

 それでは、マルがこれまで領域としていた場所は、どうなったのでしょう。


 ここまでのマルの話を聞いて、ティノはそうした矛盾に気づくことができませんでした。

 マルは、今度はティノ自身を魔力で探ってみましたが、「()()()()」以外は至って普通の人種でした。


「ティノはーー。何というか、普通であるな」

「……あはは、自覚はあります」

「そうさな、特徴と言わばーー。男であろうに、ずいぶんと『腑抜けた顔』をしておる」

「そこは、僕の所為じゃないと思います。きっと、顔も名前も知らない、僕の両親の所為でしょう」


 腑抜けた顔、が気に入っていないのか、即座に反駁(はんばく)してきました。

 わかり易いにもほどがあります。

 そんな特別ではないティノを、マルは気に入りました。


 マルは獣ですので、人間とはだいぶ美的感覚が異なっています。

 そろそろ自分の容姿の「()()()()()」に気づいたほうが良いのですが、ティノはまたもや機会を(のが)してしまいました。


「悪うない。ティノよ、また我と語らおうぞ。次に()うたときは、我に乗せてやろう」

「……それは嬉しいんですけど」

「む? 我が人種を乗せるなぞ、これまで無かったことだ。何が気に入らぬというのだ?」

「えっと、僕は()()と友達になりたいと思っています。だから、友達には、本当のことを言おうと思うんですけど、いいですか?」


 顔も体つきも、若干頼りなさが勝っているティノですが。

 揺るがない意志を、ティノの表情から見て取ることができます。


 他者との交流、という点では、圧倒的に経験値が足りていないマル。

 三千周期も生きてきたというのに、気後れしてしまいます。

 それでも、魔獣の沽券(こけん)を守る為に、何気ない(ふう)を装って頷きました。


「ほうほう、友達同士となれば、確かに。構わぬ、忌憚(きたん)なく(もう)すが良い」


 内心の動揺で体の魔力が乱れるなど、何百周期ぶりでしょう。

 (たし)か、領域の上空を竜が低空飛行したとき以来です。


 マルの緊張を他所(よそ)に。

 ティノは厳然たる事実を伝えました。


「臭い、です」

「ほ……?」

「獣臭が、酷いです。次までに、体を洗ってきてください」

「……わかった。次までに、『浄化』を体得しておこう」


 戦いの際は。

 気配を消す為に魔力を纏っていたので、臭いも遮断されていました。

 これまでマルは、自分の体臭など気にしたことはありませんでした。

 ついでに、水浴びをした記憶もありません。


 ティノは丁寧に頭を下げてから、去ってゆきました。

 周囲には、誰も居ません。

 マルは「結界」を張りました。


「オオオォォーーっっ!!」


 雄叫び。


 それから、精一杯生き抜いてきた、近くの樹木に八つ当たり。

 樹木を両断してから。

 地面に転がって、灌木を薙ぎ倒しながらジタバタ。


 誇りが傷ついた。

 マルはそんな風に思っていますが、そんな上等なものではありません。


「次は大丈夫! 次も大丈夫! まだ名誉汚名は可能! 挽回返上は可能!」


 大丈夫ではないようです。

 永い獣生で、これほどの恥辱は初めてです。


「くっく、かははっ!」


 腹の底から、笑いが込み上げてきました。

 楽しい、という感情。

 そんなものが自分にあることに、マルは驚きました。


 新鮮な、生き返るような情動。


「友達になりたい?」


 ティノはそう言っていました。


「楽しみだ!」


 マルは、後悔させてやりたくなりました。

 友達になったティノを、困らせてやりたくなりました。

 自分が素直な性格ではなかったことに初めて気づきましたが、マルは見て見ぬふりをしました。


「さても、これからティノはどうするのかの」


 普段の言葉遣いに戻ったマルは、去っていったティノの先にある「結界」に視線を向けました。

 魔力に汚染されていたティノ。

 汚染、そのものでありながら、汚染を浄化してゆく魔獣。

 マルと戦うことで、ティノの汚染の度合いが低まりました。


 ティノは「目覚め」ました。

 マルが「目覚め」させました。

 何という巡り合わせでしょう。


 領域に縛られなくなって、()()()()を求めていたというのに。

 あの場所で、朽ち果てたくなかったから。

 空っぽの何かを抱え、歩き続けてーー。


 マルは、見つけてしまいました。


「あの『結界』に『お爺さん』となると、ファルワール・ランティノールしかおらんの。『天を焦がす才能』とて、所詮(しょせん)は人種。なら、今のわしでも、対処は可能じゃろう」


 若返ったかのように、力が(みなぎ)ります。

 五百周期ぶりの、全力疾走。

 熱に浮かされたマルは、衝動のままに闇を疾駆してゆきました。

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[一言] 主人公が世界の理と交わっていくという展開は好きです。これからの様々な仕掛けを楽しみに手してます。  自分でも似たような展開を書いているのですが、性根が曲がった私だと世界の理の前に、世界の陰…
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