空 風竜ラスファルフィーレへのお願い
「ヒャッハー!!」
風が歌い始めました。
ここです、ここからです。
純白の毛を生やした尻尾に魔力が絡みつき、風が踊りだします。
大陸一の最速。
ラスファルフィーレは、そう自負しています。
「どうだぜ、ベズ! 偉大なる俺様の最速は!!」
「ああ、ラス、快適だ。もし生まれ変われるとしたなら、次は風竜になるとしよう」
本心かというと、それは怪しいところでしたが、まったくの嘘というわけではありません。
最速ならぬ鈍速。
空を駆ける本能ーーそれを満足させられない身を厭うたこともありました。
でも、地竜として大地にあることの愛しさのほうが、より強く、この身を蝕む、いえ、祝福となるのです。
「ハッハーっ、超特急の、尊大なる俺様のぉ~、おな~り~っ!!」
このままラスを調子に乗せると厄介なので、少し凹ませることにしました。
竜らしからぬ話しぶりは、実害がないので放っておいても良いのですが、曲芸飛行などをされると迷惑この上ありません。
「さすがは大陸最速の風竜。是非とも、次は世界最速に挑んでくれ」
「ほぎゃっ!?」
魂を打ち抜かれたラスの速度が、少しだけ緩まりました。
それでも、音の速さの八割というところでしょうか。
竜の絶景。
遥か下にある大地の姿も、刻一刻と模様替えをしています。
「音の速度を超えれば、どうにかなるものなのか?」
「あー、それなー、何てゆーか、古竜は『竜の魂』の影響受けなくなって、固有の能力得ただろ? 消沈する俺様たちもな、もーすぐって感じなんだぜ」
ラスの話が明後日や弥の明後日の方向に行ってしまうことはよくあることなので、ベズは話を合わせることにしました。
「中古竜である私たちも、そう遠くない内に『竜の魂』から解放され、固有の能力を得ることになるということか?」
「ま、何となく、そんな感じがするんだぜ! それが千周期後か二千周期後かはわからんが、もーすぐなのは確かだぜ!!」
「なるほど。そうなれば、ラスは音を超える、と。それで、音を超えれば、ラカールラカに勝てるのか?」
「そりゃ、先ず、その景色を見てからだな。何となくわかんだよ。風の向こう側ーーその景色を、崇高なる俺様の魂が受け容れれば、もっと先へ、もっと高く、もっと遠くまで届くんだぜ」
純粋な眼差し。
ベズは、ラスの魂の輝きが嫌いではありませんでした。
同じ変わり者、ということもありましたが、最も多くつるんできた竜です。
つるむ、とは言っても、それは竜の時間でのことです。
敗けたほうが相手の「お願い」を聞く。
百周期ごとに会い、勝負をしてきました。
「で、だぜ! 『お願い』がこんなんで良かったのかだぜ?」
「大陸一の風竜が翼になってくれるのだから、十分な『お願い』だろう。今は、あまり学園を空けたくないから助かる」
ベズは、ラスの竜頭の上に座り、空を見上げます。
暗く、重たそうな曇り空。
魔力で伝わってきていましたが、「イオラングリディア僻地」の辺りはずっと雨が降り続いているようです。
「竜棋での勝負は、ラスのほうが分が悪いだろう。次回からは別の勝負にするか?」
「んー? んーや、まだ三回の敗けだかんな。十回敗けるか、不屈の俺様が勝つかするまで、続行だぜ!」
風竜は、竜の中でも感覚に優れています。
ラスもまた例に漏れず。
理詰めではなく本能での勝負を好みます。
罠を見抜いてくるので、正攻法で圧倒する。
ある意味、地竜の独壇場ともいえます。
このままなら、ベズの十連勝で終わることになるでしょう。
でも、ラスは勝つことではなく勝負を、敗けることすら楽しみに変えてしまえるので、細かいことは気にしません。
「ベズは竜棋強いんだぜ! 大陸一だったって驚かないんだぜ!!」
「私は大陸一ではない。ランティノールには結局、一度も勝てなかったし、イオリにも。これまで19戦指し、全敗だ」
「イオラングリディアじゃなくて、ベズが話してたイオリってのに勝てないのかだぜ?」
ラスには、学園で教師を始めてからの道行きを伝えてあります。
自由を尊ぶ風竜。
わかっていたことですが、ラスは招聘に応じませんでした。
アリスは竜なのでどうでも良いのですが。
ラスが学園に来てくれれば、ティノの負担が減ることになっていたでしょうから、残念ではあります。
「イオリは先ず、私と同じような指し方をする。それから、まるでイオラングリディアが表出するかのごとく、巧みに変化してゆく。私がイオリと勝負するのは、勝負が楽しいからではあるが、観察の為でもある」
「ほーん?」
「イオリは興味深い存在だ。ラスも会ってみれば良い」
駄目元で、もう一度だけ誘ってみたベズですが。
ラスの心胆を代弁するかのように魔力が暴発。
ばっさばっさと翼を羽搏かせ、ラスは叫びました。
「そのイオリがイオラングリディアじゃなくたって、臆病なる俺様はもう、会いたくないんだぜ!!」
「過去に、イオラングリディアと何かあったのか?」
「さすがベズだぜ! 他竜の傷口に砂を混ぜ混ぜだぜ!!」
「そうか。では、話を聞こう」
「ほぶ……だぜ」
長い、いえ、永いつき合いです。
あとは黙っていれば、沈黙に耐え切れなくなったラスのほうから話してくれます。
「あー、おー、とー、そーだったなー。あれだ、馬鹿やった二竜がいてな、半分惰眠な俺様は巻き込まれたんだぜ」
「その話しぶりでは、二竜に巻き込まれた、というわけではないようだ」
「だ…ぜ。その二竜をな、エーレアリステシアゥナがぶっ飛ばしたんだぜ。昏迷たる俺様は、起きたら火の海だったんだぜ」
どうやら寝ながら飛んでいて、巻き込まれたようです。
一言で言うなら、とばっちりです。
イオリなら、「とばっち竜」とでも言うかもしれない。
口元が笑みの形になりそうだったので、ベズは手で口を隠しました。
「そこで話が終わりなら、イオラングリディアがでてこない」
「ベズは優しさが底抜けだぜ! そこは穴掘ってお寝んねだぜ!!」
「諦めて、話せ」
「ほぴぃ……だぜ。あれだぜ、これだぜ、そうだぜ、そのあと、イオラングリディアに説教されたんだぜ」
「説教? なぜだ? ラスは巻き込まれただけで、悪さなどしていないだろう」
ぶふー、と鼻息。
それから、過去の惨劇を思いだしたのか、ラスはガタガタと震え始めました。
「先ずな、風竜の癖に、鈍感なる俺様が巻き込まれたことを説教してきたんだぜ」
「ああ、そういうことか。竜であるのに、巻き込まれるようなヘマをしたから、それを問題視されたのか」
「問題は、そこから……だぜ。反論したら、反論すること自体が自覚してない証拠だとか、黙ってたら、自分の考えもないのかヘタレとか、……賢明なる俺様だってな、『竜の叡智』は持ってるんだぜ。なのにだぜ、『万能説教』とか二つ名をつけたくなるくらいの、魔竜みたいだったんだぜ」
ラスは昔から、妙な二つ名をつける癖があります。
イオラングリディアに説教された者は、魂が「復活」するーーという意味のようです。
「ラスが説教から逃れられなかったのは、相手の領域にいたからだ。相手が言ったこと、選択肢、用意したものーーそれらはすべて、敗けにつながっている。予定調和、とでも言うべきか、相手の言葉に反論、いや、相手の言葉を聞いた瞬間に、敗けは確定する」
「あー、それ、途中から何かわかったんだぜ。何言っても、愚昧なる俺様が悪いことになるし、何やっても蒙昧なる俺様が悪かったことになるし、もう、あれだ、イオラングリディアに係わったことが敗けだったんだぜ」
二つの選択肢があったとして、どちらを選んでも敗け。
それをもっと複雑にしたのが、イオラングリディアの「万能説教」です。
ラスはおかしな話し方をしていますが、腐っても竜。
人種が及びもつかないほどの知恵者です。
そのラスを手玉に取るのですから、イオラングリディアの叡智たるや「万能」に匹敵するのかもしれません。
未だイオラングリディアの真意はつかめない。
イオリの奥底に見え隠れする「智慧の極」。
ベズもまた、彼の竜に手玉に取られているような気分になってしまいました。
「それで、三日三晩、説教されたのか?」
ベズは。
冗談で言ったつもりでした。
彼はまだ、竜の中で最も頭が固いと言わしめる、イオラングリディアを甘く見ていました。
それから、ラスは。
飛ぶのをやめました。
「……三星巡り、だぜ」
「何の話だ?」
また話が別のところに飛んでしまったようです。
ベズはラスを「結界」で囲い、これ以上落ちないようにしました。
「だーかーらー、三星巡り、その間、ずっと、片時も休まず、ずっと、たくさん、めーいっぱい、わんさかー、ずっとずっと、永眠なる俺様は、説教されてたって言ってるんだぜ」
「……は?」
どうやら、聞き間違いではないようです。
冗談で言った日数の、35倍。
三日どころか、三星巡りーー105日間、ずっと説教されていたようです。
「……そうか、ラス。よく生き残れたと、称賛する」
「エーレアリステシアゥナのほうが怖いとか言ってる奴は、知らないんだぜ! 真の魔竜は、真の邪竜は、イオラングリディアなんだぜ!!」
「わかった。わかったから、自分で飛んでくれ」
「結界」を解き、ラスを促します。
すると、癇癪でも起こしたかのように風竜は騒ぎ始めました。
「だぜっ、だぜっ、だぜ! もー、いいっ、別の話をするんだぜ! 幸喜なる俺様は知りたかったんだぜ! まだ聞いてなかったからな、ベズはどーやって『分化』したんだぜ!!」
これまたおかしな方向に話が飛びました。
ここでイオラングリディアの話を続けるほど、ベズは意地悪ではありません。
ラスの疑問、というか、好奇心に応えてあげることにしました。
「ラスは、ファルワール・ランティノールのことを知っているか?」
「魔力で伝わってくるくらいのことしか知らないぜ! 『聖語』を創った『天才』だぜ!!」
「ああ、私はそのランティノールの、三人の弟子の内の一人だった。ーー別に何かがあったわけではない。弟子になり、学び、ランティノールが消え、二人の弟子はそれぞれに道を歩み始めた。特に何もなかったーーはずだったのだが。よくわからないものが胸にあった。十周期経ってから、ようやく答えがわかった。私は、懐かしかったのだ。彼らとの日々が懐かしく、あの頃に戻りたいと思ってしまった。そして気づいてみれば、『男性体』となっていた」
「んー? ん~? それって、弟子だった女を好きになったってことだぜ?」
「二人の弟子は男だ」
「ってことは、その男を好きになったんだぜ?」
雨が降りだしてきました。
「イオラングリディア僻地」に近づいたからでしょう。
ベズの心も雨模様。
晴れ模様にする為に、ラスの誤解を解くことにしました。
「私もそうだった。『分化』する前は、男や女といった区別をしていなかった。だが、『分化』することで明確な区別が生じた。男は親友までだが、女は伴侶たり得る」
「ってことは、『女性体』のエーレアリステシアゥナとかを伴侶にしたいとか思うんだぜ?」
「学園長は私の好みではない。以前の、『極悪竜』のほうが増しだったくらいだ。私の好みは、私自身と同様に、一風変わった者だ。今の学園長は、常識とか優しさとか、まるで聖竜に見えることすらあるくらいだ」
「ハッハーっ、変わり者が好きとは、さすがベズ、悪趣味だぜ!!」
なぜでしょうか。
ラスが大喜びしています。
そんなに面白い話ではないはず。
合点がいかないベズでしたが、これ以上笑いものにされるのは嫌だったので、ここで話を打ち切りました。
「おっ? ふっ! ひ~、だぜ!!」
「何かあったのか?」
ラスは突然、減速しました。
ベズが尋ねると、くいっくいっと竜頭を前に突きだします。
「いるぞいるぞ~、炎がメラメラ、あっちっちだぜ~」
「炎竜ーー学園長? 移動しているのか?」
「こりゃ、もっと速度緩めるんだぜ。後ろ追いかけてるんじゃなくて、剛直なる俺様たちの進路に入ってくる感じだぜ。この方角は、ーー魔竜王だぜ?」
「それで正解だろう。私たちは一日遅れで出発した。学園長たちが魔竜王に会ってきたとするなら、時間的につじつまが合う」
ベズは前方を探ってみましたが、アリスの魔力を感じ取ることはできませんでした。
となれば、アリスもベズたちを感知できていないでしょう。
「人種に、ティノ君という面白い子がいる。私としては逢っておくことを勧めるが」
「ほふ? 本人がここにいないのに、『君づけ』してんのかだぜ?」
「はは、学園生を『君づけ』で呼んでいたから、習慣化してしまったようだ。それで、どうする?」
「あー、何ていうかな、鋭敏なる俺様の直感が、まだ人種や亜人に係わるなってビンビンなんだぜ!」
「では、目的地の村から離れたところに、街がある。人種の魔力を隠れ蓑に、街の向こう側で待機していてくれ」
ベズが頼むと、なぜかラスは左右にユラユラと揺れ始めました。
ベズの提案が気に入らないようです。
「郷愁なる俺様、もー帰っていいのかだぜ?」
「地竜は、飛ぶことを負担に感じる生き物だ。帰りも乗せてもらう。『お願い』なのに、聞いてくれないのか?」
「いや、だって、なぁ、おい、さぁ」
「何を気にしている? 言え」
「あー、んっと、神妙なる俺様は、前にエーレアリステシアゥナにぶっ飛ばされたんだぜ。でもな、エーレアリステシアゥナは、光輝なる俺様のこと覚えてないかもしれないんだぜ」
説明を聞きましたが。
ラスが何を言いたいのか、ベズにはさっぱりわかりませんでした。
それは帰りに聞けば良い。
全力での拒絶ではないので、ベズは意見を押し通すことにしました。
「本当に嫌だと言うなら考える。そうでないのなら、待機を『お願い』する」
「ほぶ……、わかったんだぜ~」
了解したようで、ラスは降下を始めました。
ーーその瞬間。
前方で魔力が膨れ上がりました。
「ラス! 私を風で飛ばせ!」
「おうっ! 合点承知の風竜だぜ!!」
ベズは即座に「結界」を纏い、ラスの前に飛びだしました。
刹那に。
ラスの息吹によって、「砲弾」は打ちだされたのでした。




