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竜の庵の聖語使い  作者: 風結
邂逅
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研究所とその周辺  「努力の才能」と変わらない日常

 ティノは「研究所」と呼んでいますが、正確には「施設」でしょうか。

 「書庫」に「作業場」に「倉庫」。

 ランティノールが普段居ることが多かった場所が「実験室」と「書斎」だったので、ティノにとっての「お爺さん」のイメージは「研究者」だったのです。


 「書庫」から二冊の本を持って「書斎」に。

 椅子には(こだわ)りを持っていたランティノール。

 ティノは、豪奢な椅子の横にある、自分で造った不格好な椅子に座ります。


 窓の外からは、暖かな日差しが降り注いでいますが。

 それを楽しむ余裕はティノにはありません。

 先ずは、二冊の本を通読(つうどく)します。


 読み終えたら、「研究所」の外へ。

 次は、薪割りを兼ねた「聖語」の鍛錬です。


 朝、止め刺しの際に使った「風刺(ピアース)」。

 この「聖語」を実戦で使えるまで磨き上げるのが、現在のティノの課題です。

 「風刺」で難しいのが、座標の固定です。


 近くにある、感覚で捉えられる範囲であれば難しくありません。

 感覚の外側。

 距離が離れれば離れるほど、難易度は漸増(ぜんぞう)してゆきます。

 ()して、対象物が動いているとなれば、至難の業です。


 昨日は遮蔽物を置き、見えない場所に木の枝を置きました。

 成功率が上がるまでは、もったいなくて薪用の乾燥した木は使えません。

 今日は木の枝を置いてから、背を向けます。


 見えないだけでなく、感覚的に捉えることが難しい背後への攻撃。


   渦巻くもの

   逆巻くもの

   悲鳴は閉ざせ

   疾く穿て


「ろにじ、いさくじ、いごさ、はなろ」


 口笛を吹くのを失敗したかのような、掠れた音。

 すぐさま振り返って「風刺」が解けた場所を確認します。


「……イオリが射た矢よりも酷い」


 でも、初めはだいたいこんなものなので、ティノは気にしません。

 地道に繰り返してゆく以外に、上達の道はないと知っているからです。

 十周期も続けているので、ティノの心と体に嫌というほど染みついています。


 数えていなかったのでわかりませんが、百回くらいでしょうか。

 やっとこ枝に当たったので、「書斎」に戻ります。


 「書斎」でもう一度、二冊の「風刺」の本を読みます。

 一度読んだだけで理解できるほど、ティノは才能に恵まれていません。

 こんなときティノは、ランティノールと血がつながっていないことを実感します。


 幼い頃にはわかりませんでしたが、ランティノールは。

 自分だけでなく村の人々と比べてみても、比較することが罪悪と思えてしまうほどに「お爺さん」は優れていました。


 ランティノールが敷いてくれた(わだち)を辿ってゆくだけで一苦労、いえ、艱難辛苦。

 ランティノールは、越えられない壁は用意していませんでした。

 ティノの「才能」を理解していた「お爺さん」は、ある意味、最も困難な、ただひたすらに真っ直ぐ進むだけの、単調な(みち)を敷いたのです。


「はぁ、もっと早く『風刺』に気づいていればなぁ」


 読み終えてから、(なげ)くティノ。

 使ってみると、応用範囲は広く、山や森での作業と並行して鍛錬を行うことができます。

 「書庫」にある「風刺」の本に気づいたのは、最近のこと。

 別の「聖語」を鍛錬していたとき、関連の著書である「風刺」を()()しました。


 ティノは知りませんが、これはランティノールが(あらかじ)め仕込んでいたことなのです。

 「聖語」の伎倆(ぎりょう)が上がらないと、「風刺」を使うのは困難。


 死後にまで、それを可能たらしめたのは。

 天才の中の、一握り(ほんもの)

 その一握りでさえ、見上げる存在ーーそれがファルワール・ランティノール。

 実はティノが思っているよりも「お爺さん」は、とんでもない人物だったのです。


 ティノは再び、外にでます。

 あとは、この繰り返しです。

 本を読み、「風刺」を使い、「風刺」がある程度当たるようになってからは、森に入って木の実を採取しつつ、草や石などを標的に「風刺」を使い続けました。


 日が暮れたら終了。

 美味しい御飯と、イオリの笑顔。

 それだけで、ティノの苦労は報われます。


「ごちそうさま。美味しかったよ、イオリ。今日もご苦労さま」

「おー! ありあり~、いってらっしゃい~」


 「聖語」の明かりをそのままに、ティノはテーブルの椅子から立ち上がります。

 それから、楽し気なイオリの声を背に、「研究所」に向かって歩いてゆくのでした。

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