空き教室 「聖活動」とアリスの計画
「それでは、始めるわよ」
「え?」
「うわっ!?」
「なぅあ!!」
さっそく遣りたい放題です。
教室に入ったアリスは。
鍵を閉めました。
学園長室の奥の空き教室。
用がなければ誰も来ない場所で、机と椅子が踊りだしました。
文字通り、生き物のように動きだし、六人は大慌てです。
教室内でバラバラに座っているなど、アリスが許すはずがありません。
左右の「五指」で「聖語」を刻み、思い通りに操作します。
突発的な舞踏会が終わって、机と椅子がとまったときには。
六つの机で「円」ができていました。
必要のない机と椅子は、きっちりと端に寄せられています。
「聞きたいことがあれば、あとで聞いてあげるわ。先ずはそうね、メイリーンから行こうかしら」
「あ、あたし?」
「聖拳」の使い手であるメイリーンも、さすがに驚いたようです。
明らかに異常な、高度すぎる「聖語」に面食らっています。
ティノの右隣。
ソニアから始めても良かったのですが。
ティノに椅子を寄せたソニアが、少年の腕に抱きついたので、アリスは左隣からにしました。
「これが試験での、メイリーンの『聖板』ね」
ティノの後ろに立ったアリスは、手にしていた『聖板』の一枚を、皆に見せました。
10点。
10点満点なら全問正解ですが、残念ながら今回の試験は100点で満点です。
下から二番目の成績。
アリスは分析結果を伝えます。
「メイリーンは、変なところで真面目よね。勘が鋭いのだから、選択問題を山勘でやったほうが良い点が取れたでしょうに」
10問の選択問題。
一問5点で、メイリーンの正解数は二。
当てずっぽうに答えを選んだときの平均よりも低い点数です。
「……試験ってのは、実力をはかるものだから、ちゃんとやりましたよ。その二問だけは、ちゃんと答えがわかって選びました」
「逆に、他の八問を外せたのが、あなたらしいわね。それじゃあ、拗ねていないで、自己紹介でもしてちょうだい」
「うっす!」
嫌なことはすぐに忘れられる。
自分の、こういう単純さが嫌いではないメイリーンは、勢いよく立ち上がりました。
それから、右手の人差し指で「光」の「聖語」を刻みます。
刻み終えた「聖語」を左手で握り潰すと、光り輝く拳を天に掲げました。
「まだ、そこまでの認知度はないけど、あたしは『聖拳』の使い手よ! 近所迷惑になるから、中央寄りの北で、毎日毎日、親父や兄貴たちとどつき合って、『聖拳』を磨いてたんだけどーー」
拳から光が消えると、メイリーンの言葉の勢いもなくなりました。
学園生たちの情報をつかんでいるアリスは、合いの手ならぬ竜の手を入れました。
「メイリーンは、家族内では何番目に強いのかしら?」
「えーとー、それなんですよねー。実は、家族で一番強かった親父を、学園に来る前に倒しちゃったんです。それで、『もうお前に教えることは何もねぇ!!』って親父が言いだして、あたしに相談もなく学園に抛り込まれちゃったんです」
激しい鍛錬の最中。
礼儀も一緒に学んだので、メイリーンは指導者であるアリスには敬語で話します。
また、それだけでなく、メイリーンはアリスが「学ぶに足る」存在であることを見抜いていました。
「ーー学園長は、強いですよね?」
そう尋ねた瞬間。
メイリーンの、気配が静まりました。
ティノとアリスは、メイリーンの内の熱を感じ取ります。
ーー種火。
爆発することを待ち侘びる、透き通るような純炎。
「そうね、私は強い。でもね、今はあなたと戦ってあげない。それはね、あなたが弱すぎるから」
「あたしは。ーー弱いですか?」
弱い、と言われ、大輪の花のように綻ぶメイリーン。
自分が笑っていることを自覚することなく、炎は尚、瞋恚の如く純化してゆきます。
「ええ、弱い。それじゃあ、あたしが楽しめない。あたしを楽しませられるくらい、強くなりなさい。学園に居れば、それが能う」
「わかりました。それならここでっ!!」
「つぁ!?」
アリスと話していたメイリーンは、その場で唐突に拳を突きだしました。
距離的に、ティノの後ろに立っているアリスには届きません。
標的となったのは。
ソニアにくっつかれ、どうしたら良いか悩んでいたティノでした。
「ねっ、ねっ、見た、見たっ、みんな! 学園長と話しながら、視線も向けてなかったってのに、ティノは躱したわよ!」
盛り上がるメイリーンでしたが、アリス以外はドン引き。
それも当然。
これではただの暴漢ーーあぶない人です。
このままでは不味いので、アリスは教師らしくメイリーンを叱ることにしました。
「コラ、メイリーン。いきなり人に襲いかかってはいけないと、父兄に教わらなかったのかしら?」
「え……? いや、だって……」
「当たらなかったから良いようなものの。もし当たっていたら、トイレ掃除三星巡りだったわよ。ティノは許してあげるようだから、私も見なかったことにしてあげるわ」
「……ご、ごめんなさい」
「あー、うん、大丈夫。突然で驚いたけど、当たらなかったから問題ないよ」
自分が何をしたか知って、しおらしく謝るメイリーン。
ソニアがくっついたままだったので、やっとこティノは座り直すことができました。
ティノがメイリーンの拳を躱すことができたのは。
彼女が手に魔力を纏っていたからです。
「感知」を使っていたティノは、事前に察知することができました。
そうでなければ、普通に殴られてしまっていたでしょう。
そう、メイリーンが父親を倒すことができたのも、この魔力のお陰なのです。
そのことに、メイリーンも彼女の家族も気づいていません。
この時代、魔力は「魔毒」と認識されています。
(アリスさん。お願いします)
(ほっこり焼くわよ)
(お・ね・え・さ・ま。お願いします)
(もう、仕方がないわね。そこは任されたけれど、あなたも手伝いなさい)
(でも、アリスさんほど上手くできませんよ?)
(責任は私が取るから、好きなようにやって良いわよ)
(……わかりました)
目線での一瞬の会話。
実は、まったくのティノの妄想というわけではありません。
アリスはティノの魔力をおおよそ理解したので、魔力である程度の意思疎通を行っているのです。
「はいはい。じゃあ、次は、リフ・マイン。適当に自己紹介を頼むわね」
アリスは「聖板」の一枚を皆に見せました。
20点。
メイリーンの二倍の得点。
下から三番目の成績です。
でも、皆の視線には疑念が含まれていました。
「学園長は、もうわかっているのですよね?」
「初周期は41名と少なかったから、学園生のことは、調べられる範囲で調べたわ」
「それでは、隠し立てをする必要もありませんか」
リフ・マインは、「八創家」の人々が醸す雰囲気を纏っていました。
一言で言うなら、「優秀そうな」人物。
それが最下位付近の成績なのですから、疑念を持たれても仕方がありません。
「ソニア。あなた、この『聖板』の回答を見て、どう思うかしら?」
「ん。態と低い点数を取ろうとしたことがバレないようにしている。でも、そうした工作が不自然さにつながっている。メイリーンのように、もっと偏った回答にしたほうが良かった」
「はは……」
ソニアに駄目出しされ、情けない顔になるリフ。
でも、その笑い方にも品があります。
リフは演技がかった仕草で皆を見回すと、経緯を語り始めました。
「最下位になろうと思いました。ですが、学園生の実力はわかりませんでしたし、低すぎる点数を取るのも不自然。そこで20点なら問題ないだろうと判断しましたが、ーー下に二人もいるとは思いませんでした」
「ふんっ、悪かったわね」
「あはは……」
リフの苦笑に、メイリーンは悪意のない反発。
ティノのほうは、愛想笑いのような顔です。
「正体、というほどもったいぶったものではありませんが、私は『八創家』ーーマホマール家の分家のような立場の者です。マホマール家の傘下や支配下の者ではなく、継承権を持たない親戚のような立場です。ーーマホマール様は、学園と学園長を高く評価なされていました」
「あら、光栄なことね。私としては、学園を創るのを邪魔しなかっただけ、ありがたい存在だったわ。まぁ、評価してくれているのは本当のようね。『八創家』で唯一、『後継者』を送り込んできたのだもの」
「ディズル・マホマール様。学園では呼び捨てにするように言われているので、ディズルーーと呼びます。ディズルが上位クラスに、そして私が下位クラスに。分かれたほうが良いとディズルが命令してきたので、炎竜組に所属することになりました」
「因みに。本気で試験に挑んだら、何点だったのかしら?」
「84点です」
その得点を聞いた瞬間、アリスは悪い顔になりました。
また一つ、面白そうな玩具を見つけてしまったようです。
アリスの一番の玩具ーーティノは彼女の笑顔を見て、溜め息を吐きました。
「ディズルは三番目の成績ね。二位と三位は接戦。フィフェス・ベルマは、85点。ディズルは、84点。一位と二位の差は開いていて、クロウ・ダナは、97点よ」
「そうですか。同じ得点ですかーー」
「そう、同点。もしかして、悔しかったりするのかしら?」
「そんなことは……」
リフの事情を知った上で、アリスは挑発します。
元々は短気な性格だったのでしょうか、長周期押し込めていた感情があっさりと決壊してしまいます。
「くっく、まぁ、今回は引き分けのようですね。ーーちっ、またディズルの奴のすまし顔を見ることになります。……そうっ、アイツは! 事あるごとに突っかかって来て! 見下しているというか当然と言うか生意気が有頂天というか、いや、努力をしていることは知っていますよ、『聖語』には真剣に向き合っているし、そこは認めないわけではありませんが、ですが言い方ってものがあります、……くっく、いずれ入れ替え試験があるでしょうから、そこで上回って、『あれ? 手を抜いたのに私のほうが良い点数だったのかな』と言ってやって、悔しがらせてやるのが今のところの目標です!!」
発作のように、溜め込んでいたものを吐きだすリフ。
荒い息をつくリフに、アリスは人生を楽しく生きるコツを教えます。
「色々あるみたいだけれど。この面々とは長くつき合うことになるのだから、もう少し肩の力を抜いたほうが良いわよ」
「そう、ですね。ーー私の未来は、途中まで決まっています。マホマール家の補佐。ですが、私には遣りたいことがあります。現マホマール家の当主、マホマール様に認められ、自らの一家を持つこと。『八創家』に並びたいーーそんな野望などは抱いていませんが。ーー何かを成し遂げる。漠然としていますが、そんな夢を……持っています」
競う相手。
認められたい願望。
それらが何に起因するものなのか、皆はわかっていましたが、リフの言葉を静かに聞きました。
この場に、夢を語った彼を、嗤う者などいません。
アリスが次に移ろうとしたところで。
こんっこんっ、とノックの音。
アリスが「聖語」を刻み、扉を開けると、マルが入ってきます。
アリスが抱え上げようとすると、マルはするり。
「復讐」は続行中のようです。
ティノはソニアにくっつかれていたので、マルはメイリーンの胸に飛び込みました。
動物に好かれにくいメイリーンは、大喜びでマルを迎え入れます。
「ワンっ!」
「ふひっ、あたしを選ぶなんて愛いヤツめ~、愛い愛い愛い愛い愛い~」
「……マルのほうは、教室以外だと、だいたいティノと一緒にいることが多いから、そのつもりでお願いね」
「復讐」は効果覿面のようです。
精彩に欠ける声で説明したアリスは、次の「聖板」を見せました。
「ナイン・ラズウェル。28点で、下から五番目ね。さて、点数があまり振るわなかった理由から、説明でもしてもらいましょうか」
「あの、学園長は、もしかして知っていますか?」
「ふふ、私の調査力を嘗めないでちょうだい。あの『事件』のことなら知っているわよ」
「はい。わかりました。じゃあ、そっちから話していったほうが早そうです」
ナインは、アリスに笑顔を向けられ、ゆっくりと顔を逸らしました。
穏やかで、内向的。
これまで発言しなかったことからしても、見た目通りに、積極的な性格ではないようです。
「『セレステナ聖地』の山の向こう。あの空の先には何があるのか。それが知りたくて、『巡士』である父の馬車に潜り込みました」
「なっ!? そ、それは重罪では……?」
いきなりの罪の告白に、リフは目をぱちくりさせます。
照れ臭そうに頭を掻くと、ナインは続きを話しました。
「はい。その通りです。『巡士』は、その仕事柄、穏やかな人が多く、父も笑みを絶やさない人でした。ーー今でも忘れられません。あのとき父は、悪竜のような顔で叱りつけてきました。仕事を失うだけでなく、下手をすれば一家は『聖域』から追放されてしまうかもしれないのだから、当然です」
「そこで『八創家』の、ヴァン家の登場ってわけね」
アリスが断定すると、ナインは口をあんぐりと開けてしまいます。
ナインは、目を合わせてしまったアリスから再び顔を逸らし、一瞬で会話の流れを組み立てました。
心がざわついていても頭を冷静に働かせることができるーーそんなタイプの少年のようです。
「『下界』は、思っていたような場所ではありませんでした。同時に、思っていなかったものがある場所でした。ーー父を歓迎する宴で、見てしまいました。彼らの言葉はわからないのに、彼らが何をしていたのかわかってしまいました。劇、或いは演劇。父があとで教えてくれました」
「『ゲキ』? 何それ?」
メイリーンの言葉にティノとアリス、それとマル以外の皆が首を傾げます。
ティノに任せると迂闊なことを言いかねない。
そう考え、アリスは自分で説明することにしました。
「まぁ、娯楽、或いは芸術の一種ね。話や物語、それを人が演じるのよ。ーーティノ。学園の『書庫』に入れる予定の本に、物語はいくつあったかしら?」
「えっと、『書庫』には十冊くらいあったと思います」
「十冊も!?」
仰天したナインは、椅子を弾き飛ばし立ち上がりました。
直後に、椅子を倒してしまったことに気づき、慌てて元通りにします。
「あぅ、すみません、お騒がせしました。あ、あのっ、その十冊、読むことができるんですか!」
羞恥心よりも好奇心のほうが勝ったようです。
興奮したナインは、アリスを正面から一生懸命に見つめました。
この時代、本は貴重です。
そういうわけで、物語を本にすることは稀。
大抵は口伝か、吟遊詩人が伝えています。
ナインにとっては、まさにお宝。
夢に一歩どころか、何十歩も近づくのです。
「大丈夫、見せてあげるわよ。でも、ナインがそれを見るのは、早くても一周期後よ」
「え? その、それはどうしてですか?」
「今はわからなくて当然。でも、一周期、学園で学べば、私の言っていることがわかるようになる。ーーナイン。そのときあなたは、中途半端ではない、本当の物語に触れることになるのよ」
「……わかりました。学園長を信じます」
秘めた熱量。
アリスはそれを感じ取ります。
「原聖語」を用いている「聖域」では娯楽は少なく、「下界」にあるような劇団など一つもありません。
これまでに「聖域」になかったもの。
アリスが学園を創ったように、ナインは劇団を創ろうとしているのです。
「ヴァン家の現当主、ヴァン様がまだ『後継者』だった頃、『子供の悪戯』ということで見逃してくれました。いつか、ヴァン様にお礼が言えたらーーと思っています」
「う~ん、ヴァン家の当主か。それはどうだろう?」
ナインの話を聞き、渋い表情になるリフ。
皆の視線が集まったことを知って、リフは情報を提供することにしました。
「ヴァン様が『後継者』だった頃、彼は人格者として是認され、嘱望されていました。ただ、今の『八創家』ーー『議会』は、政治的な駆け引きが当たり前の、底なし沼のような場所なのです。善良だったヴァン様は、苦労なされ、以前とは性格が変わられてしまいました」
「ーーそうですか。今、もう一つ、夢ができました。いつか、ヴァン様の前で上演して、そのあと、子供の頃に助けてもらったことのお礼を言います」
気弱そうな少年。
それを裏切る強い眼差しがーー一瞬で元の穏やかなものに戻ってしまいました。
どうやら、アリスの言葉を思いだしたようです。
「そうだった。点数が悪かった理由を言うんでした。父は『巡士』で『聖域』に居ることが少なかったので、『聖語』があんまり得意でない母から教わりました。『巡士』はその役割に比して報酬は少ないようで、教師を雇う余裕がありませんでした」
自己紹介を無難に終えることができて、ナインをほっと息を吐きました。
ここは弄ることはせず、アリスは次に移ります。
30点。
「聖板」を見せ、「邪聖班」で最も成績が良かった生徒を、アリスは促します。
「次は、イゴ・ナウナね。自己紹介は、簡単でも良いわよ?」
「まぁ、そりゃ助かる。あ、ちが、助かります。俺は、皆みてぇに何かがあってここに来たってわけじゃねぇから、簡単にすませるな」
活発そうな少年という印象を裏切らない、乱れた「聖語」でした。
アリスに家庭の事情を調査されていることなど歯牙にもかけず、話を続けます。
「『3』からわかっ通り、五人兄弟の三番目だなぁ。家は『南』で、兄弟じゃあ、一番『聖語』が上手かったからよ、学園ぁ金がかからねぇっていうし、そんで親父に抛り込まれたってわけだ。ってわけで、今んとこの目標は、無事に学園を卒園するこったな」
憎めない笑顔。
小憎たらしくも見えますが、裏表のない性格がそれらの欠点を打ち消しています。
イゴは頭の後ろで手を組み、自己紹介を終えたジェスチャー。
アリスは、次に「面白い」のが控えているので、イゴの要求に応えてソニアの「聖板」を見せました。
25点。
「お? おぉ?」
ソニアの回答を見たメイリーンは、「聖板」を凝視しました。
メイリーンだけでなく、皆も釘づけになります。
○がーー正解が多すぎるのです。
そう、点数は25点なのに、✕は一つだけ。
97点。
一位であるクロウと同じ点数。
答案の「おかしさ」に最初に気づいたのは、リフでした。
「いや、ちょっと待ってくれ。選択問題の上に刻まれた『聖語』と、記入式の回答の『聖語』が滅茶苦茶なのだが」
「ん。学園長、説明を求める」
説明をするべきはソニアであるはずなのに、当のソニアはアリスにぼんやりとした眼差しを向けました。
「玩具候補」がまた一人増えたので、上機嫌でアリスはソニアの求めに応じます。
「これはね、暗号で刻んであるのよ。試験は公平にやらないといけないから、その場で解けたものだけ正解にしておいたわ」
「む。一番簡単なものでも、解くのに一巡りはかかるはず」
「ええ、楽しませてもらったわ。すべて解くのに、四半時もかかってしまったもの」
「むぅ、むぅ、むぅ」
アリスの極上の笑顔を見て、ソニアは膨れっ面になりました。
半周期かけて作った暗号が、片手間のように解かれてしまったのです。
感情が爆発してしまっても仕方がありません。
子供のようにソニアが癇癪を起こしたので、仕方がなくティノは彼女の頭を撫でてあげました。
ティノの腕にくっついたままのソニア。
好い加減、離れて欲しいのですが、経験不足のティノにはどうしたら良いかわかりません。
ただ、仮にティノが機転が利く少年だったとしても、ソニア相手では厳しかったでしょう。
「シーソニア、か」
「あら、リフ。知っているの?」
心得顔のリフを見て、アリスは促しました。
これまでの流れから、隠し事をする必要はないと判断したリフは、二家について語ることにしました。
「学園に来る前に、マホマール様から資料を渡されました。先ず、『要注意』の欄に、メイリーン・ストーフグレフ」
「お? 嬉しいわね。世間と違って、『聖拳』を評価してくれてるの?」
「こと戦闘に関しては侮れない。ただ、基本的には馬鹿だから、操るのは容易」
「ぅお?」
「はは、マホマール様がここまで仰るのだから、過去に、メイリーンさんの御父上と何かがあったのかもしれない」
「ん。的確な分析」
茶々を入れたソニアですが、リフの視線はしっかりと彼女を捉えていました。
ーー警戒。
リフ個人からしても、これほど腹の底が見えない相手は初めてだったので、慎重に言葉にしてゆきました。
「シーソニアは、何をするかわからない。定期的に、何をしているか、調べる必要がある。ーーそれが、マホマール様の御言葉です」
「ん。家族は何をするかわからないから、同意」
ソニアに同意されてしまい、逆に肩透かしを食ってしまうリフ。
追及の手が緩んでしまいます。
そろそろ頃合いでしょうか。
アリスはにんまりと笑みを浮かべました。
真打ち登場。
計画を一歩、進めるときがきました。
不正が嫌いなアリスが、あえて行った偽装。
到頭、遣って来てしまいました。
ティノはアリスの笑顔を見て、もはや逃げ場はないと、諦めることにしました。
「はい。これがティノの『聖板』ね」
「何だ? 採点がされてねぇじゃねぇか」
「いや、待ってくれ。これも、……暗号なのか」
イゴとリフが採点されていない、おかしな「聖語」の回答を見て、疑問の声を上げます。
メイリーンとナインが首を傾げ、ソニアだけが「聖板」に刻まれた「聖語」の可能性に気づきました。
「旦那様」
「……『旦那様』はやめて。せめて名前で呼んで」
「子供は四人。三人でも五人でも駄目。四人で確定」
「……お願い。人の話を聞いて」
竜の耳にお祈り、でしょうか。
ソニアの耳には、ティノのお願いは届いていないようです。
イオリと同じように顔を擦りつけてくるので、邪険にすることができません。
「回答が一つずつズレているから、3点ーーということにしてあるわ。実際には、100点ね。ーーそうね、『大治癒』と『複刻』はやりすぎでしょうから。ティノ、『風刺』と『刻印』にしておきなさい」
アリスはティノの「聖板」について説明しないまま、皆を更なる混乱の渦に巻き込みます。
ティノはソニアを巻き込まないように、立ち上がりました。
左手で彼女の手をつかみ、固定してから自分の右腕を動かします。
風が吹いたかのように、するりとティノが束縛から解放されたので、ソニアが見上げるとーー。
アリスが、木片を放り投げていました。
放物線を描いたそれは、ティノの背後に。
漠然と描いていた、「聖語」。
届きそうで届かなかった、おとぎ話。
誰もが過去の人物だと言った、ファルワール・ランティノールのーー。
もう、ソニアはティノしか見ていませんでした。
捲った袖。
腕に刻まれた「聖語」。
「刻印」に触れるティノ。
「風刺」という彼の、「原聖語」ではない、未来を予感させる「聖語」。
口笛を失敗したような音。
ティノの背後で、穿たれる木片。
冗談みたいな「聖語」の行使に、皆があっけに取られています。
そんな中。
ソニアだけはしっかりと、語られるアリスの言葉の真意を探っていました。
「『聖活動』の、『イオリとマルを愛でる会』の主目的は、コレよ。あなたたちには、学園の授業と併行してティノから『聖語』を学んでもらう。半周期後に、『原聖語』だけで炎竜組のトップの班に。来周期の入園試験の前に行われる、炎竜組と地竜組の代表戦で『聖語』を披露して、観客たちの度肝を抜いてもらうことになるわ」
置いてゆかれる。
ソニアは生まれて初めて、焦燥感を抱きました。
そんなわけで、即実行。
「はぁ、それはさすがに駄目だって」
「ちゅ~、ちゅ~っ!」
既成事実を作ろうとしましたが、ティノに直前でとめられ、あえなく失敗。
ただ、ソニアは、あることには成功してしまいました。
練っておいた演出の邪魔をされ、どっちらけの空気にされてしまったアリス。
炎竜の楽しみを奪ってしまったソニアは。
爾後ティノとの恋を、アリスから応援されてしまうことになるのでした。




