2.委員会と委員長
入学式が終わった。そして今からHRが行われるらしい。
僕はというと、先程の失敗による精神的なダメージが大きすぎて、今は何もやる気が起きない。何をやっても失敗する気しかしない。
いや、ダメだダメだ。
パンッッ!
もう一度。
パンッッ と
僕は自分の頬を叩き、自分に喝を入れる。周囲には聞こえない程度にではあるが。
失敗したからなんだ。まだ彼女とお近づきになる可能性はある⋯⋯はずだ。
そうだ! 明日も同じくらいの時間に来たら、またぬいぐるみ少女と会えるのでは無いだろうか。
僕は今日始業よりもだいぶ前の時間にこの学校に来た。
つまり、ぬいぐるみ少女の取り巻き達が来る前に僕が先に話をつければ良いのだ。
完璧な作戦である。明日が楽しみだ。
というか、そもそも取り巻きなんていないかもしれないしな。
あんなぬいぐるみを持った高校生、傍から見ればただ不気味なだけだろう。
だから、友達なんて一人も出来ない可能性も⋯⋯
そう思った最中、
「君、どこ中?」「スタイルよすぎ~」「それ何?」
教室の後ろの方が何やら騒がしい。
HR中のはずじゃ⋯⋯
思い、前を見るととっくに先生はおらず、解散の時間となっていた。
振り返り、騒ぎとなっている方を見ると、その中心には、ぬいぐるみ少女がいた。
まあ、あんな美少女が友達出来ないなんてありえないよね。知ってた。
「うん、えと、あ」
そして、少し困っているようだった。
「桃瀬さんスタイルいいね~、モデルとかやってんの?」
「あ、んと、や・・・てない」
「桃瀬さん 下の名前は何て言うの?」
「ん、え、ま、まり・・・」
訂正しよう。すごく、めっっちゃ困っていた。さらに付け加えるとめっちゃ口下手だった。
さすがにギャップが凄すぎないか?
あんなスタイル抜群の美少女が、超、超、口下手なんて誰が想像できるのだろう。
見る奴が見ればギャップ萌えとかするのだろうか。
「みんな!! いる!?」
そう言ってドタドタと慌てた様子で入ってきた女性。誰だろうか。
「先生どうしたんでしょうか?」
一人の女子生徒が心配そうに言った。
「えーと 出席確認、忘れてた・・・ごめん!」
「「えーー」」
「皆、席について~」
生徒からはブーイングの嵐だ。
どうやら、この人が僕達の担任の先生らしい。
入学式もHRもずっとぼーっとしていたので担任の顔など視界にすら入っていなかった。
少しドジっぽいが、年齢は若く綺麗な先生だ。
おそらく生徒からの人気も出ることだろう。
今のブーイングも生徒達は本気で言ってるという訳では無いだろう。一種のノリだ。
そして、その後出席確認をして早々に教室を後にした。帰る時も慌てている様子だった。
ちなみにこの出席確認の時もぬいぐるみ少女、いや、確か⋯⋯桃瀬はとても困っていた。
名前を呼ばれて返事をする事に随分と長い時間をかけ、結局返事はせず、最終的には先生の方が折れていた。
出席確認でクラスメイトの名前もふんわりとだが把握し、僕が帰ろうとしていた時、一人の少女と目が合う。
見覚えがある生徒だった。
そうだ。朝、桃瀬のことを追いかけて逃げられていた茶髪女である。
思えば、この少女が原因で⋯⋯僕は。
いや、よそう。僕が悪いのだ。全ては僕の責任だ。
名前は確か⋯⋯そう
「つきみさ──」
「月見里《やまなし》って読むんだよ」
「ああ、ごめん」
さっきの出席確認の時間に先生にそう呼ばれていたので、勘違いしていた。
だが、それをその場で彼女は訂正しなかったのだ。僕に非は無いだろう。
「大丈夫だよ。よく間違えられるから」
「そういえばさっき先生も同じ間違いしてたけど、指摘はしなくて良かったのか?」
「ああ、うん。後でしなくちゃね。でも、先生何か急いでいたように見えたから」
聞きやすい、澄んだ声である。
名前を訂正しなかったのも先生のためだと。とてもよく出来た生徒、そんな印象を受ける。
僕にはとても出来そうにない、彼女、委員長とか向いてるんじゃないだろうか。
「それで秋月くんは私に何か用事?」
そして、当たり前のように僕の名前を知っている。さすが委員長候補。
一応、用というか、疑問というか月見里に聞きたいことはあったのだ。
しかしストレートに聞いていいものなのだろうか。
「なんで桃瀬のこと助けてあげないんだ?」
なんて、デリカシーの欠けらも無い疑問を。いや、今はやめておこう。
彼女は僕が朝、あの場にいた事すら気づいていないのだ。
そんな僕が桃瀬と月見里の関係を知っているのは不審がられるだけだ。
言うとしてももう少し時間が経ってからだ。
「なんでもない・・・」
「そう? じゃあ、またね」
言うと、彼女はすでに出来た友達何人かと教室を出た。その中にぬいぐるみ少女、桃瀬まりのはいなかった。
僕もその後すぐに帰路に着いた。
◆
高校生活2日目。昨日と同じ時間に家に出た。
しかし、昨日のベンチに桃瀬まりのはいなかった。
粘りに粘ったが、彼女が来たのは始業開始2分前というギリギリの時間帯だった。
彼女は大切そうにあのぬいぐるみを抱え、席に着く。
しかしあのぬいぐるみ、いつ見てもグロいな。
ちなみに月見里は僕が教室に来るよりも先に来ていた。
そして、月見里はもうすでにクラスの大半と仲良くなっている。これが真の陽キャというやつか。
そういえば、一応、僕にも友達が出来た。
僕が昨日帰路に着いている時、同じ方角だったので一緒に帰り、友達になった坊主の佐々木。
今日の朝、桃瀬が来るのを例のベンチで待っていると、いきなり僕の隣に座り、
「やっぱりこの学校の制服は可愛いな、な? お前もそう思うだろ? 兄弟」
なんて、興奮しながら語ってきた変態のおそらく制服マニアの真嶋。
といった、僕にお似合いのいかにも「普通」のメンツである。
昼休みになり、僕は真嶋と佐々木と昼食を食べていた。
会話の中心は常に真嶋だった。佐々木と僕が話題を提供し、真嶋がその話題を広げていく、そんなループである。
真嶋はわりと顔立ちも良いし、ちゃんとしてたら意外とモテるのかもしれない。いや、制服マニアという点に目を瞑ればだが。
ふと、教室を見渡した。
まだクラスに馴染めておらず一人でいる者、中学が同じで同じ中学同士で集まっている者、既に友達が出来て安心している者、などそれは様々だった。
そんな中、異彩を放っているグループが二つあった。
一つは月見里だ。
月見里は女子のグループで固まっており、そして中心だった。
話は途切れず、笑顔も絶えず、とても雰囲気の良いグループである。
もう一つは桃瀬まりののグループだ。
十人前後くらいの男女が桃瀬を囲み、桃瀬を質問責めにしている。その度に桃瀬は「えぇと」「うぅん」などしどろもどろになりながらも、何とか頑張っている。
いや、桃瀬まりののグループというか、あれは桃瀬まりのに群がっているだけの集団、つまりは桃瀬まりのの追っかけのようなものだろう。
案の上、桃瀬は人気者になってしまったらしい。これでは桃瀬とお近づきになる事など、もう到底出来そうもない。
まあ、大切そうにぬいぐるみを持っている女子高生、それもとんでもない美少女などがいたら追いかけたくなる理由も分かるが⋯⋯
だが彼女にとっては迷惑なんじゃないだろうか。
まあ、知らんけど。
__
ロングホームルーム。略してLHRの時間である。
何をするのだろうか。自己紹介とかか?
そう思っていた矢先、扉が開かれ担任が現れた。
そして勢いよく言う。
「今日は委員会を決めます!」
ああ⋯⋯委員会。
「みんな、不安に思うでしょうが大丈夫です! 先生がついてます! 分からないことがあったら先生に何でも聞いていいからね!」
勢いが凄い。あと高校生に対して少し大袈裟すぎる、過保護すぎないか?
「じゃあ、説明していくよ! まず委員ですが──」
その後、先生はそれぞれの委員会の事を説明していった。
放送委員、環境委員、図書委員など、まあほとんどは中学の時と変わらなかったので、先生には悪いが話半分で聞く事にした。
ちなみに決め方は完全希望制だ。紙に自分がなりたい委員会を第三希望まで記述。その後、第三希望の内の中のどれかから選出してくれるらしい。
嫌な委員会にならなくて済むというのはとても良い。人前に出なければならない体育委員や、人前で声を発さなければいけない放送委員には絶対になりたくないからだ。
なので僕は図書委員、環境委員、保健委員、キミたちに決めた!
先生から配られた紙にその三つを書く。
いや、いいのか? それで?
それじゃ今までと変わらないんじゃないか?
今は体育委員や放送委員になって自分を変えるチャンスだろ?
心の奥底からそんな声が聞こえた気がした。
しかし、僕の心は揺らがない。
自分を変えるチャンス? 放送委員や体育委員が?
そんなことは無いはずだ。そう確信できるほどの出来事が僕にはあった。いや、あれはトラウマといっても差し支えの無い出来事である。
あれは中学二年の時。
そこそこ仲の良いクラスメイトAが学校を休んだ日のことだった。
一時間目から四時間目までは平穏そのものだった。
少し静かだなあと思ったくらいである。
しかし、昼食の時間異変が起こる。
白飯を頬張る音、スープを啜る音、牛乳を吸う音。そんな音ばかりに教室は支配されていた。
それこそが異変だった。
「あれ放送は?」
誰かが言った。
その言葉を皮切りに閑散としていた教室は、ザワザワと騒ぎ出した。
そう、いつまで経っても放送が流れないのだ。
そんな中、僕は思い出していた。その日休んでいたソイツAは放送委員だったのだと。
なんで? だとか、誰だっけ? だとかそんな言葉ばかりが飛び交う。
しかし、クラスメイト達は本気で心配しているという訳では無く、むしろ楽しんでいる節があった。
やがて、Aが放送委員だということにクラスメイトは行き着いた。
「秋月が行けばいいじゃん。仲良いんだし」
それを言ったのは誰だったろう。たぶん、上位カーストの男子だった気がする。
僕は目の前が真っ暗になった。
正直意味が分からない。
仲が良いから、そんな理由で何の関係も無い委員の仕事を僕がやってやる義理は無い。
そう反論⋯⋯したかった。だが、普通の僕が反論することなんて許されない。
反論したとして、次の日から僕が「普通」から「普通以下」の存在になるだけである。
だから、僕はAの机から放送原稿を取ると、逃げるように放送室へと行った。
幸い放送室には誰もいなかった。
それからの事は思い出したくも無い。
今にも泣き出しそうな震える声、原稿も詰まりに詰まり、耐えられなくなったところで僕は強引に放送を切った。
その後、「何故勝手に放送を行った?」 と放送委員長や先生に叱られ、怒鳴られたところで僕はついに泣いてしまった。
死にたくなるくらい恥ずかしかった⋯⋯ちなみに今でもAの事は許していない。
とまあ、そんな感じの"自分を変えるチャンス"とやらを乗り越えたはずの僕は変わったという実感が未だに無い。
つまり、それはチャンスでも何でも無かったのだ。
ピンチである。ピンチ以外の何者でも無かった。
だから、放送委員にも体育委員にもならない。なったところで意味は無い。
僕はそう結論付けた。
「委員会第三希望まで書けた人は前に持ってきてねー」
先生のその言葉で僕は黒歴史の世界から抜け出した。
あ、危なかった。あと少しで恥ずか死ぬところだった。
「まりのちゃん、何委員に──」
一人の男子生徒が桃瀬に話しかける。
しかし、返答は無い。
「ちょっ、まりのちゃ──」
さらに無視。そして、先生の元へおそらく第三希望まで書いたであろう紙を提出しにいく。もちろんぬいぐるみを抱えて。
いつもならば、「うぅん」なんて唸りながら、答えるはずの桃瀬が。
意外だ。あんな強気な行動に出るなんて。もしかしたら、聞こえて無かっただけかもしれないが。
と、そう思ったのは僕だけでは無かったようで、教室はヒソヒソと段々と騒然とし始めた。
しかし、僕はさっきの桃瀬は外見と中身が一致しているようで意外としっくりきた。
と、そんな空気に乗じてか佐々木と真嶋が僕の席に集まってきた。
「いや~、桃瀬さん、怖いね」
佐々木が言う。
「そうか? ただ聞こえて無かっただけじゃないのか?」
「いや、それは無いね。だって彼女、溝口くんの方を見てから席を立ったんだよ? それに溝口くんは二回話しかけてたよね? 聞こえて無かったってのは通用しないよ」
待ってましたと言った感じで、間髪入れず佐々木は答える。
「そ、そうか」
よく見てるな佐々木。まあ、佐々木は一番後ろの席だ。自然と見えてしまったのだろう。さっきの溝口って名前だったのか。僕にとってはそっちの方が驚きである。
「真嶋はどう思う?」
「いやー、やっぱさ何度見ても眼福だよなあ」
「え、何が?」
「この学校の制服」
クタバレ制服マニア。
「はーい! みんな静かに! 授業中ですよ!」
先生が言う。
しかし、生徒達の喋り声は止まる気配が無い。まあ、若い先生は舐められるっていうのもよくある事だ。仕方ない。
「で、秋月君は委員何にしたの?」
この真面目そうな坊主の佐々木ですら先生の言を無視し、新たな話題に花を咲かせている。
皆も話してるから自分もいいだろう。佐々木もそんな集団心理に唆された一人なのだ。
佐々木は自分の紙を僕の机に置き、僕の紙をのぞき込む。
「図書委員、環境委員、保健委員か。うーん、何というか、普通を脱却したいって言ってる割には普通なんだね」
今、ことばのナイフによって心臓を刺された。致命傷である。僕はもう助からない。
だから、せめて佐々木に一矢報いようと試みる。
「そ、そうか? そういう佐々木はどうなんだ?」
ボロくそに言ってやる! そう意気込む。
僕は佐々木の紙を手繰り寄せ、見る。
えーなになに。「交通委員、放送委員、環境委員」
えーと⋯⋯えーと⋯⋯うん、ノーコメントで。
「静かに! 静かに! 静か──」
「みんな!先生困ってるよ! 少し静かにしよう?」
刹那。全員の視線が一瞬、重なった。
先生の言葉を遮る程によく通るしっかりとした声。その声を聞いたクラスは完全にでは無いが、黙り始めた。
その声の主が月見里であることは、透き通る澄んだ声から明らかだった。
段々と、段々と、空気を察するように、静寂へと近づいていく。これも集団心理の為せる技である。
数十秒か、あるいは数分か、その頃には教室は沈黙に包まれていた。
「ねえ、月見里さん?」
ぽつりと先生が口を開く。
「はい? 何でしょうか 先生」
月見里はいつもと変わらない様子で答える。
「学級委員長をやってみる気は無い?」
「え、でも、さっき先生は投票で決めるって」
「じゃあ投票しようか」
先生は朗らかに笑いながら、そんなことを言った。
「月見里さんが委員長に相応しいと思う人~?」
パラパラと手が挙がる。
その手は時が経つにつれて増えていき、やがてクラスのほぼ全てが手を挙げることとなった。僕も頃合を見て手を挙げる。
「え、ちょっ。みんな!? せ、先生、私には力不足だと思います!」
焦ったように月見里は言う。
「違うよ」
「え?」
「それは月見里さんが決めることじゃない。せっかく皆が相応しいって言ってくれてるんだから、それを否定してしまうのは皆に対しても失礼だと思うよ」
諭すように先生は答えた。
「それはそうかもですけど」
「なんなら、月見里さんに担任もやって貰いたいくらいだよ! 私よりよっぽど上手くやりそうだからね」
「そんなことはないです! 確かに先生は少しマイペースで慌てんぼうなところはありますけど、でも、そこが先生の良いところというか、カリスマ性というか・・・」
「ふふ、月見里さんありがとう!」
クラスは歓声に包まれた。
今度は限度を弁えた喧騒であった。
そして、やはり月見里は僕の見立てた通り、委員長になったのだった。
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