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プロローグ

 視界を遮る桜の花が舞う。

 桜といえば春。春といえば出会い。

 そんな季節に、僕は出会ってしまった。

 花吹雪の下、ベンチに佇む不思議な美少女と。


 ◆


 彼女を見た人間は誰だって目を疑う。思わず二度見してしまう。度肝を抜かれる。

 思考の全てを奪われて、彼女しか目に入らなくなる。

 少なくとも僕はそうだった。

 いや、もしかしたら、それは僕だからこそ、だったのかもしれない。

 ありきたりな日常。いつも通りの、他愛もない薄っぺらい学校生活。

 それを面白くないと常日頃から何度だって思っていた。嘆いていた。

 生まれてから十数年。幼稚園、小学校、中学校、と普通から逸脱する経験、出来事なんてひとつも無く、ただありきたりな日常を当たり前に過ごしてきた。

 それが僕、秋月新太(あきづきあらた)のこれまでの人生の全てだ。


 一方、目の前の彼女は、見た瞬間に僕とは別世界の人間だと理解した。

 彼女は"普通じゃない" のだと。

 モデルのようにすらっとした長い手足、艶の良い漆黒の黒髪。宝石のような瞳は綺麗でとても繊細で、彼女は美少女、いや、そんな言葉で形容できないくらいには清廉で、まるで女神様のようだとさえ思った。


 だけど⋯⋯違う。

 僕が驚いたのは、彼女の美しさなどでは決してない。

 驚かなかった、と言えば嘘になるが⋯⋯いや、むしろ彼女がとんでもなく美しかったからこそ「ソレ」が際立ち、僕は驚いたのだろう。


「ねえ、ふぅちゃん私たちずっと一緒だよ?」


 囁くような甘い声。彼女が発した言葉だとすぐに分かった。

 

「⋯⋯⋯⋯」


「ふふっ、ありがと。ふぅちゃん」


 彼女はベンチの上、無防備に体を崩した態勢。油断しきった表情で誰かに話しかける。


 彼女はありえないくらいに美人なのだ。

 彼女に「そういう人」がいたとしても不自然ではない。いやむしろ、いないという方が不自然と言えるだろう。


「うん、そうだね!」


「⋯⋯⋯⋯」


 そこでようやく違和感に気づく。

 さっきから彼女は、とても楽しそうに言葉を弾ませているが、その相手は今のところ何の言葉も発していない。


 なぜ?

 喧嘩中か、それとも食事中? あるいは寝ているのだろうか?


 その答えを確かめるべく、僕は彼女の瞳の先に視線を向けた。


 そこにいたのは彼氏⋯⋯などでは無く、というか、人間ですら無かった。

 通りで、彼女が何を話しかけても何の返答も無いわけだ。並の男なら、ニヤついた顔で、気持ち悪いくらいに彼女に構ってしまうはずだ。


 彼女はまたもや「ソレ」に話しかける。


「ふーちゃんだーいすき!」


 言いながら彼女は抱きついた。


「ソレ」は驚く程に彼女に不似合いで不相応だった。

 体の至るところからはみ出た綿、薄汚れたボディに、はとても趣がある⋯⋯、いや、違う。趣とかそんなんじゃなく、端的に言って⋯⋯汚らわしかった。


 汚い、とても汚いそれは⋯⋯ぬいぐるみだった。

 何の動物かも判別できないくらいに薄汚れており、それが長年使い込まれたものだとひと目で分かる。

 汚い、キモイ、そして、おそらく臭い。それは三拍子揃った3Kである可能性が非常に高い。


 しかし、そんなモノを煌びやかな目の前の彼女は心底大切そうに抱きしめている。

 これは夢だろうか⋯⋯そう思ってしまう程に現実味を帯びていない、目を疑う光景だった。


 それを見て僕は⋯⋯高揚した。そして期待した。

 僕のこれからの高校生活の希望の光だと、そう確信した。


 ぐちゃぐちゃのぬいぐるみを持った、とてつもない美少女を見て気分が上がる、そんな人間は⋯⋯


 "普通じゃない" だろうか。


 もし、そうなら僕は高校生活の第一歩を踏み出せている、ということになる。


 もし、そうなら⋯⋯とても良いな、と。僕は心の底から、そう思った。


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