もう、逃げられない
「私はシンプルなケーキが好きなんだけど」
メイドがショートケーキを持ってきてくれた。エヴァンがフォークで切り分けアイリスの口元に持ってくる。
「ほら口を開けて」
と言われたので遠慮なくパクリと口に入れた。
「おいしいです……」
ご機嫌な様子でアイリスの口にクリームの付いたイチゴを運ぶエヴァン。アイリスの口元についたクリームを、指で取りペロリと舐めた。
「ちょ、ちょっとそれは恥ずかしいです……」
顔が真っ赤になり声が小さくなる……。
「直接舐めた方が良いのか?」
真顔のエヴァン
「……いえ、忘れてください」
侍従からルメール伯爵夫妻が帰宅するという伝言があった。
「アイリス、帰る? それとも泊まっていく?」
「帰りますっ」
肩を震わせて笑うエヴァン。
「そうか、帰るのか……残念だねぇ。アイリスの部屋を準備しておかなきゃ」
「……それは何のためにですか?」
「これから王宮に来ることが増えるからだよ。さぁて送って行こうか」
どっと疲れたアイリスはエヴァンに両親の待つ部屋へと送られた。
「王子殿下自ら送ってくださるなんて、本当に仲が良い事……」
母に言われる。
「娘の事をよろしくお願いします」
父がエヴァンに頭を下げる
「はい、お任せください」
にこりと笑うエヴァン。ご機嫌な様子が目に見えて分かる。よろしくとはどういう意味なのか……思考能力が低下してしている。
「殿下送ってくださりありがとうございました」
ジロリと睨まれる。
「な、なんですかっ!」
「婚約者に殿下などと呼ばれたくない」
「めんどうくさいよぉ……」
思わず本音が漏れて、口を押さえる。
「一生償うんだろ?」
両親に聞こえないよう耳元で言われた。
「エヴァン様、それでは失礼致します」
「あぁ、ではまた明日」
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次の日学園に行くと正式な婚約発表はまだだが、アイリスが婚約者となった事が知れ渡っていた。
「お兄様! なぜ?こんなに早く……」
「仕事が早いね……おまえもう逃げられない」
「逃げても……。無駄なんですよぉ……」
「やっと気づいたんだね! 賢いね、さすがアイリス!」
「おうじ」
じろっと睨まれる。
「エヴァン様、おはようございます」
「おはよう、ジュード殿もおはよう」
「おはようございます」
「婚約式は来月だからね、逃げるなよ」
「……来月……来年じゃなくて?」
「私が早く婚約者を決めると、喜ぶ者が多いらしいからね、みんなの為だよ」
微笑みながら答えるエヴァン。
「それは、あの、なぜ……?」
「将来の相手を決められるから」
手を取られ校舎へと向かうとみんなが好奇心旺盛な目つきで見てくる。中には嫉妬の目もあった……
「アイリスに護衛を付けたから、花瓶の水が掛けられる事もないし、教科書も盗まれないし、ノートも破かれないし、私物が盗まれる事もないから安心して」
「…知っていたんですか?」
「レイが調べてくれたんだけど、犯人達に注意してあるから。なんでこんなバカな事をするんだろうね」
「えっ!」
「アイリスの留学手続きが出されようとした時に、レイが学園で犯人の決定的な証拠を掴んでいたんだよ。ちょうどレイが居てくれて良かったよ。良い仕事をするね」
「……ソウデスネ」
だから発覚したのか……惜しかったもう少しで、留学が出来たのに……。
「なにか不満でもあるの?」
如何わしい顔で見てくる。顔に出てしまったのだろうか。
「わたくし如きに護衛なんて必要でしょうか……?」
ずっと見られていると言う事になる。自由な時間もなければ、逃げることも出来ない……。
「物に傷付けられるだけじゃなくて、階段から落とされたりしたらどうする?怪我だけじゃすまないかもしれない、命の危機だし、アイリスにそんな事したら、相手の家、潰さなきゃいけない…そんな事したい?」
「イイエ、護衛の方によろしくお伝えください」
「分かればよろしい」
うんうんと頷くエヴァン。
「もしかして……エヴァン様の婚約者って、とても危険なのではないですか? わたくし辞退、」
「させません! 大丈夫だよ優秀な護衛を付けておいたからね、危険物(人物)は事前に排除するよ」
ふふっと笑うその笑顔が怖い……。黒い笑顔というやつかもしれない。怖い。
「おモテになるんですねエヴァン様は」
「みんな王子と言う肩書きに寄ってくるだけだよ。アイリス以外の令嬢の顔がみんな同じに見えて区別が付かないから、モテたとしても興味がない。気になる? 嫉妬してくれるなら嬉しいね」
「はぁ」
「教室に着いた、お昼にまたね」
「……ハイ」
教室に入り席に着くと既にどっと疲れていた。まだ授業も始まっていないのに……
「アイリス! 婚約おめでとう」
ジャスミンが声をかけてきた。
「……どこでそれを?」
「掲示板に書いてあったわよ? 王子の初恋が実ったって」
「……なんという事でしょう」
顔を両手で隠す、耳まで赤くなるアイリス。
「お茶会でも積極的だったものね、殿下」
くすくすと笑うジャスミン
「アイリスが帰ったって聞いた時は、すごく残念そうだったし、いつもアイリスの事気にかけてらっしゃったもの」
「……やめて、もう恥ずかしいです」
「水をかけられた時にご自身の制服を脱いでアイリスに貸した時は、カッコ良かったわよねぇ」
「……まぁ、たしかに?」
「その後犯人、捕まったんでしょ?」
「……らしいですね」
「教科書もノートも、もう被害に遭わないわよっ!」
「それ誰かに言った?」
「プロッティ先輩にお伝えしたわ」
「……だから知っていたのね」
ジャスミンは、悪くない心配しての事だ……でも思う。おしゃべりっ!
「アイリス良かったわね! 本当に殿下のことお好きなのね!」
「えっ?」
「殿下は幼い頃にアイリスに一目惚れをして、スイーツを食べる時の幸せそうな顔、上品な仕草、頑張り屋なところがお好きだと言っておられて、アイリスは殿下と一緒に居たいから、ダンスや外国語を覚えたり、努力をしているんでしょ?」
「なに、それ?」
「相思相愛なんでしょ?髪型も殿下の好みのウェーブヘアーのポニーテールにして、掲示板に書いてあったわよ」
「アイリスの家と王家の蟠りを解決したのも殿下でらっしゃるんでしょ? アイリスの実家にまで挨拶に行ったり、王宮のお庭を二人で仲睦まじく腕を組んで散歩したり……愛よね」
なんだそれは……。
驚きの新事実ばかりではないか……。
休憩中に噂の掲示板を見に行く。
なんだこれは……!
空いた口が塞がらなかった……!!
「アイリス、どうしたの?こんなところで」
エヴァンが近くにきた。
「近寄らないでくださいっ! なんでこんな嘘ばかり……」
エヴァンを睨みつけ涙目で抗議するアイリス。
「嘘つきはアイリスだろ? 嘘をついたのは私もか……それでは私の一生をかけて君に償うよ、だから一生一緒にいようねアイリス」
呆然とするアイリスにチュッとキスをした。
 




