王妃様にお会いしてしまいましたっ
……母上? 母上と言うことは王妃様ではないのか?
エヴァンの腕から手を離し頭を下げるアイリス。
「お嬢さん、頭を上げてちょうだい」
「はい」
「母上、こちらはルメール伯爵の長女でアイリス嬢です」
「まぁ! ルメール伯爵の? 伯爵はお元気? しばらくお会いしていません、夫人もお元気かしら……」
頬に手を当て懐かしそうな顔をする。
「はい、元気にしております、お気遣いいただきありがとうございます」
「そう、それは良かったわ、あなたに会うのも久しぶりね」
「わたくし王妃様にお会いした事が?」
「覚えてないのね? ルメール領の襲撃事件の前に王宮で会ったのよ? あなたは家族で来ていてね、陛下の誕生祭の前でバタバタとしていたのだけれど……」
懐かしそうに話をする王妃
「母上! あの時に子供を連れてきていた人はいないかと聞いた時にルメール伯爵の名前は出ませんでしたよ!」
王妃に詰め寄るように抗議をするエヴァン。
「あら? そうだった?ごめんなさいね」
悪気は一切見られないやりとりである。
「やっぱり、アイリスは王宮に来ていたのか! 本当に覚えてない?」
「……はい」
エヴァン様に会った事は覚えているけれど、王妃様に会った事は覚えてない……あの時は王子殿下だと知らなかった、故に覚えてない! と言う事。
「エヴァンは、ルメール伯爵のご令嬢と仲が良いのね」
「えぇ、とても仲良くさせて貰っていますよ、ねぇアイリス」
アイリスに微笑みかけるエヴァン、有無を言わせない顔に
「は、はい」
と返事をするしかなかった。
「あらぁ!まぁ、そう言うことっ、」
「母上、よろしくお願いしますね」
「それなら、任せなさい」
首を傾げるアイリス、親子でしかわからない会話なんだろうと思い、大人しくしていると。
「アイリスちゃんは甘いものが好き?」
「はい、好きです」
「良かった! 取り寄せたバラのジャムがあるの! 一緒にお茶をしましょう」
「そんな、畏れ多いです」
……無理無理もう帰りたいよぉと心の中で叫ぶ。
「ここは公の場ではないから気にしないで、バラのジャム気にならない?」
エヴァンに言われる。
「……なります」
チラッと王妃様がメイド達に目配りすると、いつの間にかテーブルがセッティングされていた。さすが王宮、一流のメイドは違う。
「このクラッカーにジャムを付けて食べてごらん」
エヴァンに言われた通りにジャムを付け、口にする。
「んんっーっおいしいですっ!」
口の中いっぱいにバラの香りが広がる。
「アイリスちゃんは仕草が美しいのね、良いわね、ふふっ」
「そうでしょう?」
親子二人で相槌を打つ、アイリスは首を傾げる。
「アイリス、本当にこれで最後で良いの?」
「何のことでしょう?」
「もうランチも一緒に取れないんだよね……」
寂しそうな顔をするエヴァン。
「まだ美味しいものがたくさんあるのに、アイリスと一緒に食べたかったよ……今日で最後だった」
はぁっとため息を吐くエヴァン。
「喧嘩したの? アイリスちゃんに意地悪したんでしょ! ダメじゃないのエヴァン!」
口調が強くなる王妃は、親の顔をしている。
「い、いいえ、そんなことは」
アイリスは申し訳なく思い言葉少なめになる。
「エヴァンとランチを一緒に取れないなら、みんなで晩餐でもどう?」
王妃がとんでもないことを言い出した。
「そんなっ、畏れ多い事……無理ですっ」
冷や汗が出てきた。
「そう? じゃぁランチしかないのね……朝食と言うわけにはいかないでしょう?」
チラッとアイリスを見る王妃
「……はい」
と返事をするしかなくなった。
口角を上げるエヴァンと王妃
「アイリスがランチを楽しめるように、工夫を凝らすことにしよう」
「えぇっ……」
「わたくしからも、シェフに伝えておきます、アイリスちゃんは何が好きなのかしら?」
「母上、アイリスはスイーツが好きなんですよ、食後にはフルーツを使った物を頼みますね!」
「あらぁ、今から旬のフルーツが沢山あるものねぇ……梨にブドウにりんご、あら? マロンのクリームを使ったケーキもオススメよ」
「……マロン」
ゴクリと喉が鳴りそうになる。
「あら? 好きなのね? マロン!」
「はい」
「ランチを楽しみにね、わたくしのとっておきを用意させます」
「……はい」
……やられたっ! 王妃様に言われて断れる気がしない。
そしてマロンまで出されてしまった!!
王妃様は上機嫌で戻っていかれた。
翌日のランチタイムには屋上へ逃げようと思っていたら教室の入り口あたりがざわざわとしていた。すっと席を立ち教室から出て行こうと思った所に。
「アイリス」
声を掛けられた。
「で、殿下?」
「迎えにきた、行こうか?」
「その、迎えに来てもらうのは畏れ多いので……」
困り顔のアイリス
「今日はランチの約束をしていなかったから、どうせまたどこかに逃げるつもりだったんだろ?」
ドキッとした……心の中でも読めるのか。
「そ、そんなことはありません」
目が泳いでいるような気がする。
その日からランチタイムに食堂に行かないと捜索され、次の日は教室まで迎えに来られる為、素直に食堂へと直行することにした。
二人がランチを楽しむ姿はもはや恒例となりつつある。
「エヴァン様、わたくし最近食べ過ぎのせいか恥ずかしながら、スカートがきつくなって……残念ですが、」
「そんな事? それでは、今日の帰りは王宮においで、逃げられたら困るから教室まで迎えに」
「待ち合わせで!」
「ふふっ分かった」
肩を震わせるエヴァン。馬車止めで待ち合わせをして、王宮につれていかれた。
「ダンスの練習相手がほしかったんだよ」
ダンスの練習をさせられた。はぁはぁと息が上がり、足がもつれる。
「疲れた……」
「良い運動だろ?」
「……はい」
「あっそうだ! 私はダンスが上手な子はあまり好きになれないかも……」
……ダンスが得意だと嫌われる? よし頑張ろう! と両手を握りしめて気合を入れるアイリスの姿を見て肩を震わすエヴァン。
「……がむしゃらに頑張る姿もちょっと」
手で口を押さえた声が震えている……よっぽど嫌いなんだ!
その後は何曲もエヴァンの練習相手となり、自分で言うのもなんだが、上達したような気がした! ダンスの講師にも褒められた。
その後、邸に帰ると領地にいるはずの両親が揃っていた。
「お父様、お母様!どうされたの?」
「おまえは、あれほど王子殿下に近寄るなと言っていたのに……そんなにあの王子の事が好きなのか!」
 




