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彼女を消させない  作者: 加護景
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 あの日、バス停で逢った彼女は僕の高校の先輩で、高校三年生らしい。特に部活動をしているわけではないが、図書委員に入っているとのことだ。非常に大人しい性格らしく、交友関係もほとんどなく、常に一人で行動しているようだ。


 自分なりに情報を集めた結果、分かったことはこれぐらいだ。


 少し悩んだ後、僕は図書委員に立候補した。同じ活動に参加していれば、また話す機会があるだろうと、そう思ったからだ。少しストーカーみたいだろうか。だけど、自分の気持ちはもう偽ることはできない。


 そして、いよいよ図書委員となって初めて顔合わせをする日になる。僕は連絡を受けていたとおり、図書室に向かう。教室を離れ、屋根付きの渡り廊下を歩くと、図書室のある建物の一角へと辿り着く。さらに奥へと進むとようやく入り口が現れる。学校の中でも随分と僻地にあるようだ。それに、木製の扉はやけに古ぼけていて、あまり整備されていないように思われる。あまり需要がないのだろうか。


 立て付けの悪い扉を開けると、小じんまりとした空間が出迎える。目に入るのは年季の入った机と本で詰まった棚の数々。脇には貸し借りをするためのカウンターがちょこんと置いてある。電気はついているはずなのに、何故か仄暗く感じる部屋だ。でも、そこまで嫌いじゃない。


 部屋の中へ足を進めると、あの、と僕を呼ぶ声がする。不意に声を掛けられて、思わず発生源に目を向けると、そこにはポニーテールをした女子高生が僕を見つめている。彼女のいる場所は入り口からは丁度死角になっていたみたいだ。


「あなたが……新しい人?」


 何故か伏し目がちに話す彼女。ポニーテールも項垂れて、しょんぼりと落ち込んでいるように見える。噂通り、学校では大人しいのだろうか。それとも今日は特別元気がないだけなのか。何れにしても、彼女こそ僕がここに来た目的に他ならない。


「そうですよ、先輩。この前は、話を聞いて頂いてありがとうございます」


 見間違えるはずがない。彼女はあの日、バス停で僕を救ってくれた恩人だ。


 僕がお礼を言うと、先輩は何故か不安げな表情を浮かべる。心配してくれているのだろうか。


「あの時はちょっと取り乱しちゃいましたね。でも、もう大丈夫ですから。安心して下さい」


「えっと、そんなに気にしなくていい……と思うよ」


 歯切れの悪い返事を返す先輩。もしかすると、先輩にとってあまり思い出したくない話題なのかもしれない。今思い返すと少し恥ずかしいような気がしてきた。


「それにしても……」


 僕は話題を変えるため、別の話を切り出す。


「他の人はいないんですか?」


 思ったことを素直に口にすると、先輩は、ビクッ、と体を震わせる。その勢いでポニーテールが大袈裟にゆらゆらと揺れる。


 静まり返る図書室。そこには僕と先輩の二人だけしかいない。


「あっ、あのね」


 先輩が恐る恐るといった様子で答える。


「図書委員は私とあなただけ……なの」


「それってどういうことですか?」


 そんなことあるのだろうか。中学の頃はクラスから強制的に一人、選ばれていたようだったけれど、ここではそうではないのだろうか。確かに、何か委員を決めるというような催しは特になかった。僕が図書委員になれたのも、わざわざ教務室へ行ってなりたいことを口にしたからだ。


「ここの利用者はあんまりいないから。だから、図書委員がそれほど必要ないみたい。それに必要な仕事は司書さんがやってくれるし……半分趣味みたいなものなのかも」


「そうなんですか」


 確かに、ここの図書室は学校の隅に追いやられているし、整備もそれほどされていない。あまり需要がないのも頷ける。


「だから、私以外に図書委員になる人がいるとは思わなくて、その、少し驚いたというか……」


「迷惑、だったでしょうか」


 僕の言葉に、彼女は大袈裟に首を振る。


「違うの。本当に驚いただけだから。気にしないで」


 そう言って先輩は作り笑いを浮かべる。気を使わせてしまっただろうか。そんな自分が嫌になって、つい先輩から目を逸してしまう。


 先輩も話すことに困っているのか、俯きながら手元に置いてあるプリントを意味もなく擦ったり、捲ったりしている。


 このままではいけない。そう思い僕はどうにか話を続けようとする。


「あの、先輩はどうして図書委員になったんですか」


 僕の月並みな質問に、先輩は小さな声で答える。


「本を、探していたから……」


「本? どんな本ですか?」


「宇宙旅行をする本なのだけど……」


「SFですか?」


 特に深く考えず投げかけた言葉に、先輩は勢い良く顔を上げる。その表情は何故か嬉しげに見える。


「君はSFがわかるの?」


「まあ、多少は」


 サイエンス・フィクション、架空の技術や理論に基づいて話が進む小説のことだ。そこまで読んでいるというわけではないが、触り程度の知識なら持っている。


「そうなんだ……わかるんだ! あのね、ここにはね、珍しい本がたくさんあるの! 特にSF本は充実しててね、絶版になっていて本屋で取り扱いしてない本でもここに揃ってたりするの。初めてここに来た時、ずっと探してても見つからなかった本が置いてあった時は、本当に感動したわ! やっぱり、人類は早くハイパースペースを見つけて超光速で移動できるようにするべきよね。そうなるとエーテル宇宙学を今一度復興させなきゃだけど、宇宙がエーテルに満たされているというのはちょっと無理があるかも……でも! もしかすると私達がまだ知らないだけで、実際には存在するのかもしれないし、否定的になっちゃ駄目よね。そんなことを言っていたらいつまで経っても宇宙旅行なんてできないもの。それで、もし、実現できるとしたら、次は植民化の方法を考えなきゃだけど――」


 先輩がハッ、とした様子でこちらを見つめる。


「ごめんなさい! ちょっと一人で話しすぎたよね」


 そう言って、しょんぼりとした顔を向ける。


「SF、好きなんですね」


 僕が尋ねると、コクリと一回頷く。ここまで熱っぽく話ができるのだ、相当なファンなのだろう。


「この話を出来る人はあんまりいないから、つい興奮しちゃって……ごめんね、そこまで興味ないよね」


 SFに詳しい人なんてそれほど多くないだろう。それも女子高生となれば尚更だ。大人しい性格だ、と聞いていたが先程の様子を見るとそんなことはないような気がする。案外自分の好きな話ができる相手がいなかっただけなのかもしれない。


「一つ、質問なんですけど」


 僕の言葉に先輩は上目遣いで僕を見る。


「超光速なんて光よりも早いスピードで移動なんてしたら、恒星に激突したりしないんですか?」


 先程の先輩の話に疑問をぶつけると、先輩は明らかに高揚した様子で話を始める。


「そう! そうなの! 超光速で移動なんてしたら何かにぶつかりそうに思うよね。でもね、光速を超えるとね、恒星みたいな大きな質量を持つ物体の引力がね、逆に斥力に変わっちゃうの。ほら、つまり、物体を避けるように移動することになるから何かにぶつかるなんてことはなくなるの。上手くできてるよね! これを考えた人は本当に凄いと思う――」


 先輩がハッとした表情でこちらを見つめる。


「ごめんね。また私、ひとりで喋っちゃって……」


 そう言って先輩はしょんぼりとした様子を見せる。その様子を見て僕は思わず笑ってしまう。


「やっぱり、おかしいかな?」


「はは、すみません。ただ、最初見た時の印象とあまりに違うので、それが妙にツボに入っちゃったんです。別に先輩を非難しているわけではないですよ」


 まあ、おかしい、というところは否定はしないけれど。


「……私、君にどう思われてるの?」


「大人しい淑女だったと思ったら、忙しなく動き回るハムスターだったって感じですかね」


「あんまり嬉しくないかも……」


「ああ、でも、可愛らしいと思いますよ。愛玩動物みたいで」


「もう! 最後の一言は余計だよ!」


 膨れた顔でこちらを見つめる。ますますハムスターに近づいてきている気がする。予想以上に僕の例えは的確だったのかもしれない。


「それで、今日は本当に顔合わせだけなんですか?」


 僕が質問すると先輩は不服そうな顔をしながら答える。


「何かはぐらかされたような気がするけど……まあ、いいわ。あのね、今日は図書委員として本の貸出の仕方を教えることになってるの。君は本を借りたことってあるかな」


「そういえば、ここの図書室で本を借りたことはありませんね」


「そうなのね」


 先輩は立ち上がり、カウンターに来るように促す。


「本を借りる時は自分の学生証と借りたい本を持ってくるの。学生証をこのカードリーダーに差して、後は本の裏に貼ってあるバーコードを読み取るだけ。パソコンの画面を見たらわかりやすいかな」


 先輩が実際に本とカードを手にとって、説明した動作を行うと、パソコン上に貸出完了画面が表示される。記録はどうやらノートパソコンで管理しているみたいだ。


「あとは、返却期限の書いた栞を本に挟んで渡しあげるだけ。ね、簡単でしょ」


 適当な相槌を打ちながら、パソコンの画面をぼんやりと見つめる。


「あの、先輩」


「何かな」


「このリストの中で真っ赤に表示されているのってどういう意味なんですか」


 パソコン上のリストを見ると、所々赤く染められている部分がある。


「ああ、これはね、貸出期限が過ぎているのに返却が終わってないってことだよ。困ったものだよね」


「あとですね、赤く染まっている所の貸出者なんですけど、全部同じ名前ですよね」


「……そう、だね」


「これって、先輩の名前ですよね」


「……」


 痛いところを突かれたのか、押し黙ってしまう先輩。


「図書委員なのに期限を守らなくてもいいんですか」


「大丈夫……」


 消え入りそうな声で先輩が呟く。


「大丈夫だよ。ほら、私の借りてる本って、誰も借りる人がいないし。もう何十年も昔の本なんて誰も読みたがらないからさ。いや、別に昔の本だからといって、内容が悪いわけでもないし、むしろ、古典を学んでこそ、最近の作品について考察が深くなるというか。でも最近の人はそんなこと全然気にしてないみたいで、それはそれで、腹立たしいというか……とにかく、私の他に誰も借りる人がいないから大丈夫なの。あんまり気にしちゃ駄目だよ」


「じゃあ、この本読んでみたいので、今すぐ返して下さい」


「え、あっ、あの……」


 僕が赤く塗られている部分を指差すと、先輩は顔を揺らして、慌てだす。


「……ごめんなさい。期限が過ぎてる本はすぐに返すようにします」


 萎れた顔で謝る先輩。そこには年長者としての威厳は欠片も見当たらない。


 ちょっとイジメすぎたかな、と何かフォローする言葉を考えていると、先に先輩が口を開く。


「でも、私の借りた本、読みたいと思ってくれるんだ……」


 嬉しそうな顔で呟く先輩。今まで共通の趣味を分かってくれる人が現れて、はしゃいでいるのだろう。誂うために適当に指差したとはとても言えない。


「ねえ!」


 先輩が興奮しながら顔を近づける。


「明日には返すから、絶対に読んでね! できたら、早めに感想が聞きたいな。あっ、でも流し読みとかそういうのは駄目だよ。しないと思うけどね。あー、楽しみだなあ」


 人の都合を顧みず、一人で次々に話を進めていく先輩。誰かの時間を自分本位で奪ってしまうのはいけないことだ。間違った振る舞いだと思う。


 でも、まあ、不思議と悪い気はしなかった。


「他の本も早く返すようにしてくださいね」


 そう言って、きちんと釘を刺しておくと、先輩は、ぐう、と少し苦しそうな声を上げる。いちいち面白い人だ。


 でも何故だろうか。妙な違和感が、頭の中を渦巻いている。


「そういえば、この作品もオススメなんだよ」


 はしゃぐ先輩の声に、違和感の原因を考える暇もないまま、先輩と他愛のない会話が続いていった。


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