1ー1
紙が裂ける音がする。
図書室に響く乾いた音。その場所にあってはならないはずの音が、部屋に木霊している。冒涜的とも蠱惑的ともいえる音色、その中心に私はいる。
目の前には大量の紙束の入ったダンボールが並んでいる。私はその中の一枚を無造作に掴み取る。紙に印刷される賑やかな言葉やイラストの数々。それらを一瞥もしない内に、真っ二つに引き裂く。二度と復元できないように、半分、また半分と紙が小さくしていく。これ以上破れなくなれば、また次の紙を手元に引き寄せる。
そうやって、一定のリズムを刻みながら、次々と紙を断片化する。この感触はどこか心地いい。
心地いい?
何故なのだろう?
自分でも理由が分からないまま、ただ無心に断片を生成していく。誰かが伝えようとした言葉も、誰かを喜ばせるための描かれたコミカルな挿絵も、もはや意味を持たない無数の欠片へと変貌を遂げる。そんな破壊的な行為に、自分は無意識に快楽を感じているのだろうか……
「どうしたんですか、先輩?」
隣から声が聞こえる。ちらりとその方向へと目線を移すと、ショートボブの後輩の姿が映る。二年年下だからだろうか。その顔はやけに幼く見える。
「先輩が笑うなんて珍しいですね!」
思いがけない言葉に、つい眉を顰めてしまう。
笑っていた?
自分では気が付かない内に?
紙を裂くことを楽しんでいた?
「わわっ、そんな不機嫌な顔をしないでくださいよー」
身を引きながら、戯けたような口調でこちらに話しかける。
何も考えていないような脳天気な表情に、何故かため息を吐きたくなる。高校生に似つかわしくない、ふわふわとした髪型も、苛立たせるのに一役買っているのかもしれない。
「それにしても、二人だけで紙を処理しないといけないなんておかしいですよねえ。しかもこんなに沢山」
大袈裟なジェスチャーをして、目の前にあるダンボールを指し示す。ダンボールの中には処理すべき紙が山のように積まれている。
「いくら学校のシュレッダーが壊れたからって、あんまりですよねえ。いつも暇そうだから、丁度いいだろうって、人に頼み事をする態度じゃあないですよ! 先生だってそんなに忙しそうに見えないのに。先生、手伝ってください! 男女二人っきりにしていいんですか! 間違いが起きちゃいますよ、って言っても苦笑いされるだけで相手にされませんし……全く、これじゃあ、図書委員じゃなくて紙破き委員ですね! いや、雑用委員かな……」
むむむ、と唸りながら、考え込む姿勢を取っている。
やがて、考えることに飽きたのか、顔を上げ、こちらへ向き直る。
「そういえば、先輩はこのビラを破く理由を知っていましたか?」
何故か得意げな顔を浮かべながらこちらに話しかける。
ちらりと手元に持っているビラを見ると、新しく入荷した本の紹介文がイラスト付きでプリントされている。少し力を加えると、ビリビリと音を立てて真っ二つに引き裂かれていく。
ビラを破く理由など、正直興味がない。早く仕事を終わらせたい、ただそれだけだ。私に話すだけ無駄なのだと、無関心な表情を見せるが、そんな私の様子などお構いなく、後輩は話の続きを喋り続ける。
「この作業を頼まれた時に、先生に一回抗議したんですよ。こんな仕事、もうすぐ大人になる高校生のすることじゃあない。それに、こんなにビリビリに破かなくても、そのまま捨てればいいじゃないですかって。どう答えたと思います? 個人情報が乗っているから、破かないといけない、だそうですよ。ほらここに」
そう言って紙を手に取り、紙面の右下の方を指差す。
「代表者の連絡先を載せているみたいなんですよ。なんて素晴らしいビラなんだ、連絡を取りたい! って思う人がいると考えたんですかね。確かにそんな気持ちになることもあるかもですが……」
手元の紙をジロジロと見た後、ハッと何かを閃いたかのように体を揺らす。
「そうか! そこに連絡を取って、本人に処理してしまえばいいんですよ。そうすれば、仕事をしなくて済みますね」
こちらにちらりと目線を移す。数秒経った後、しびれを切らして喋りだす。
「って、どれも数年も前のビラじゃないですかー。これじゃあ、連絡が取れませんね。全く、可愛い後輩たちに酷い置き土産を残していくもんですね」
笑う後輩に、黙って紙束を手渡す。
ダンボールの中身を見る限り、すべて処分するのにはまだまだ時間がかかりそうだ。二人しかいないのだ。そろそろ、真面目に作業してもらわないと困る。
「……はい、黙って作業します」
少ししょげた様子で紙を破き始めた。