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『紙が裂ける音がする』
『その酷く乱暴な音に思わず身じろぎしてしまう。怯えているのを見透かしたように、乾いた音がいつまでも耳の中に残っている』
『まるで、何か大切なものを壊しているような音……そう思っているからだろうか、私は昔から、この音が苦手だった』
『手元には一冊の日記。ここにはあの人との思い出が刻まれている』
『過ぎ去った高校生活。なんてことのない会話の数々。そんな取り留めのない日々の記録』
『時間が経つ内に、いつかは忘れ去られていくのだろう。それでも、今の私にとっては、かけがえのない、とても大切な思い出だった』
『日記を開き、手を擦るようにして一ページを摘み取る』
『ゆっくりと息を吐き、手元に向けてそっと力を加えていく。そうすると、いとも容易く裂け目ができあがる』
『更に力を加えていく。広がりゆく傷口に悲鳴を上げながら、やがて、一枚のページが破りさられる』
『そうして、ちぎり取った紙を再び裂いていく。もう二度と中身を見ることができないように。思い出すことのできないように。徹底的に引き裂いていく』
『足元には細切れになった紙の断片。あの日常も、あの日々も、そしてあの人も……もう決して元には戻らない。すべて忘れなければならない。消えなければならない』
『手元には一冊の日記。大きな口を開き、何ページにも渡って、引き裂かれた傷跡を私に見せつけている。記された記憶も、もう残り僅かだ』
『胸が締め付けられそうな気持ちになりながら、再び日記を裂いていく』
『足元に私の断片が積み上がっていく』
『思い出が、記憶が、消えていく』
『私という存在が消えていく』
『これでいい』
『私が消えれば、あの人は幸せになれる』
『望むものが手に入るはずだ』
『不意にページを捲る手が止まる』
『言葉が書かれた最後のページ。私の最後の思い出。そこにはたった一言、短い文章が綴られている』
『その一文を何度見ただろうか』
『その一文を何度口にしただろうか』
『ポトリと雫が落ちる音がする。その雫は紙を湿らせ、刻まれた言葉を滲ませていく』
『滲んだ文字を口にする』
『ポトリ、ポトリと、雫が流れていく』
『声が、言葉が、掠れていく。消えていく』
『……いやだ。消えたくない。忘れてほしくない』
『一緒にいたい。あなたの側にいたい』
『ずっと、あなたと話していたい』
『それでも、私はやらなければならない』
『やり遂げなければならない』
『だから、私は――』
『最後のページに手をかけ、勢い良く引き裂いた』