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彼女を消させない  作者: 加護景
日記
1/31


『紙が裂ける音がする』

『その酷く乱暴な音に思わず身じろぎしてしまう。怯えているのを見透かしたように、乾いた音がいつまでも耳の中に残っている』

『まるで、何か大切なものを壊しているような音……そう思っているからだろうか、私は昔から、この音が苦手だった』


『手元には一冊の日記。ここにはあの人との思い出が刻まれている』

『過ぎ去った高校生活。なんてことのない会話の数々。そんな取り留めのない日々の記録』

『時間が経つ内に、いつかは忘れ去られていくのだろう。それでも、今の私にとっては、かけがえのない、とても大切な思い出だった』


『日記を開き、手を擦るようにして一ページを摘み取る』

『ゆっくりと息を吐き、手元に向けてそっと力を加えていく。そうすると、いとも容易く裂け目ができあがる』

『更に力を加えていく。広がりゆく傷口に悲鳴を上げながら、やがて、一枚のページが破りさられる』

『そうして、ちぎり取った紙を再び裂いていく。もう二度と中身を見ることができないように。思い出すことのできないように。徹底的に引き裂いていく』

 

『足元には細切れになった紙の断片。あの日常も、あの日々も、そしてあの人も……もう決して元には戻らない。すべて忘れなければならない。消えなければならない』


『手元には一冊の日記。大きな口を開き、何ページにも渡って、引き裂かれた傷跡を私に見せつけている。記された記憶も、もう残り僅かだ』

『胸が締め付けられそうな気持ちになりながら、再び日記を裂いていく』

『足元に私の断片が積み上がっていく』

『思い出が、記憶が、消えていく』

『私という存在が消えていく』

 

『これでいい』

『私が消えれば、あの人は幸せになれる』

『望むものが手に入るはずだ』


『不意にページを捲る手が止まる』

『言葉が書かれた最後のページ。私の最後の思い出。そこにはたった一言、短い文章が綴られている』

『その一文を何度見ただろうか』

『その一文を何度口にしただろうか』


『ポトリと雫が落ちる音がする。その雫は紙を湿らせ、刻まれた言葉を滲ませていく』

『滲んだ文字を口にする』

『ポトリ、ポトリと、雫が流れていく』

『声が、言葉が、掠れていく。消えていく』


『……いやだ。消えたくない。忘れてほしくない』

『一緒にいたい。あなたの側にいたい』

『ずっと、あなたと話していたい』


『それでも、私はやらなければならない』

『やり遂げなければならない』

『だから、私は――』


『最後のページに手をかけ、勢い良く引き裂いた』


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