第9話 大臣との約束
「鈴華。少しいいか」
「はい? なんですか?」
呼ばれて振り返った私に、陛下は嫌そうな顔で言った。
「葉大臣が、会って話してみたいと言っている」
「葉大臣……?」
聞き慣れない人物の名前に、私は首を傾げた。葉大臣? 大臣って、国王の次に偉い人よね? なんでそんな人が私に? どうしてそんなにいやそうなんだろう。
「正直会わせたくない」
陛下が、はあっとため息をつく。そんなにいやな人なのかな?
「ああいうのは苦手だ。会っても会わなくてもどちらでもいいが、会うというのなら外面に騙されるな」
「うーん、でも大臣様に言われて断るだなんて失礼ですし、会ってみてもいいですか?」
どれだけ偉そうで厳ついのかは知らないけど、会ってあげようじゃない。その代わり私が絶世の美姫じゃないってわかっても変なこと言わないでよね。
「はじめまして、葉大臣様。妃の邑鈴華と申しますわ」
「はじめましてお妃様。お噂通りお美しい方だ」
うわぁー、すっごい物腰柔らかなのにお世辞もちゃんと言ってくるわ。まさに大臣ね。でも、思ったよりずっと、きらきらしている。多分40代ぐらいなのに全然老けて見えない。失礼かもしれないけど。
「贈り物があるんですよ。どうぞ、開けてみてください」
「ありがとうございます」
箱の蓋をそっと開けた私はあまりの綺麗さに息を呑んだ。
「これは……髪飾り……? なんて綺麗なんでしょう」
きらきらひかる宝石が散りばめられた髪飾り。私に似合わないのは一目瞭然だけど見ている分には綺麗だ。
「喜んでいただけて良かった。女性への贈り物は難しくて…… 娘と何度も相談しました」
困ったように笑う葉大臣。
「ご令嬢がいらっしゃるのですか?」
そもそも私は葉大臣に関して何も知らないので、いい感じに自己紹介してほしい。してくれないだろうけど。
「そうですよ。お妃様の年齢は存じ上げませんが、お妃様の二つほど年下かと」
「まあ、そうなのですね。どのような方なのですか?」
私より二つ年下なら、十五歳ぐらいかな。きっとこの毒気を抜かれるような優しい微笑みの美人さんなんだろうな……
「私も親ですから無意識に美化されているのかもしれませんが……母親に似て美しく聡明な子に育ったと思っておりますよ」
にっこりと葉大臣は笑った。さて、心の中では何を考えてるのかな? 私だって心の中で何か別のことを考えていることぐらいわかる。貴族とはそういうものだ。
「そうだ。お妃様はここにきてまだ浅い。よくご存じないことも多い事でしょう。娘を話し相手にどうですか?」
その手で来たかー! 妃の私と仲良くしておきたいんでしょ? 違う? 彼は、さっきのようにまた困ったような微笑みを浮かべた。
「娘もお妃様と会ってみたいとずっと私に頼み込んでくるのです。一度だけでいいので会ってやっていただけませんか?」
うーん……どうしようかな……でもそんなに私と会いたいのか……そこまで考えた私はあることに気が付いた。
あれ、大臣の娘ってことはもしかして、正妃第一候補……だったりする……? よね……?
絶対そうだ。私をつてに後宮に入るか何かだよね? 最悪私は殺されかねない。本気でどうしよう。一回だけなら会っても大丈夫かな……?
「お妃様? お嫌でしたらそうおっしゃってくださいね? 娘のわがままを無理に聞いていただく必要はありませんから」
そうは言われても大臣家のご令嬢の要望でしょ? 無下には出来ない。一回会うだけならきっと大丈夫。私がしっかりしていたら。散々悩んだ末私は"私がしっかりしていたら大丈夫"という結論を出し、葉大臣に向きなおって笑顔を浮かべた。
「嫌だなんて、そんなはずありませんわ。ぜひ一度お会いしてみたいです」
「よかった。娘にいい報告ができるようだ。ありがとうございます、お妃様」
終始笑顔を絶やさず、満足そうな微笑みを浮かべて帰って行った葉大臣に私はため息をつく。本当に大丈夫か心配だ。勝手に約束してしまったし、怖いから行きたくないけど陛下に報告しに行こう。私は部屋を出て歩き出した。陛下のいるであろう、政務室へ。
「陛下はいらっしゃいますか?」
いきなり現れた私を、そこにいた青鋭が思いっきり睨みつける。まるで何をしに来た、と言わんばかりに。
「どうした鈴華」
「それがその……葉大臣のご令嬢と会う約束をしてしまったのですが……一応確認をと……」
それを聞いた陛下は少し考え込む。
「……まあいいだろう」
いいの!? そんなにあっさり許可してほんとにいいの!?
彼には彼なりの考えがあるのだろう。まあ許可もとれたところだし青鋭がずっと睨んできて居心地が悪いからさっさと退散しよう。
負けないぐらいの睨みを青鋭に利かせ、私はその場を後にした。
政務室を出ようと背を向けた時に、陛下は何を呟いたんだろう。そして、呟いた後に彼の背後に現れた黒い"なにか"は私が幻覚を見ただけだろうか。