第3話 絶世の美姫と冷酷な王
「初めまして……本日より後宮にお部屋を賜りました……紅蘭国の王女……邑鈴華と申します……どうぞ末永く……この後宮においてくださいませ……」
無理無理倒れそう。
目の前には冷たく威圧的な目で私を見下す国王陛下。震えてもう何も言えないです……
「ほう……」
薄笑いを浮かべながら、陛下が告げる。
「面を上げよ」
あのね。陛下のせいで上げられないの。まずその威圧オーラやめてもらっていいですか……?
「陛下、何かの交渉にでも来た他国の使者ならまだしも今日から後宮に入られる姫君ですよ。その威圧感あふれるオーラはやめてください」
陛下の側近と思われる人が、呆れたように言う。
「私は何もしていないぞ、樟石」
へえ、あの人樟石さんていうんだ。
じゃなくて。震えながら、少し顔を上げる。
「……鳥も見惚れて空から落ちるほどの絶世の美女だと聞いていたが……」
笑っているはずなのに、怖いと感じるその表情。射殺すような視線に心臓が止まりそうだ。
「愛らしい子兎が来たものだ。……子猫でもよいかもしれぬな」
くつくつとのどを鳴らしながら、彼が笑う。ちょっと待って……な……何それ……わたし他国で……え……?
「と、鳥も見惚れて空から落ちるほどの……絶世の……美女……?」
「なんだ、知らぬのか? 各地でそう呼ばれているではないか」
き、聞いてないです…… 私、美女じゃないから……
「陛下、姫君がお困りですよ……」
察した樟石さんが、助け舟を出してくれる。
「それは悪かった。長旅で疲れたであろう。少し休むがよい」
女官長らしき女性がやってきて、私を部屋まで案内してくれた。
初めて入った後宮はしんと静まり返り、物音一つしない。
「女官長、その方は?」
女官たちが、私の周りに集まってくる。
「この方は、今日から私たちがお仕えする紅蘭国の姫の邑鈴華様ですよ」
周囲が少しざわついた。
「この方が鳥も見惚れて空から落ちるほどの傾国の美女と呼ばれている方ですか?」
不審そうな顔つきで彼女は女官長に問う。
「そうですよ。そうね、嘘だと思うのなら好きなだけ飾ってみなさいな」
ぎゃああああああああああああああ、やめてええええええええええええええええええええええええ!
数十分後、もしかしたら一時間たっているかもしれない。わたしは女官たちに飾られまくり、全身ごってごてになっていた。私的には。
「た、確かに……」
「お妃さま……なんてお可愛らしい……」
「きっと磨けば光る方だわ……!」
光りません。可愛くありません。
最初着ていた白い衣装よりもっときれいな真っ白に金の刺繍の衣装を着せられ、頭にはきらっきらに輝く金の飾りがこれでもかといわんばかりに乗せられている。なのにすごくきれいに飾り付けられててしつこい感じは全然ないし、むしろ清楚に見えるほどだ。
「これは国王陛下が是非にと望まれたのも納得ですわ……」
「お妃さまなんて微塵も興味なさそうな方でしたのに」
「あ、いえ、私そんなに可愛くも美人でもないですし……」
可愛くないのぐらい知ってるんだからお世辞なんて言わなくていいのよ。
「まあまあ、なんて謙虚でお優しいお妃様なのでしょう!」
「感激いたしますわ!」
なぜに。謙虚じゃなくて事実だし。みんな本気で言ってる目をしてるからみんなの感性おかしいよ。
「あら、そろそろ陛下がお戻りですね。外で待機しておりますのでなにかあればお申し付けください」
え? 一人でいろってこと? それとも陛下が私のところに? それはないか。別に私のこと好きじゃないんだもんね。さー、寝よっと。
「鈴華」
来るのか…… 来てしまうのか……寝ようと思ったのに……
「国王、陛下?」
「随分と他人行儀だな」
またさっきのように、高圧的な眼差しで私を見下ろす。
「ご、ごめんなさっ……!」
「よい」
謝ろうとした私の言葉を、陛下は遮った。
「先程は怖がらせてしまったようだ。すまない。樟石に言われて気づいた」
「い、いえ、大丈夫です……」
こんな大国の王様に謝られたよ私…… そんな経験したことある人、いないんじゃない?
「無理やり連れてきてしまい、悪かったと思っている」
「でも、貴方のおかげで私は豊かな自然に触れることができましたよ?」
そうだ。ここに来ることにならなければ、私は一生あの城と王都しか知らなかったに違いない。その点では陛下に感謝している。別に父さんを非難してるわけじゃないけど。
「そうか…… 少しでも良いことがあったというのならば良かった。いや、まあ無理やり連れてきたことに変わりはないのだが……」
自分で連れてきたのに、彼は凄く後悔しているように見える。何だろう、興味本位だったのかなあ……
そんなことを考えていると、陛下が話し出した。どうして私がここに連れてこられたのかを。
「……興味本位だった。噂で『鳥も見惚れて空から落ちるほどの絶世の美女』などと言われていたから。見てみたかったのだ。どれほどの美貌なのか。民に扮して紅蘭国の王都に行ったこともある。だが、どの行事にもそなたの姿はなかった。王都のものはみな、幻の姫と呼んでいた」
らしいね。私さっきそれ初めて知ったんだ。
「幸い、紅蘭国からは何も来ておらぬ。他の国のような、縁談の話が。妃にしたらいいと思った。さすれば私はそなたを見ることができるだろう。しつこく身を固めろと言われることが減るのではないかと。完全に私の勝手だ。迷惑をかけた。会ったこともない相手だったろうに」
なるほど。まあそんなところだと思った。
「それぐらい、分かります」
私は答えた。
「私はここに来なかったらきっと存在が消えてなくなっていたと思います。みんなの記憶に残るのは、作り上げられた空想の姫だけ。そんなのはちょっと、ね」
きっと私はいるのに存在しない架空の姫になっていたに違いないのだ。