第16話 鳥使いの私邸
「よろしいですか? あそこからもう葉家の敷地ですわ。お兄様の私邸には入り込みやすいですからご安心くださいませ」
玉蘭が、隠密の格好のままにっこりと笑った。私たち四人は今葉家の――裏にいる。正確には月華さんの私邸の裏手にある竹林の陰だ。
「ではまずは私だけで様子を見に行ってまいりますわ。少々ここでお待ちくださいませ」
彼女は地面を蹴ると、塀の屋根に飛び上がり、そのまま向こう側へと消えていった。身軽すぎて怖い。
「玉蘭って元からあんなに身体能力が高いんですかね……」
「いや、元からという訳では無いようだぞ」
ぽつりとそうこぼした私に、思いがけず返答が帰ってきた。え、元からじゃないの?
「幼い頃一年間死ぬ気で頑張ったらしい」
いや一年!? 一年であそこまでなる!? しかも幼い時!? 絶対に生まれた時から身体能力お化けじゃないのよ!
「戻りましたわ」
びっくりしている間に、玉蘭が帰ってきた。はやい。
「見張りや見回りは特におりませんでしたし、何か黒ずくめのお方達が数名いらっしゃったのでよしよしして差し上げましたの。もう敷地に入って大丈夫ですわ」
よしよしして差し上げましたのって何したの? ねえ、何したの!? この子怖い…… とにかく私たちが入っても大丈夫ということなので、私はその高い塀とじっと睨めっこを始めた。
「陛下と樟石様はこちらにて待機なさっておいてくださいませ。お二人が行けばお兄様は怯えて動かなくなってしまいますわ」
「軟弱な男だな」
軟弱は言い過ぎだと思うけどその意見には賛成するわ、陛下。
「それからお妃様、そのように塀と睨めっこをなさっても上には登れませんわ。私にお掴まり下さい」
あ、はい。私は玉蘭の服の袖を、ぎゅっと握りしめた。
「失礼いたしますわ」
不意に、ふわりと体が浮く。玉蘭のとても綺麗な顔が、目の前に現れた。いつもより距離が近い。私は、私はどうやら、この私よりも年下で華奢で可愛らしい少女に抱き抱えられているらしい。
「え? え?」
待って、私重いよ? 細くないし身長だって普通ぐらいにはあるし、最近後宮に入って美味しいお菓子を沢山食べたせいかちょっと太ったよ!? 超恥ずかしいんだけど!? 明日から痩せる努力をしよう。
「何かお悩みになっておられるようですけれど、お気になさらなくて良いのですよ? わたくしなんて陛下に見上げるほどの大男を縛り上げて連れてこいと言われたこともあるのですもの。あの大男と比べればお妃様などまるで花の花弁のように軽いですわ」
健気な美少女に何やらせてんのよ陛下!
「揺れますからお気をつけて」
玉蘭が、地面を蹴った。全然揺れなかった。隠密ってすごい。さっきからこれしか言ってない。彼女は塀から華麗に飛び降りて中に入り、そして軽々とまた飛び上がって鍵のかかった窓をいとも容易く開けた。
「月華お兄様?」
「玉蘭かい? 何度来たところで私の答えは変わらな……」
ふんわりとした優しい声だ。暗闇からこの月の光の降り注ぐ窓へやってきたのは、とんでもなく優雅な美青年。薄茶色の長い髪を後ろで一つにまとめており、手には笛を持っている。さっき少しだけ聴こえた綺麗な笛の音は彼のものだったのだろうか。
「この方は……?」
私を見て少しの間かたまっていた彼は、やっと口を開いて玉蘭に言った。
「この方は陛下の寵妃。紅蘭国の絶世の美姫、邑鈴華様ですわ」
音を立てて彼の持っていた笛が地面に落ちた。まあ別にそんなこと私には関係ない。ちょっと待って欲しい。なんか私の二つ名みたいなやつ、増えてない? 陛下の寵妃!? 私寵愛された覚えないんですけど!?
「その方があの鳥も見惚れて空から落ちるような絶世の美姫と呼ばれている紅蘭国の姫君をなのかい?」
「そうですわ」
その鳥も見惚れてって言うやつやめない? 長いし恥ずかしいんですけど。
「かの有名な冷酷王が愛してやまないという国王陛下の寵妃?」
「もちろんですわ」
待って、かの有名な冷酷王が愛してやまない!? 噂どうなってんの!?
「陛下が彼女以外私の目にはうつらないだとか、片時も離したくないだとか仰っているあのお妃様?」
ん? ん? 噂じゃなくて? 陛下が仰ってる?
「彼女の愛らしさを誰にも知られたくない、人目に晒したくない、だというのに他の誰かに彼女の愛らしさを自慢したくて仕方がないと仰っているあの?」
「そうだと申しておりますではありませんか」
「ま、まって!」
耐えきれなくなった私は、二人の会話を遮った。
「そ、それって、本当に陛下が仰ったの……?」
ちょっとにわかに信じ難いかな。あははー。
「ええ、少し前にどうしても、何がなんでも来いと言われて仕方なく出仕した時に、政務室で確かにそう仰っていましたよ」
な、な、何言ってんのー!? 政務室!? よりによって政務室で!? あの人の出入りが多いと噂の政務室で!?
「あ、あの、月華さん、まさかその、鵜呑みになんかしてないですよね……?」
「あの話は本当では無いのですか?」
信じてるしー! 全力で信じ込んでるし! なんのために!? なんのために私を寵妃扱いしてるの!? 寵妃じゃなくない!?
「本当じゃないに決まってるじゃないですか! 寵愛なんてされてませんよ! ただ夜にお仕事が終わったあと陛下が私のところに来られるのでお話したりしてるだけです!」
向こうだって私情で嫁がせておいて放置は良くないと思って来てるだけでしょ! そう思ったのだが、月華さんは私に衝撃の一言を放った。
「それを世間から見れば寵愛、というのでは?」
作者森ののか、十四歳現役JC。こんな甘々ゼリフを書くことになんの抵抗も恥ずかしげもなくなり危機感を覚えています(((
次回の更新は3月29日月曜日の予定です!




