第1話 とつ……ぐ……? 私が……?
「へ? 父さん、今なんて?」
隣の大国の国王は、冷酷狼らしい。
そして、たった今その国王から求婚されました。
は? なんで!?
◇◇◇
ここは紅蘭国、別名薄紅蘭。薄紅蘭の別名の由来は、紅蘭国みたいな小国が紅なんて言う色を名乗るな、という嫌味。今ではすっかり定着して紅蘭国の人達も薄紅蘭って呼んでいるのだが。実際すごく小さい国だし、薄紅蘭ぐらいがちょうどいいんだと思う。うん。
私、邑 鈴華は、その小さな国の姫である。
そして、隣国は白蓮花国。私たちからしたら超超大国である。私はその白蓮花国の若き国王狼 酷黎の後宮に入るそうだ。なんでー? 私すごい小国の姫なんだけど?
それに、冷酷狼って言われるだけあって、すごく怖いとのこと。戦場では最強で、手のつけようがない血に飢えた狼のようになるなどと噂されている。怖いな……やだな……
「父さん……ほんとに行くの……?」
「断れると思うか……?」
「……思わない……」
断ったら国ごとつぶされるかもしれないしな……
まあきっと、私のことが好きだから、ではないのだろう。会ったこともない。周りの国とかからうちの姫をとか言われ続けているから、きっと言ってこない薄紅蘭を選んだのだろう。それぐらい、私にもわかる。
それに、生まれてこの方誰かを好きになったことなど一度もないし、もう結婚しなくてもいいか、などと思っていたのでちょうどいい。平平凡凡な顔立ちだし、モテたことだって一度もないのだ。我ながら言ってて悲しくなるなあ……
そんなわけで、私は初夏ぐらいまでには白蓮花国に嫁ぐらしい。なるべく春に嫁げるように調整をしてくれているそうだ。
白蓮花国はどのような場所なのか。まだ見ぬ土地に思いをはせながら、外を眺める。他の国に行ったことはない。国の催事のに参加したこともないし、お茶会に参加したこともない。世の中の人々にとってーー国民もそうなのだが、私の存在は幻のようなものだと思う。
母さんが私が幼いころに病死してしまったので、父さんは過保護になっているのだろう。病死というのは表向きの話であって、実際は毒を盛られたらしい。事実かは分からないのだが。
それでも、私が世間知らずになっては困ると思ったのだろう。身分と名を偽り、下町に遊びに行く許可は出してもらっている。これまで幾度となく遊びに行ってきていた。そのせいだろうか?それとも遺伝だろうか。私はだいぶ、お転婆で庶民よりの姫に成長したらしい。まあ、父さんは何も言ってこないし、むしろにこにこしてるからいいんじゃないかな。
「考え事するのは終わり!」
自分の気持ちを引き締めるために、私は少し大きな声を出した。今この王宮を仕切っているのは私。小国だから、いるにはいるのだが何人も女官を雇えるわけじゃない。というか、雇うのがめんどくさい。ほとんどの家事は、私が担ってる。だって、私ができるから。先程述べたとおり、私は庶民よりなのだ。そして、母さんも庶民より。要するに、単にやりたいだけ。そういうことである。
私は夕食を作るために厨房へ向かった。あと幾日かもしたら、まあもう少し先かもしれないが、こんな生活はできなくなってしまうのだ。それを考えるとなんだか寂しくなったが、まあ向こうに行ったらやることがたくさんできると思う。たぶん。
父さんからその話を聞いて幾日か経ったある日のこと。
私がいつも通り部屋で今日の夕食は何にしようかと悩んでいると、トントン、と扉をたたく音がした。入室を許可すると現れたのは、何人かの見知らぬ女官たち。彼女たちによると、隣国国王からの使いらしい。女官たちが持っていた重そうな箱の中身を想像しながら、私は彼女たちをとりあえずもてなすことにした。
「紅蘭国の姫、邑鈴華様でしょうか。」
「はい~」
一番偉そうな女官が口を開く。
「我が白蓮花国国王より贈り物でございます。後宮においでになるときはこちらをお召しくださいませ。」
「あ、はい、ありがとうございま……!」
箱の中身を確認した私は卒倒しそうになった。しなかった私を誰か褒めてください。
中に入っていた衣装は見るからに上質そうな白い布で、金の糸で見事な刺繍などが施されている。しかも、髪飾りなんかまで一式入っているのだ。
別に薄紅蘭は貧乏な国ではない。でも、贅沢なんてしたことがない。なぜかって?ふっふっふっ、それは、私が貧乏性だから! だってもったいないじゃん、服なんて着れればいいじゃん? 刺繍なんて入ってる服よっぽどのことがないときないよ!
まあ、今よっぽどのことだから着るんだけどさ。大国の国王のところに嫁ぐから仕方ないんだよね。わかってるよ。
とりあえず、どんな感じなのか見てみたくて衣装に手をかける。ふわりとスカートが広がると、まるで白百合が咲いたように見えた。
「はあ……きれいなのは物凄くわかるんだけど……」
深くため息をつく。
「こんな豪華な衣装着れない! 絶対似合わない~!」
こんな素敵な衣装が貧乏性の私に似合うわけないでしょー!
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