第81話 日曜日の夜は……(3)
拍手に迎えられながら、白鴎院兼定と百合子が登場した。
このしがらみしか無い世界で、頂点に君臨するのは心が強くなくてはできないだろう。
この名家の集いは社交の場でもある。
年頃の男女の出会いも兼ねているようだ。
そんな中、百合子見つめる若い男性が多い。
名家の分家連中やその支流の者達にとっては百合子を射止めることができればいきなり名家のトップに君臨できる。
地位も権力も名声も思いのままだ。
彼らにとって百合子は、そういう存在なのだろう。
そして、その百合子にとってもここは戦場のようだ。
緊張した顔つきがそれを物語っている。
「カズ君、会った事あると思うけど、総代の後ろに控えているのが私の姉さんの藤宮久留美、そして右脇に控えてるのが今の藤宮家の実質トップである藤宮天剣、私のお兄様だよ」
「そうなんだ。お兄さん、まだ若そうだけど藤宮のトップにいるのか」
「歳は今32歳のはずだよ。私と12歳違うからね」
「聡美姉のお父さんがトップかと思ったが……」
「……それはね。カズ君にも関係ある話なんだけどシー・サマー号事件で白鴎院様の奥様と百合子様を庇われて亡くなったのよ」
「なっ……まさか」
「そうなんだ。ごめんね。ずっと言えなくて……」
聡美姉もあの事件の被害者だったのか……
父親が警護官として殉死してたとは、思いもよらなかった。
すると、もしかして賢ちゃんや百合子の後ろに控えていたあの男の人が……
俺は幼い頃、聡美姉の父親に会っている。
怖そうな男の大人の人だったが、俺が持ってた独楽を回して遊んでくれたあの人か……
確か賢ちゃんや百合子が藤宮さん凄い、と言ってた気がする。
「そうか、あの人が聡美姉のお父さんだったのか……」
「やはり、会ったことあったんだ」
「ああ、俺は小さい頃、独楽が好きでいろいろな種類の独楽で遊ぶのは好きだったんだ。でも、子供だから昔の独楽をうまく回せなくて……その時、聡美姉のお父さんが独楽を回して遊んでくれたんだよ。俺も賢ちゃんも百合子もそれを見て喜んでた」
「そうか、あの船でお父さんがそんな事を……」
何で聡美姉が俺の世話をしてくれてたのかわかった気がする。
ユリアに頼まれただけでは、ここまで熱心に俺の事を可愛がってくれなかっただろう。
聡美姉とは、昔から縁で繋がっていたのか……
「その時ね、雫ちゃんのお父さんも亡くなっているんだよ。だから、私と雫ちゃんはいつも一緒にいたんだよ。同じ境遇の子供としてね」
俺は雫姉を見る。
雫姉は小さく頷いた。
「雫姉のお父さんも……」
ああ、俺はこんな素敵な姉さん達の中で暮らせてたのか……
それも、あの事件が縁となって……
記憶は薄いがあの独楽のおじさんの周りにも数人の男の人がいた。
おそらく、その一人が雫姉のお父さんなのだろう。
「だからね、カズ君を引き取る時、少し躊躇ったの。私と雫ちゃんにとって敵だった者に育てられたカズ君とどう接していいのかわからなかったんだよ。勿論、カズ君が被害者だったのも知ってるし悪くないのもわかってた。でもね、心があいつらに染まってたらどうしようって思ってたんだ。それで、少し監視させてもらったの。カズ君が最初日本で暮らしてたあのボロいアパート監視カメラだらけだっだでしょう?でも、カズ君それを気づいてて生活してるんだもん、びっくりしちゃったよ。普通なら気づいた時点で外されると思ってたから、カズ君、ごめんなさい」
あのアパートにはそういう意味があったのか?
「気にしてない。俺は今まで誰かに監視されて生きてきた。今更、そんなもの屁とも思わないよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、これは私のケジメなの。だから謝罪させてね」
「わかった。その謝罪、確かに受け取ったよ」
「うん……」
「良かったですね。お嬢様、これで私も肩の荷が降りた気がします」
雫姉がホッとしたような顔してる。
二人の心の中のその事が引っかかっていたのだろう。
すりとまた会場が騒がしくなってきた。
今回の主催者である西音寺家が入って来たようだ。
「あれが西音寺家の人達だよ」
80歳近い爺さんと50歳前後の夫婦。そして、20代の息子二人に10代の娘一人か……
「今回の主催者なんだろう?最後に登場っておかしくないか?」
「昔からそういうルールみたいだよ。主催者が場所を提供して最後に入場ってなってるもたい。持ち回りだから場所を提供した感謝の意味もあるのかもね」
そういうルールなのか……
「それぞれ警護官がついてるけど、武装してるのは僅かしかいないみたいだが?」
「警護官は戦闘もそうだけど守る盾だからね。それに、このホテルに入る前にチェックされてるでしょう」
「それだけでは不十分な気がするが……」
「名家の集まりだから、何かあれば主催者の責任になる。この回は持ち回りだから、そうそう厳重にできないんだよ」
「普通、逆だと思うけど?」
「そうだね。でも、それだけ各家を信用してるというポーズなんだよ。でも今まではそれで良かったけど、この先もそうだとは限らないよね」
「だから、総代が俺達を会場入りさせたのか?百合子と自分を陰から守らせる為に」
「そうみたいだね。それに何か情報を掴んでいるんだと思うよ。だから、おもちゃを用意したんだよ」
「その情報は聡美姉は知ってるのか?」
「ううん、詳しい話は聞いてないよ。天剣お兄様から言われただけだから」
そんな話をしていると主催者である西園寺家の爺さんが話を始めた。
「名家とは〜〜」とか言い出しており、長い話になりそうだ。
俺の視線は百合子に注がれている。
緊張しているせいなのか、生気の無い顔をしている。
百合子の背後に控えてる女性達。
一人は警護官だろう。もう一人は付き人かな?百合子を気にかけている。
長い話が終わり、乾杯の挨拶となった。
名家の血縁なのだろうか、見たことある政治家が乾杯の音頭を取り始めた。
そして、会場は乾杯の挨拶と共のグラスを傾けて今日の宴を祝う。
「さて、私達もこの間に食事を済まそうか」
「いいのか?警護の仕事は」
「しばらく挨拶が続くからね。それにその間は怖い人が目を光らせているから大丈夫だよ」
聡美姉が言う怖い人とは聡美姉の兄と姉のことだろう。
俺はその怖い兄と目が合った。
その目からは、頼むぞ、と言われているような気がした。
◆
宴が始まる少し前、白鴎院百合子のいるホテルの部屋では、お付きの遊佐和真里と警護官の北藤香奈恵が浮かない顔して話し合っていた。
「お嬢様、元気がありませんね」
「確かにね、最近は顔色もよろしくないな」
「やはり、今夜の件が……」
「百合子お嬢にとっては、辛い場だからね」
別室で休んでいる百合子を心配する2人。
着替えは済ませており、後は出席するだけなのだが百合子は別室に入ったきり出てこない。
まだ、時間はあるがいつ総代から声がかかるか分からないので、お付きの2人は気が気でない様子だ。
そんな二人の心配をよそに、百合子は別の件で落ち込んでいるようだ。
「とうとうお手紙のお返事がきませんでした……」
この名家の集いという気が滅入る場に臨む為に、百合子は和輝からの返信を期待していたようだ。
手には和輝から貰ったハンドスピナーが握られていた。
「かーくんは、今どこで何をしているのでしょうか?」
和輝がこの場に来ていることを知らない百合子は、思い人の事を思い心を馳せらせていた。
「お嬢様、総代様からお部屋にくるに連絡がありました」
「わかりました」
百合子の手に力が入る。
握られたハンドスピナーの痕が付くくらいに。
百合子達は訪れた総代の部屋のソファーで休んでいた。
長年、白鴎院兼定に仕えてきた老年の執事狩野修吾郎が紅茶を入れて皆の前に配られた。
「さて、百合子。この間の話だが会わせたい男がおる」
百合子は、許婚の件だと思い沈んだ気持ちになる。
和輝の事は先日、まだ時期ではないと言われたばかりだ。
「今夜にですか?」
「うむ、儂もいろいろ考えてのう。早い方が良いのではないかと考えを変えたのじゃ」
百合子は、愕然とする。
婚約も結婚も早まると思ってしまったようだ。
今や白鴎院家の血筋を残していくのは百合子だけだ。
兄である賢一郎が拉致されてから、家を守り存続させる為、覚悟はできてるつもりだった。
だが。いざその場にきてしまうと気持ちが揺らぐ。
「そろそろお時間でございます」
執事の狩野修吾郎が時間を告げる。
百合子には、その言葉が死刑宣告を告げたように聞こえた。




