第26話 学園の木陰で
朝、いつものように学校に行く。
昨夜、不安定だったメイは朝には落ち着いていた。
一緒に寝たのが良かったのかも知れない。
あいつが甘える事ができるのは世界中で俺だけなのだから。
駅に着くと、俺は困った状況に陥っていた。
沙希が改札のある広場にいたのだ。
お互い目が合い、そして沙希は俺のところに来た。
「東藤先輩。おはようございます」
「ああ、おはよう。どうしてここに?」
「待ってたんです。先輩の事」
「俺を待ってた?どうして?」
頭の中がパニクってる。
何が起きてるんだ?
「さあ、一緒に行きましょう」
沙希は、俺の制服を引っ張って改札を通り電車に乗った。
この電車は、始発が途中駅からの発車の各駅なのであまり混んではいない。
俺は沙希が何で待っていたのかをずっと考えていたが、答えは見つからなかった。
「東藤先輩、先輩に会ったのはこれで3度目です。3度会えば知り合いではなくそれよりもっと深い関係になりました。だから、東藤先輩の事はカズキ先輩って呼びますね」
一方的にそう言われる俺。
返答に迷ってると
「私の事は沙希と呼んで下さい」
さらに難易度を上げて来た。
その名前は呼び慣れている。
だが、今の俺がそう呼んで良い名前なのだろうか。
「沙希です。約束ですからね」
俺にそう言いながら笑顔を向ける沙希は、良い顔をしてる。
沙希と一緒に育っていたらこんな感じだったのだろうか?
「努力はする。直ぐには無理かも知れない」
「今はそれでもいいですよ。でも、約束ですよ」
沙希は学校のこと、家のことを話してくる。
会話が途切れることなく、電車は学園の最寄駅に着いた。
「ここのパン屋さんは美味しいですよ」
並木道を歩きながら、店の情報を教えてくれた。
俺はそんな沙希との普通の会話が心地よく感じる。
だが、それは心の中にレンガを押し込んでるようなものだった。
奥底にある闇にレンガは積み重ねられていく。
「カズキ先輩、腕の怪我は何時ごろ治りそうなのですか?」
「もう大分良いんだ。今日は包帯を交換しに帰りに医者に行く予定だ」
「じゃあ、私もついて行きますね。部活も無いし暇なので」
「えっ!?」
「着いて行きます。校門で待ってて下さいね。それと私の連絡先、交換したから知ってますよね。いつでも連絡して下さい」
何が起こったのだろうか?
理解できぬまま俺は戸惑っていた。
沙希は、腹を空かした飼い犬のようだ。
可愛がられて育った犬は、ご主人の言う事を聞くが甘え上手でもある。
「じゃあ、カズキ先輩、また放課後に」
そう言って沙希は中等部の校舎に向かって行く。
時々後ろを振り替えりながら小さく手を振っていた。
俺はクラスに入り、自分の席に着くとスマホを取り出した。
先程から連絡が入っていたからだ。
メイとリリカからだ。
メイの用件は、入院中に知り合った同郷の女性ユートンさんを騙した男が海外から帰ってくるらしく、今夜聡美姉と話をつけに行くと書いてある。
聡美姉も強いし、それにメイが居れば問題ないだろう。
リリカからは、今度の土曜日サブの仕事があるから絶対来てよね、と書かれていた。
土曜日なら行けるだろう。
俺は了承の旨を書き込む。
そして、いつものように小説を読み始める。
いろいろあって、先が進まなかった。
主人公が最初の相手に復讐する場面だ。
俺はスマホの画面をスクロールする。
指先も動かす事ができるようになっている。
そんな読書をしてると、
「東藤君、おはよう」
このクラスで話しかけてくる人物は決まっている。
鴨志田結衣だ。
「おはよう」
「ね、東藤君、今日の放課後予定ある?」
「今日は医者に行くんだ。帰りに寄る予定だ」
「じゃあ、私もついてくね。それじゃあ、またね」
はあ!?
何が起きてる?
もしかしたら、寝ている間に平行世界、パラレルワールドに迷い込んだのでは?
前に読んだスマホの投稿小説にそんな話があった。
それぐらい今の状況が理解できない。
◇
昼休みお弁当を抱えて前に食べた木陰のある場所に向かう。
背後の気配は穂乃果だろう。
「穂乃果、一緒に食べるぞ」
「……う、うん」
ここで穂乃果とお弁当を食べるのが日常になってきた。
「穂乃果は1人で住んでいるのか?」
「妹がいる。父は出張」
「もしかしたら紫藤さんと一緒に出掛けたのか?」
「そう、任務があると言って出かけた」
「連絡はつくのか?」
「仕事中は連絡はしない。忍びのルール」
確かに気配を消して潜入している時にスマホがなったら台無しだ。
「聡美姉から聞いているか?」
「定時連絡がない事は知っている」
「そうか……」
知っているなら、それ以上話す必要はない。
すると……
「あっ、ここにいたんだ。東藤君、一緒にお弁当食べよう」
現れたのは、鴨志田結衣。
何故に!?
「あ、お邪魔だったかな?え〜〜と、確か樫藤さんだよね?」
側にいた穂乃果に気づいたらしい。
何故、穂乃果、俺の背後に隠れる?
「……か、樫藤穂乃果……です」
人見知りが発動したらしい。
「穂乃果とはここで会ってお弁当をよく一緒に食べてるんだ。こいつは極度の人見知りなんでな」
「そうなんだ。私、鴨志田結衣、東藤君と同じクラスだよ。一緒にお弁当食べていいかな?」
「……知ってる。どうぞ」
鴨志田さんは、お弁当を広げて食べ始めた。
俺と穂乃果の弁当に気付いたらしい。
「あれ、一緒のお弁当だよね。もしかして樫藤さんがつくってるの?」
「‥…あ、あの〜〜その〜〜」
穂乃果は説明できないようだ。
「俺がお世話になっている家の隣が穂乃果の家なんだ。気を利かせてお世話してくれてる雫姉さんという人が作ってくれてるんだよ」
「お隣さんなんだ。そうか、そうか。1度樫藤さんとお話がしたかったんだ。同じクラスになった事あるよね。お人形さんみたいで可愛らしいって思ってた」
「……どうも、お粗末様です」
返答が変なんだが……
お弁当を交換したりしながら、3人でお弁当を食べているとそこに背の高いイケメンがやってきた。
「ああ、ここにいたんだ。鴨志田さん、この間の返事を聞きにきたよ」
俺と穂乃果を無視して鴨志田さんに話しかけたイケメン。
どうも3年のようだ。
「佐藤先輩、返事はこの前、お断りしたはずですけど?」
「何言ってるんだ。突然の事で恥ずかしかったんだろう?よくある事だよ。それで、今度家に遊びに来ないか?両親はその日留守だからゆっくりできるよ」
1度告白して、鴨志田さんに断られたのに、都合よく自己改変をした残念なイケメンってとこか……
「佐藤先輩とはお付き合いできません!」
「わかってるよ。そこの人達がいるから恥ずかしいんだね。でも、素直にならないとダメだよ。それでは、いくらこの僕でもイラっとするからね。さあ、一緒の来るんだ。そして、僕の言う事を聞くように少しお仕置きしないとね」
鴨志田さんの腕を掴もうとする自己改変イケメン。
俺は、伸びた手にポケットから取り出したパチンコ玉を弾いて当てた。
『痛いっ!』
鴨志田さんに伸びた手を引っ込めてその手をさすっている。
「お前か、僕の手に何を当てた?」
今度は俺を標的に変えたようだ。
俺は無視してお弁当を食べる。
「お前に言ってるんだ。そこのダサい男!」
『ダサい』と言う言葉は覚えた。「かっこ悪い。野暮ったい。垢抜けない」と言う意味だ。
「静かにしろ。今、弁当を食べてるんだ」
「貴様、年下のくせに生意気だぞ」
「俺は食事中に邪魔されるのが1番嫌いだ。この食事を食べれなかったらもう2度と食べる事ができない未来があるかも知れないだろう?だから、邪魔するな」
「何を言っている。立て!俺が制裁を加えてやる」
一応武道の心得があるようだ。
この構えは空手だと思う。
「カズキ殿、私が……」
そう言って立とうとする穂乃果を止めた。
これは俺に向けられたものだからだ。
鴨志田さんは怯えていた。
俺は自己中イケメンに向けて殺気を放つ。
これで立ってられたら合格だ。
俺も立って相手をしよう。
「うっ……」
あれ……気絶しちゃったぞ。口から泡拭いてるし……
「お見事で御座います」
穂乃果はそんな事を言ってるが、まだ、通常の半分も殺気を込めてないぞ。
「東藤君、佐藤先輩どうしちゃったの?」
「はて、俺にもわからん。ほら、お弁当食べないと時間がなくなるぞ」
「う、うん」
その後、佐藤先輩を裸にして写真を撮り、近くの木に縛りつけて置いた。
殺さなかっただけ、感謝してほしい。
お弁当を食べ終わると、珍しく穂乃果が話し始めた。
「先の教室に戻ってて下さい。少し鴨志田殿とお話をしたいと思います」
「え、うん。いいよ」
鴨志田さんはそう答え、俺は1人で教室に戻った。
◆
「鴨志田殿、忠告を申し上げます」
樫藤穂乃果の真剣な態度に鴨志田結衣も真剣な眼差しで見つめた。
「樫藤さん、何かな?」
「鴨志田殿には、これ以上東藤殿にお近付きになるのは遠慮して頂きたい」
「えっ、どう言う事?それって、東藤君に近づくなって事?」
「そう申し上げました」
「何でそんな話方するの?普通に話してくれればいいのに」
「これは仕様であります」
「意味がわからないけど、何で東藤君に近づいちゃダメなの?」
「東藤殿は、その身に死を纏っております。これ以上の接触は大怪我を致しますぞ」
「それって、メイさんが言ってた事?私、聞いたよ。メイさんから昔の話」
樫藤穂乃果はその返答が意外だったのか少し思案して言葉を発す。
「メイファン殿と東藤殿は同じであります。メイファン殿の話を聞いて何故、東藤殿の側に近寄りますか?普通の人間では遠ざかるものと思いますが?」
「私が聞いたのはメイさんの事だけ。東藤君の話ではないわ。でも、東藤君も同じだって事はよくわかる。樫藤さんも何かわからないけど、東藤君たちに近い存在なんでしょう?だから、私のことを心配してくれたんだよね。でもね、それでも私は自分で選んでそうしてるの。それってダメな事?」
「そうでありましたか……私は少し鴨志田殿の事を見誤っていたようです。ですが、お覚悟だけはお持ち下さい」
「そうだよね。私みたいなのが東藤君達のいる場所なんかわかりっこない。でもね、私達は今こうして普通に暮らしているの。その生活だってきっと東藤君達の生活の一部なんだよ。樫藤さんもそうだよ。こうしてお話ししてる場所は学校で暗い世界じゃない。その暗い世界ではない部分だけでも私は東藤君や樫藤さんと一緒に居たいと思うし友達にもなりたいんだよ」
樫藤穂乃果は鴨志田結衣の言葉に戸惑っていた。
友達になりたいと言われたのは初めてだったかのようだ。
「……す、すみませぬ。少し動揺いたしました。今日はこれで失礼致しまする」
樫藤穂乃果は、小さな身体を可愛らしく動かして去って行く。
そんな姿を見て鴨志田結衣は、
「わ〜〜、樫藤さんって、凄く面白い。それに凄く可愛らしい」
鴨志田結衣は、微笑んで自分もその後に続いた。




