生き血を絞る
この世界に冬はない。
この世界ではアンナのいたドイツほど寒くならない。豚の解体は冬の仕事だ。雪がしんしんと降る真冬であれば解体した豚はまず傷むことはないのだ。
だがこの世界がドイツほど寒くなることはまずない。せいぜい秋ぐらいだ。
だが、エドワードが意外なことに助っ人をよこしてくれた。
それは麦藁のような髪をして、そばかすの浮いた頬をしたそのあたりの村娘とそう変わらない顔立ちと細っこい体形をした女だった。ただ来ているものが他とは違う。フードのついた濃い紺色のマントを羽織り、胸に宝石の印象をブローチのように止めている。
魔法使い。
魔法使いについてはかつてドイツではおとぎ話を何度か聞いた。教会の神父様は魔法使いは悪魔の手先だとお説教をしてくれた。
だがこの世界では違う。アンナがこちらで初めて魔法使いの話を聞いたときは仰天したが、周りの人間は誰も魔法使いは単に魔法が使える能力を持った人としかこちらでは認識されていないのを聞いて余計に仰天した。
悪魔と契約して魔法が使えるようになったという話を知っているものはこちらでは誰もいない。
アンナがしみじみとこの世界はアンナのいた世界ではないと実感したが、それ以上は言わない。
魔法使いは魔法を使えば何でもできるというわけではない。それにはいろいろと個人差がある。
この魔法使いは氷を作り出すことができるのだ。
魔法使いは桶いっぱいの氷を作り出してくれた。
これであきらめていた臓物を料理することができる。
こちらはとても暖かいので傷みやすい臓物は最低限しか使えなかったのだ。
まず屋外で豚を固定する。
料理するために豚を屠殺するのはこちらでも普通に行われているので、手伝いに来た村人も慣れたものだった。
桶とバケツを用意してもらう。
それらは前日のうちに奇麗に洗い清められている。保存食を作るためには衛生第一なのだ。
豚の首にゴロウアキマサが用意したというナイフを刺し込めばするりとは物は豚の皮を突き破って血管を切り裂いた。
なるほどこれは自慢するだけの腕だとアンナは感心した。
ほとんど力がいらなかった。じゃあじゃあと吹き出した血はバケツに受けておく。
「その血はどうするんだ?」
豚の死骸を気味悪そうに見ていたゴロウアキマサはバケツになみなみとたまっていく血を不思議そうに見ていた。
「決まっているじゃない、血でブルストを作るの」
「血を料理するのか?」
気味悪そうにバケツを見る。
「後で刃物の感想を教えてくれ」
いかにも嫌そうな顔でゴロウアキマサはその場から立ち去る。
「血は栄養があるけど、傷みやすくて困っていたのよ」
魔法使いも不思議そうな顔をしてバケツの血を見ていた。
「本当に血を料理するんですか」
「するわよ」
氷の張った桶に血をしばらく置いておく。
まずは肉を切り分けて、腸を掃除しなければ血を詰めてブルストを作ることができない。水を引いてもらったのは本当にありがたかった。
血のにおいが立ち込めるその場所で魔法使いは吐きそうな顔をしていた。