燻製づくり
アンナはまず人の姿を探した。
森の近くで豚の糞を掃除している初老くらいの男たちの姿が見えた。
どうやら近隣の村人が金で雇われて豚の世話をしているらしい。
牛は乳牛と耕作用だという。
定期的に豚の糞を集めて畑にまいているという。
そして、定期的に豚を街まで連れて行くのだとか。
「屠殺はここでは行わないの?」
「そんなことをしていたら豚が腐ってしまう」
どうやらここでも燻製は行われていないようだ。
アンナが、元居た村で試行錯誤を凝らしてようやくスペック(ベーコン)を作れるようになったのは少し前だ。
そうする前は一匹の豚を屠畜してその一匹を村全部で少しずつ分けて食べていた。そのため豚を食べられるのは一月か二月に一食のみだった。
アンナが豚を燻製にすることで、村の人間は豚を食べる頻度が上がった。
そして、長時間保存できる豚肉として、ほかの村に売り歩きそれなりに収入を上げていた。
その技術は村だけの秘密になっていたが、村から売り飛ばされたアンナがそれを守る必要はないだろうと判断する。もともとアンナが教えたものなのだし。
「長時間豚を腐らせない技術があるのよ」
その言葉に男たちは眼をむいた。
生肉は腐りやすい、せいぜい塩漬けにする程度だがそれでも限度がある。長時間大量の塩に漬けておけば塩辛くて食べられたものではない。
「それで、頼みたいことがあるんだけど」
アンナはまた繰り返すかと少しだけうんざりした。
アンナが燻製を作ろうとした時も家族からさんざん妨害されたのだ。曰く食料を無駄にするなと、むしろきちんと保存処理しないあっちのほうが食料を無駄にしているとアンナは思っていたのだが。
戦いの末、スペックを完成させた後は割と好きにさせてくれた。
燻製を作るためには肉を覆うための箱が必要になる。それも下に熱源を置くのでそれなりに高さのある箱が。
アンナのいたドイツでは小屋一つが燻製用に使われていたが、そんな贅沢は望めまい。できるだけ大きな箱を用意してもらうにとどめる。
そして熱源用の小型の焜炉、この仕組みでは熱燻しかできないが。温燻や冷燻は後日の課題として取っておくことにしよう。
アンナの依頼はすぐにかなえられた。あとは血を受けるための容器などもいると言えばあっさりと用意する。
「あの、随分と物分かりがいいようだけど」
「上からのお達しで、お嬢さんの言うことには決して逆らうなと言われているんだ」
あっさりとそう言われてアンナは困惑した。
思ったより重大なことを任されているんじゃないだろうか。
そうは思ったけれど、まず道具をそろえなければ。
翌日ゴロウアキマサが来た。
ゴロウアキマサの背丈はアンナより少し高いぐらいだが、顔に似合わず腕などは筋骨隆々としている。
長袖の服を着ていると目立たないが、今日は腕まくりをしている。
「刃物は試したか? 俺が鍛えたのだが」
わくわくとした顔であの大量の包丁の使い心地を訪ねてくる。たった一日であの大量の包丁を試せるわけがないのだが。
「後、足りないのは口金ね、小型のあれみたいなやつなんだけど」
アンナは漏斗を指さす。大きさはこれくらい?
そう言って地面に小枝で書き記して見せた。
次郎アキマサはしばらく考え込んでいたが任せろと行ってしまった。
これからいよいよ豚を捌く。