赤い髪の貴公子
アンナは随分と立派な屋敷に連れてこられた。
竜に乗せてもらえる日が来るとは思っていなかった。
この屋敷で出立の準備を整えて、アンナは遠い街まで連れていかれるのだという。
家族は一袋の金であっさりアンナを売った。
それを恨む気持ちはない。過去の家族にこだわってアンナ自身今の家族を家族と思ったことがなかった。
そしてアンナを連れに来た赤毛の青年がアンナをずいぶんと豪勢な部屋に案内してくれた。
壁には細かい模様のついた壁紙が貼られ、椅子とテーブルの脚には何やら厳かな彫刻が施され、そしてアンナは晴れ着にでも使ったことのない上等な布が椅子の背もたれと座面に貼られている。
そして奥の部屋には寝室だと言われた。しかし貧乏性のアンナはその寝室を覗き込むのが恐ろしかった。
普通の二倍人生を生きているが、こんな豪勢な部屋は見たことがない。
「グエンダ?」
そう話しかけてくる。その白皙の貴公子という肩書が見えそうな赤毛の青年をアンナはどこか胡散臭いと思っていた。
「アンナと呼んでください」
グエンダという呼びかけはずっと拒否していた。意地になっていたのだと思う。
「それはそれは、フロイライン」
その言葉はアンナの知る抑揚と少し違う。だがアンナの国の言葉だ。
「ああ、ドイツ語は苦手なんだ、こちらの言葉で会話しても構わないか?」
そういわれてこくこく頷いた。
「ウィルファ、とこちらでは呼ばれている、元はイギリス人で名前はエドワード、君は元ドイツ人だったようだな」
アンナは無言だった。
自分と同じような人間がほかにいるとは聞いたことがなく想像すらしたことがなかった。
からからに乾いた喉からようやく絞り出したのは情けないほどかすれた声だった。
「他に私のような人はいるの」
「ここは僕の別邸なんだ、本部は首都にある。そこに皆いるからその時紹介するよ」
みんなということは最低でも四、五人はいるということか。
「いったいどうして私を連れてきたの」
すでにほかの仲間がいるというならアンナまで連れてくる必要があっただろうか。
「それはあちらについてから教えるよ」
そしてウィルファ、もしくはエドワードは扉を閉めてアンナを豪勢な部屋に残して去ってしまった。
もう家に戻ることはできないだろう。家に戻ってもあの金貨の袋を取り戻されると追い出されるのがおちだ。
アンナに何ができるのだろう。
かつての人生では母国語の読み書きくらいはできた。でもこの国の言葉で読み書きはしたことがない。
子どものころ神父様に習ったけれど、こちらの聖職者はそれほど勤勉ではないようだ。
アンナができるのはかつても今も簡単な家事ぐらいだ。
そうするとできそうなのは女中奉公ぐらいだが、女中候補をこんな豪勢な部屋に泊まらせるだろうか。
いくら考えても分からない。疲れたのでその辺の椅子に座るとものすごい勢いで体が沈んだ。