闇砂航路
「さあて、正胤ぇ? アンタどうすんだぁい? 新堀小路家に戻る、いや乗っ取るのかぁい?」
「もう、戻れませんよ。それにお嬢、いやラグナさんのもとを離れたくありません。」
「ふぅん? 分かってんじゃないのさぁ。アンタは一生アタシのモンさぁ。戻ると言えば殺してたところだよぉ。いい子だねぇ。」
「それよりも、せっかく来たんですからアレ、着てみませんか?」
正胤が指差す先に見えるのは花嫁衣装。白無垢だ。
「アタシに似合うとでも思ってんのかい! 赤無垢ならさぞかし似合うだろぉねぇ。何百人と寝て、何千人殺したか分かんないんだからさぁ……」
「ラグナさん、あなたは美しい。本当にそう思う。だから着てください。僕のために。」
「ま……正胤……アンタ本気、いや正気かい……? アタシの体が……手が……どれほど汚れてると思ってんだい……宰相を支配してるって話も嘘じゃないんだよぉ? あのド変態をさぁ……」
「そんなことは知りませんしどうでもいいんです。僕が考えているのは、あれを着て欲しいってことだけです。さあ、早く!」
「ま、正胤……アンタ……本気で……」
当然とばかりに衣紋掛けから白無垢を引っぺがし、ラグナの肩に掛ける正胤。
「似合ってます。ラグナさんの白い肌に白無垢。その上に燃えるような赤い髪……我が国の国旗のように美しいです。」
「アタシぁ……どこの外国の生まれとも知れねぇ身でさぁ……物心ついたときからレイチェルと二人でさぁ……」
「ラグナさん……僕らは同じ日本人ですよ。これからも、どこに行っても、ね。」
「ふっそうか、そうだねぇ。日本人だぁねぇ。」
この時ばかりはさすがのラグナも輝かんばかりの将来に目が眩んだと見えた。背後で動くレイチェルに注意を払うこともなかったのだ。
「アタシんだ……男も……食い物も……花嫁衣装も……全部……アタシんだぁぁぁーー!」
簪を構え、背後から突き刺さんばかりに突進するレイチェル。白無垢に包まれたラグナは身動きが取れない。
「ラグっ、なば……」
「正胤ぇ!」
とっさに身代わりになった正胤の腹部に、簪が突き立てられた……
「ひ、ひひ、あ、アンタが悪いんだ……アタシを満足させないから……ラグ姉なんかに靡くから……あ、アタシぁ悪くないよぉ……」
「くぉのぉレイチェルぅ! 死ねぇ! 四つに分かれて死ねやぁーー!」
「ま、待ってください……」
ラグナを止める正胤。
「レイチェル……君に寂しい想いをさせたのは、僕が悪かった……刺されても仕方ないよ……」
「正胤、分かってくれたのぉ!」
「ああ、分かっているとも。君を一人にした僕が悪かったんだ。もう一人にしないよ……」
「うん、うん! 正胤! ずっと一緒だよぉ!」
「だから先に逝っておいてくれ。後で英嗣も送るから。」
「え? 英嗣もっぐぶぅぅ……」
正胤はその手でレイチェルの細い首を絞め、へし折ってしまった。そのまま気を失っている英嗣の首も踏み折った。
「正胤……帰るよぉ。アタシ達の家、ニコニコ商会にさぁ。」
「ええ、帰りましょう。僕と貴女の新居へ……」
それから二ヶ月も経たずに、ラグナ達の組織は潰された。いや、ニコニコ商会だけではない。国中の闇組織、ヤクザ組織など、全てが対象となり粛清の嵐が吹き荒れた。もちろんキッカケは正胤が起こした事件の所為だが、国の本音としては近代化を図るこの時期に目障りなゴミが街に転がっているのは好ましくないためだ。
新装備に身を固めた軍隊の演習がてら力押しで軒並み壊滅させられてしまった。区画整理のためにも都合がよかったのだ。
ニコニコ商会の面々、スラムにのたくるならず者、渡世人、浮浪者、乞食、孤児、夜鷹。誰もいなくなった。ある者はその場で殺され、ある者は鉱山送りとなった。人足寄場や屯田兵として北方に送られた者もいる。なぜか監獄行きになった者は一人もいなかった。
そしてラグナと正胤は……
「船旅も悪くないもんだねぇ。」
「そうですね。」
「ところでこの船ぁ何てぇ名前だったかぃ?」
「姦淫丸ですね。ラグナさんが名付けたんじゃないですか。」
「ふっ、そうだったかねぇ。オラぁ船長ぉ! 揺らすんじゃないよぉ!」
「はいぃ! 喜んでぇぇーー!」
ラグナが暴言を吐き、鞭を振るうたびに船長や船員がおかしくなっていく。隙あらばラグナの足元に転がり込み、踏まれようとするのだ。邪魔だと蹴飛ばせば喜び、臭いんだよぉと文句を言えばお礼を言われる。二人は変な船をジャックしてしまったものだと当惑している。
そんな一団の行き先はメリケン国。世界に覇を唱える大国である。ラグナと正胤、二人の冒険は始まったばかりだ。
これにて完結です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
第一話を酔った勢いで書いてしまったばかりに後が大変でした。
本当の極悪令嬢は誰だよって話ですね……




