沈平男娼
突如現れた女怪は正胤ほど背は高くなく、一見して平凡な体型かと思われた。しかし、よく見ると大きく露出した胸元、引き締まった腰元。腰ほどまである切れ目からは大胆にも白く細い脚が覗いている。そのような女性特有の洋装を総称してドレスと呼び、その大きな切れ目をスリットと言うことを正胤は知っていた。
「そいつが噂の新堀小路の坊ちゃんかぁい? かわいい顔してるねぇ。ついて来なぁ。遊びに来たんだろぉ?」
「あ、姐さん!」
「チャス!」
「うす!」
「ごくろっす!」
「ざあっす!」
次々に頭を下げるならず者達。
「エゲレスはレッドスチュアート製の限定ドレスですか。よくお似合いですよ。」
「てめっ! 姐さんに何て口を!」
「テキトーこいとんじゃねぇぞ!」
「どうせ節穴だろぉがよぉ!」
「殺すのぁ後じゃあ! 先に髪と歯を抜いてやらぁ!」
「分かったら死んどけやぁ!」
「黙りなぁ。こいつぁアタシが貰うよぉ? 文句ぁないねぇ?」
「へいっ!」
「存分に!」
「で、でも、死体の処理するのって……」
「いつも俺らばっかり……」
「たまにはきれいに遊んでくださいよぉ……」
ラグナが軽く手を振ると、三人のチンピラの耳、耳、鼻が鮮血とともにポトリと落ちた。
「アタシの遊び方に文句があんのかぃ?」
「な、なな、ないっす!」
「そりゃあもう! 姐さんのお好きにされちゃってくれせぇ!」
「あがなぁざさみみかぁ!」
「はなぬつぉぬぉー!」
「みみなあてのへるぅー!」
「って訳さぁ。来なぁ、坊ちゃんよぉ。アタシと遊ぼうじゃないのさぁ?」
死体の処理。確かに正胤はそう聞いた。しかし、どうでもよかった。目の前にいる女性の溢れんばかりの艶、それに比べたらとるに足りないことでしかないのだから。
「おい……何でここに姐さんがいるんだよ……」
「知るかよ……」
「せっかくよぉ、売り飛ばしたらいい銭になるかと思ったのによぉ……」
「だよな……」
「姐さんが遊んだ後じゃあどうにもなんねぇ……」
「姐さんってそんなに怖いんすか? あんなにキレーなほに?」
「あー、おめー新入りかよ。姐さんは男の趣味が厳しーんだよ!」
「そーそー。ちっとでも勃ちが悪ぃーと殺されるし、下手くそでも殺される。要は気に入らねぇーと殺されんだよぉ!」
「ってこたぁこの皆さんって姐さんのお眼鏡に叶ったってことなほですか?」
「なわけねーだろ……」
「聞いた話に決まってんだろ……」
「俺らは結局姐さんが四つ斬りにした死体を処分するだけよぉ……」
「あぁ……やだやだ……」
正胤はラグナの後ろを歩いていた。
「なんでここに来たんだいぃ?」
「あなたに興味が湧いたからです。」
「へぇ? どんな興味さぁ?」
「まずは美女であること。次に洋風のその名前。お国はどちらですか?」
正胤は嘘をついている。汚いならず者からの情報に『美しい』はなかった。
軽く手を振るラグナ。正胤の右耳の上端が少し切り落とされた。
「国だぁ? あんたが知る必要なんざねぇのさぁ。で? アタシが美女だと知ってどうすんだぃ? 相手でもして欲しいってかぁ?」
「近いですね。僕を鍛えて欲しいのです。性技百八手、即ち『性道』を極めんとしているからです。」
「ふぅん? お偉いさんの考えることぁ変わってるねぇ。百八手? 最近のガキぁ正常、後背、騎乗の三手もありゃあ事足りるってのにさぁ。まあいいさぁ。おもしろそうだから命だきゃあ助けてやるさぁ。せいぜいアタシを満足させることだねぇ?」
「男の価値は女の満足。存分に尽くしたいと思います。ただそんなことより、ラグナさん。」
「何だぁい?」
「あなたは美しい。帝の姫君が裸足で夜逃げするほどに。」
ラグナは再び手を振り、正胤の左耳朶が切り落とされた。
数時間後、正胤は憔悴しきっていた。
「ふぅん? アンタ意外に才能あるねぇ。ギリギリ合格だぁ。しばらく飼ってやるよぉ。ちっとでも役に立たない時ぁ四つ斬りにするからねぇ。せいぜい気合入れて務めるんだねぇ。」
自分はこれからどうなるのだろうか。半ばどうでもいいことなので、疲労に身を任せ考えるのをやめた。昨日からまともに寝ていないため、もう意識が途切れそうだ。
「誰が寝ていいって言ったぁ! そこのタオルを濡らして絞ってアタシの体を拭くんだよ! さっさとしなぁ!」
「はい、ただいま。」
慣れぬことのはずなのだが、手際よく務める正胤。
「いい手つきじゃないのさぁ。せいぜいかわいがってやろうかねぇ。」
「ありがとうございます。やはりあなたは美しい。」
ラグナが手を振ると、正胤の左耳朶はさらに短くなった。