年末特別編◆◆勘三と除夜の鐘◆◆
本年もお世話になりました。
あわせて、お読み頂きありがとうございます。
年末特別編をアップいたします。
出来れば感想なり一言頂けますと、お年玉的に嬉しいかぎりです。
よろしくお願いいたします。
「いやあっ!課長ぉ!今年も営業実績は断トツでしたねぇ!」
ふん、お前らはせいぜい「並」か「並の少し上」程度だろうが。
目の前には『焼き鳥の串盛り』、『フグの唐揚げ』、『刺身の舟盛り』等が並んでいた。
全て俺の営業報償金で賄われる。
まあな、独り身だし金なら銀座に土地を買えるほど稼いだからな。
「裏島。」
「はいぃっ!」
「お前は俺の課じゃぁ最低の成績だ。」
「はいぃっ▪▪▪」
「課長、それでも裏島はノルマをクリアしています、それに我々の書類チェックを一手に引き受けて裏方としては無くてはならない存在です。」
「出戸先輩ぃ!」
「まあ顔は気持ち悪いけどね。」
「うるさいデカ尻!」
「うるさいのはあんたでしょ!このゴブリンっ鼻!」
「ああ臭い、いくら体臭がキツいからって香水付けすぎなんですよ!」
「こらこら、裏島君、女の子にそんなこと言っちゃ駄目よ。それから風利ちゃんも口が過ぎます。」
「はぁい。でも須賀先輩も凄い実績でしたね!」
「たまたまよ。丸橋くんがよく手伝ってくれたから。」
「丸橋先輩は須賀先輩にぞっこんですからね!」
「田!田浦!ななな、何をぅおぅおぅ▪▪▪」
「ありゃりゃあ、田浦くんの考え無しな行動ですぅ。」
「それでもお客さんに可愛がられるのよねぇ?
紹介数じゃ、課長を超えてるからね。」
「そ、そんな、風利さん、課長は紹介なんか無くても断トツですから。」
「ふん、いいから飲め、食え、焼き鳥は熱いうちに食え。刺身は冷たいうちに食え。もちろん唐揚げも熱いうちに食うんだ。」
「勘三、今年も稼いだようだな。」
そう言いながらやって来たのはこの店の店主「縁押」だ。
こいつは中学からの腐れ縁だ。
料理の腕だけは抜群だ。
頭は綺麗に禿げてるがな。
「ボッタクリ居酒屋の店主か▪▪▪」
「おいおい、ご挨拶だな?
ほれ、ご希望の『蟹盛り』だ。」
縁押は、木製の大きなボウルに極太の蟹脚をタワーのように組み上げて持ってきた。
レストランのサービスで『シーザーサラダ』を客席で和えて取り分けてくれるサービスがあるが、それに使われる一抱えもある木製のボウルだ。
それにズワイガニの脚だけを立てて山のように盛り付けている。
「キタァァァァァッ!(ハモる)」
「毎年これが楽しみなのですぅ!」
「ウンウン!これだけはキモ島に一票!」
「食べ応えならタラバですが!やはり旨いのはズワイですよね!」
「そうね出戸さん。私もズワイが好き!」
「でも鞍部さん▪▪▪
一緒に食べたかったな▪▪▪」
「そうですねぇ▪▪▪
毎年楽しみにしてましたからねぇ▪▪▪」
「課長!なんで止められなかったんですか?
課長の右腕だったじゃないですか!」
「丸橋くん、それは言っちゃ駄目よ。
鞍部さんも義理が有ったのよ。」
ああ、済んだことだ。
まあ、縁がありゃぁまた戻るだろ。
「おめぇら?」
「▪▪▪」
「蟹食いたくねぇヤツは帰れ。
食いたいヤツは無駄口叩くな。
いいか?誰にだって事情はある。
鞍部はきっちり筋を通した。
なら良いじゃねぇか?
お前らのセンチメンタルに付き合ってたら道は切り開けねぇ。
おめぇらもそうだ。
請われたなら受けろ。
ここで何時までも安穏としてんじゃねぇ。」
「僕は嫌です!鞍部さんは鞍部さん!僕は僕です!
僕は勘三組のメンバーで居たいんです!
ここが良いんです!」
「私もそうですぅ!課長の元に来るまでは、何処でもお邪魔虫、お荷物扱いですぅ、課長が私の力を引き出してくださいましたぁ!
他でなんか働けませんんっ!」
「んんん▪▪▪」
「私もね、ほらこの業界って女の能力を認めたがらないじゃない?」
「そんなことは▪▪▪」
「いえ、丸橋くん。表向きはそうだけど、実際に女性が役員になっている事例は少ないわ。
実際に『女だてらに▪▪▪』なんて陰口を何度も聞いているわ。」
ちっ、仕事の話はするなっつったろうが▪▪▪
「もう止めろ。」
「課長!」
「いいか?もう一度だけ言うぞ?
酒や飯の席で仕事の話はするな。
冷たいものは温くなる、熱いものは冷める、新鮮な魚が乾く、ビールの泡が消える。
な?
お前らは目の前の食い物や飲み物に失礼な振る舞いをしているんだ?
仕事の話は職場でやれ。
わかったか?」
「▪▪▪▪▪」
「わかったかっ!」
「はい!」
ハモるな。
「じゃあ食え!」
「いっただっきまぁぁぁす!」
「これこれ!やっぱりズワイが旨いですね!
身をほじるのが少々難儀ですが▪▪▪」
「あ▪▪▪」
「▪▪▪出戸▪▪▪」
「待って!待ってくださいぃ!出戸さんは今年の春に転勤して来られてますから!
今!今私が教えますから!」
「ふん▪▪▪」
「ええと!出戸さん、ズワイはですねぇ、ここをこうして折るのです。
そして引っ張ると▪▪▪ほらぁ!」
裏島が見せたように、ズワイの脚は、関節と関節の間、先端に近い方から1/4付近をパキッと折る。
で、ゆっくり引き抜く。
『デロン』と身が抜けてくる。
それを口を上に向けて頬張る。
「▪▪▪▪▪▪▪!
こ、これわっ!」
「ね?出戸さん、蟹スプーンなんかでチマチマほじくってたらこの食感は得られませんでしょぉ?」
「ふぁいっ!これは!んまいっ!」
「て!店長!」
「なんだ?丸橋?」
「こ、この海老はボタン海老じゃないじゃないですか!
色が黒いです!
ボタン海老楽しみにしててのに?」
ん?
あ、本当だ▪▪▪
ちらりと縁押を睨む。
「まあ、食ってみろ。
俺がおかしなもの出すと思うか?」
そう言うならな▪▪▪
見た目は、そう、車エビのように黒っぽい、っつうか身がグレーだ。
間違いなくグレーだ。
食欲をそそられる色じゃぁねぇが▪▪▪
チョンと気持ちだけ醤油を付ける。
とりあえず一口目にはワサビは使わねぇ。
ふん、確かに食欲をそそられる色じゃぁねえが、艶々と甘そうな照りが有るな。
では、一口▪▪▪
!!!!!!!!
甘い!
単純に甘さだけならボタン海老のほうが甘いのかもしれねぇ▪▪▪
だが、ボタン海老には無いこの『プリプリ感』!
一口噛むとプリッと弾け、そして甘さが舌の上で躍りながら溶けて染み透る▪▪▪
『至福』▪▪▪
「うめぇだろ?『天使の海老』っつうんだ。
実は養殖なんだよ。
パプアニューギニアで養殖されてる。」
「まぢか!」
「ああ、刺身はもちろん!火を通しても旨い。」
こりゃ驚いた。
刺身ならボタン海老の右に出るものはないと思っていたが、そんな先入観ぶち壊された。
「ほんと!美味しい!」
珍しく須賀がガメる。
「あ、あ、あ、須賀さん!」
「ちょっと待ってよ!須賀さんが自分の分を真っ先に取るなんて!そんなに美味しいの?」
「ヤバい!ヤバいっす!」
「ああ!田浦!取りすぎ!」
「早い者勝ちです!」
「縁押?」
「なんだ?」
「酒。」
「ああ、良いのが有るぜ。」
そう言って縁押が出してきた一升瓶のラベルには『日本酒度+20』と書いてあった。
「宮城の酒だ。このド辛口は海鮮に良く合う。」
昔、和歌山の酒でそれこそ『ど辛口』ってぇ名の酒を飲んでいた。
元寿司屋だっつう居酒屋の親父が勧めた酒だ。
それに匹敵する。
旨い。
それを『天使の海老』と合わせる。
!!!!!!
雷に打たれた!
そう言っても過言ではない。
なんだ?
このマリアージュは?
いや、刺身と日本酒ならではだろう。
「課長▪▪▪」
「あ?声に出てたか?」
「はいぃっ▪▪▪」
「うめぇぞ。やれ。」
「はいぃっ!」
この酒、ズワイとも最強。
揚げ出し豆腐なんてぇのも抜群に合うな。
「これで来年も頑張れますぅ!」
「そうね、それも仕方無いから同意するわ。」
「僕もやりますよ!」
「ここに移動になって良かったです!」
「でも、鞍部さんと鈴切田さんか居たら▪▪▪」
「もう言うな。」
「はい。」
「おめぇら、残すんじゃねぇぞ?」
「もちろんです!」
ハモるな。
◇◇◇
「ねえ裏島▪▪▪」
「なんですか?」
「課長と須賀さんって▪▪▪」
「それ以上は野暮ですぅ。」
「須賀さん▪▪▪」
「丸橋先輩は須賀さんが▪▪▪」
「裏島!出戸!田浦!もう一件行くぞ!」
「え?待ってよ?私は?」
「バカやろう!男だけの付き合いってぇもんが有るんだよ!」
「ああ▪▪▪風俗ね▪▪▪」
「身も蓋もねぇこと言うな!」
「僕は行きませんから。風利さん、お洒落なBarが有るんです。行きませんか?」
「あら?田浦?私を口説くの?」
「な、な、な、何を▪▪▪」
「冗談よ!スケベはほっといて行きましょ!」
「だれが!?!?!」
「あんたたちの!?!?!?」
「ああ、今年もよい年でした。
課長、来年もよろしくお願いしますぅ。」
「あ!除夜の鐘▪▪▪」
五人は立ち止まり耳を傾けた。
年明け、彼等の前に勘三が現れることが無いことを、皆まだ知らない。
◇◇◇
「勘三さん▪▪▪」
「ああ、来るのか?」
「良い?」
「好きにしろ。」
『▪▪▪▪▪▪』
「あ、除夜の鐘。」
ふと須賀の右手に有った勘三の手の感触が消えた。
「勘三さん?」
須賀の視界から隣に居たはずの勘三の姿が消え去っていた。
「勘三さん!
勘三さん!勘三さぁん!」
◇◇◇
何か悪い夢なのか?
そんなに飲んだか?
こいつ?
ミノタウロス?
いやいや、ファンタジーか?
「ブモォゥッ!」
牛頭が振るった大降りの青龍刀は、問答無用で俺の頭を水平に切り飛ばした。
了




