◆◆⑫眠るエルゼとアンブロシウス◆◆
打ち捨てられた。
分かっていたことです。
そもそもただの『物』でしかありません。
ガストーネが出て行く際に、自我を維持するギリギリの呪力しか守れませんでした。
鏡の姿となり、身動きする術も無かった。
あとは眠るだけ。
日々の空を映しながら、錆びて朽ち果て、何かに踏まれて粉々になり、風に乗り飛ばされ、土に埋もれる。
楽しかったな。
本当に短い時間だった。
皆元気なのかな?
ウラジミールさんとフロリネさんは楽しく喧嘩してますか?
ディートヘルムさんは?
ポスカネルさん▪▪▪
「気になるなら自分で見てみろ。」
そう言われ、無造作に掴まれて持ち上げられました。空間を通り抜けたのでしょうね。
独特の擽ったさが有りました。
ああ、また拾ってくれたのですか?
もう役に立てないかも知れませんよ?
「グダグダうるせぇ。しばらくここで寝てろ。」
何処でしょうか?
丸太小屋のような部屋、暖炉が有りますねぇ。
「頼むぜ。」
「ああ、任せな。」
「ふん、やっぱりその方が似合いだよ。」
「五月蝿いねぇ。さっさと行きな。」
チラリと私に視線を向けて、その人は出ていきました。
ああ、眠いですね▪▪▪
「ゆっくりお休み、また働く時が必ず来るからね。その時まで眠れば良いさ▪▪▪」
遠くに、遠くに声が聞こえました。
ああ、先程の不安と絶望の眠さではありません。
必ず朝が来ると教えられたからですか?
心地好く眠れ▪▪▪そ▪▪▪
◇◇◇
「どうしてもですか?」
「諄いな。」
「分かりました、貴方のその力には、ただの機械では太刀打ちできないでしょうから、ここは一旦下がります。
ですが、近々再度お目にかかる事になるでしょう。」
「つまりこの道を作った奴を連れて来るっつぅんだな?」
「ご想像にお任せいたします。
ですが、負けるつもりで来る訳ではないとだけご理解下さい。」
「面倒だな?今ここでぶっ殺したほうがサッパリするが?」
「それでは貴方が面白くないのでしょう?」
「ふん、違ぇねぇ。」
カスパルは、機甲師団を撤退させた。
意外にも軍は戸惑うこともなく、粛々と下がり始めた。
「▪▪▪」
「ご主人様ぁ?よろしいのですかぁ?」
「少しは骨の有る奴が居れば暇潰しになるかもしれんからな。」
「余計な事とお叱りを頂戴するかもしれませんがぁ?」
ギュッ!と音がするほど拳を固く握りしめてウラジミールの鼻先に付き出した。
「いえいえ、これは真面目にお伝えしたいのです!」
「▪▪▪」
で拳を解く。
「この山の切り口は、ご主人様の記憶に照らし合わせますと、『超音波』と呼ばれる振動に依るものだと推察致します。」
「▪▪▪理由は?」
「はいぃ、一見ツルツルの断面に見えますが、撫でてみると微妙にギザギザとした感触が有ります。
これはぁ、刀等でスパッと斬った物では無いと言うことです。」
「▪▪▪超音波の理由は?」
「はいぃ、ニューラント方向から微妙な放射状のギザギザになっているので、何かを発生させて上下に振ったのだと推察致しましたぁ。であれば、『超音波』もしくは▪▪▪」
「もしくは?」
ウラジミールの考えは、それこそこの世界でならではのものだ。
つまり、『科学』ではないと言うことだ。
それが何なのか?
カスパルを待つしかねえんだろうな。
◇◇◇
「ここは▪▪▪」
目を覚ますと丸太小屋のような部屋だった。
隣には軽い寝息をたててエルゼが眠っていた。
「起きたのかい?」
「はい、御迷惑をお掛けします▪▪▪
貴女は?」
「小物屋の婆だよ。」
「▪▪▪いいえ、でも▪▪▪そうですね▪▪▪」
ああ、そうか。助けてくれたのね。
でも、エルゼは▪▪▪
「強い娘だね▪▪▪戻れないのを覚悟して意識を残しちまったみたいだね。」
「!」
「ああ、目覚めないよ。もう、目覚めることは無い▪▪▪」
涙が視界を暈し、エルゼの穏やかな寝顔が滲んだ。
「うっ▪▪▪」
温かいお湯とタオルを置いて、家主は出ていった。
「ご、ごめんね▪▪▪」
軽やかな寝息を立てているエルゼに頬ずりした。涙がエルゼの頬を濡らした。
◇◇◇
本当にバカだな。
バカだな▪▪▪
だがな、バカは嫌いじゃねぇんだ。
まあ、少し休んでろ。
また美味い魚を食わせてやるからな。
◇◇◇
「左様か。カスパル?」
「Ja! Meine Königin!」
「その男、面白いねぇ?
駒に欲しいねぇ?」
「お言葉ながらMeine Königin!、あの男は危険です!鎖に繋がれて安逸を貪る輩では無いと思います!」
「カスパル?」
「Ja! Meine Königin!」
「主は妾の言葉に逆らうのかえ?」
「い、いえ!決して!」
「なら言う通りにしてたもれ。先ずは此処に連れて来るのじゃ。吟味は妾が。差し出がましい事を言うのは止めてたも。」
「Ja! Meine Königin!」
「ふ▪▪▪」
部屋を出ていくカスパルを見る目は、細く、冷たく、酷薄だった。
「言う通りにすれば良いのじゃ▪▪▪
妾に意見するには一億年は早いのじゃ▪▪▪」
ガンゾウが見たなら直ぐに分かったであろう。
十二単。
この世界に存在していないはずの衣装だ。
そして『大垂髪』。
平安時代の公家の髪型だ。
「ココココココ▪▪▪」
狐が笑うかのような笑い声。
細身の顔に異常につり上がった目。
この女はニューラントの女王、名をタマコといった。
転生者であった。
◇◇◇
「でもさぁ?ポスカネルゥ?」
「はい?」
んん?あまり詮索するのもだけど▪▪▪
「ポスカネルってさぁ、『魔王候補』って呼ばれてたんでしょ?
確かにその石化能力は凄いけどガンゾウや、そのガンゾウにコテンパンにやられたガストーネにも及ばない気がするのよ?」
「そうですねぇ、でも私から『魔王候補』なんて名乗った事はありませんし、そこに参戦する気持ちも有りませんからね。
海に潜っていてたまたま蛇が目覚めてしまった時に、不幸にも石になってしまった人間の噂でしかないと思っていますから。」
「そっかぁ▪▪▪
でもさ、そうすると『魔王候補』って誰なんだろうね?今のところガンゾウに太刀打ちできるのが居なさそうだし、でもガンゾウはその気が無いみたいだしね。」
「ええ、そのガストーネですが、その後どうなったのかご存じですよね?ガンゾウさん?」
「▪▪▪」
「ガンゾウさん?」
まあ、隠しておかなきゃならないことでも無いからな。
俺達はカスパルが退いた後、近場の森にキャンプを張った。
豊かな森で、流れる川には尺物のイワナ的な魚がウヨウヨいた。
時期的に木の実やキノコも豊富に有り、極めつけは見事な『鹿』が居たことだ。
もちろん仕留めた。
ブラウリオの弓で一発。
凍結の呪をかけた矢は、見事に鹿の首筋に命中し、鹿を瞬時に絶命、凍結させた。
「加減が難しいですね。」
などと言いながらも一発で仕留めたことには自慢げに鼻息を荒くしていたな。
「ああ、まあなんだ、エルゼの身体からは無事に野郎を引き離せたがな▪▪▪」
「?」
「あのバカは野郎の意識に潜り込んだまま行っちまった。」
「で、ではエルゼ様はぁ?」
ウラジミール▪▪▪
泣くなよ▪▪▪
青っぱなが汚ねぇぞ▪▪▪
「ずびっ▪▪▪」
啜るな▪▪▪
「エルゼは目覚めねぇ。眠ったままだ。」
「▪▪▪でもベルギッタみたいに飲まず食わずで居られないから死んじゃうわよ?」
ああ、フロリネ、その通りだがな▪▪▪
「まあ大丈夫だ。大丈夫なようにしてある。」
「▪▪▪ぼんどでずがぁ?ごじゅびんざばぁ?」
だから青っぱなが汚ねぇって▪▪▪
「それでガストーネは?」
「ああ、バルブロを逆に飲み込んで、骸骨野郎を絞めて南に飛んだみてぇだな。
まあ、大分パワーアップしたみてぇだからな。
次に会うときは楽しませてくれんだろ?」
何故パワーアップしたのか知ってるのかって?
秘密だよ。
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