◆◆⑪ガンゾウと未知の力◆◆
『ガタガタガタ、キュルキュルキュル▪▪▪』
ああ、ドイツ機甲師団か?
明らかにこの世界とは異質な『戦車』が群れを為して行軍してくる。
キャタピラが地面を噛む音、土煙、ゲートルを巻いた男達の足音。
おいおいおいおい▪▪▪
これは何だ?
「ご主人様ぁ?」
「ああ、ちょっと待て。」
そう言って一人で軍隊の正面に歩を進めた。
止まらねぇならぶち破る。
と、思っていたのだがな。
50メートルほど手前で止まりやがった。
派手に葉巻を噴かしてやった。
「退いてはくれぬか?」
先頭の戦車のハッチから上半身を出した男は、明らかにゲルマン民族の様相だった。
白金の輝く髪を短く切り脂で固め、晴天の青空を思わせる碧眼は、天使の親戚かと思わされる。
そして透き通るように白い肌。
確かにニューラントの国民は白い肌をしているが、目は灰色で、髪は赤毛が多いはずだ。
しかもその服装▪▪▪
「おメェ?ドイツ人か?」
「▪▪▪何故その国名を?」
お?ビンゴだな?
「俺が日本人だからだよ、いや、日本人だったから、と言い直そうか。」
「日本人▪▪▪日本人なのか!」
おいおい、戦車飛び降りて相好崩して走ってきた。
純粋なゲルマン人ってぇのは成る程神々しいな。
で、そのゲルマン人が飛び付いてきた。
ハグってぇ奴だな。
「そうかそうか!友邦ではないか!この様なところで友邦に出会うなど、正に神の御導きだ!」
おう、バリッバリのナチス親衛隊の軍服だな。
「そうかそうか!いつの時代から来たのだ?私はソビエト侵攻の途中で霧に包まれて、気がついたらこの世界だった!」
「っつう事は1941年辺りか?バルバロッサ作戦だったか?」
「▪▪▪何故友邦と言えどその作戦名を知っている?」
表情が凍りついたな。
まあ、極秘の作戦だったらしいからな。
「俺が居た時代は2019年、21世紀っつう訳だな。
つまり、おメェの時代から約80年後、歴史の教科書に載っていたんだよ。」
「で、では、では我がドイツは?も、勿論勝ったのだろう?」
ああ、打ちひしがれるだろうな▪▪▪
「負けたよ▪▪▪ドイツも、日本もな▪▪▪」
「!」
崩れ落ちた。
「ウオォォォッ!」
泣くなよ▪▪▪
◇◇◇
そのドイツ人は「カスパル▪ブレゲスバウワー」と名乗った。
歴史的に知られた名前じゃねぇが、技術屋で、兵器の開発に携わっていたという。
「マイン▪プレジデントは自害なされたのか▪▪▪」
「ヒトラーな。
愛人のエヴァと一緒にな。」
カスパルに率いられたニューラント機甲師団は、意気消沈したカスパルが動かないため、山間の道で野営の準備を始めた。
ふん、まあまあ見事に鍛えられた軍じゃねぇか。
キビキビと無駄の無い動きと、丁寧に磨き抜かれた戦車。
だが戦車には砲門が付いていない。
機銃すらない。
「何でだ?」
「残念ながら良質の火薬と丈夫で軽い薬莢を作る技術が無いのです。試作で暴発を繰り返したため、開発は中断しています。」
焚き火を挟んで向かい合わせに座った。
葉巻を噴かす。
後ろではウラジミール達も野営を始めた。
▪▪▪野営ってぇよりは子供のキャンプだな。
「ふん、そうかい。で?このプリンを切ったような切り口の道はどうやって作ったんだ?こんな技術は21世紀にも無かったぞ?」
そう、異世界転生なんてぇのが最も信じがてぇがな、実際に自分もこのドイツ人も、こうしてここに居るからには信じざるを得ねぇ。
それでもこの『土木工事』は合点がいかねぇ。
どんな力が働こうが、そうそう物理的法則は覆らねぇもんだ。
俺みてぇに何でもありの力を持っていれば別だが、だからこそこの『土木工事』には、ある意味恐怖を感じる。
何故かって?
『自分に出来ねぇ事をやる奴が居る』からだ。
この世界に転生して、多くの魔物に呑まれ、食われ、そして食い返してきた。
そんな俺でも知らない能力を持つものが居るんだ?
ワクワクしながらも、未知の能力に恐怖を感じるのは、まあ自然な流れだろう?
「カンゾウなら分かるだろう?この戦車もそうだが、この世界に来て、簡単に出来る技術と、何かの意思によって遮られる技術が有るんだ。」
いや、分からねぇ。
分からねぇが目の前の異質な戦車がそれなのだろうと想像はつく。
移動の手段として内燃機関を実現できた。
しかしそれに搭載する火器の開発が儘ならないと言うのだろうな?
理論上可能な技術が為し得ない。
何かの意思によって遮られている、と思いたくもなるっつう訳だな。
「まあな、俺等が居た世界には、魔法なんて架空の夢物語だったからな。
それがこの世界には実在する。
神話の怪物『ミノタウロス』なんてぇのは、俺の稼ぎの筆頭だからな。
初めに出会ったときには、見事に棍棒で叩き潰されたもんだ。」
「?」
そうか、ただの人間だと思っているんだな。
「お前さん、この世界に転生して何か変わったことは無いのか?例えば魔法が使えるようになったとか?
因みにな、俺は何度死んでも蘇る不死の身体になっちまった。」
「▪▪▪まさか▪▪▪」
とは言いながら否定しきれなさそうなのは、自分にも何か有るからなんだろうな。
「それからな、何処に向かってるんだ?デュラデムに押し入るなら、行き掛かり上お前さんとは敵対することになる。見事な軍隊だが俺の敵じゃぁねぇ。」
そう言って左掌に火球を出した。
バスケットボール大に大きくすると、その熱で発火しそうになる。
その火を葉巻に移した。
で、閉じる。握り潰す。握った拳から煙が漏れ出る。
「不死の身体と言うのは本当なのか?」
「ああ、俺より強い奴に食われるとな、食われた細胞が食った奴の能力をコピーして身体を再構成するんだ。
今じゃ俺の出来ないことを探す方が難しいくらいだな。」
「だからこの道を作った力に興味がある?」
お、ビンゴだな。
やはりこの道は特殊な能力に依るものだ。
土木工事なら『技術に興味が有る』と言うはずだからな。
「ふん、まあ、良いさ。
で?出張ってきた理由を聞きたいものだな。」
◇◇◇
「まあまあだな▪▪▪」
何もなかった訳では無かった。
ガストーネを飲み込もうとしたバルブロだったが、結果的にバルブロがガストーネに呑まれた格好になった。
そして、それなりに能力を持っていたバルブロを呑むことによって、ガストーネの能力も飛躍的に上昇した。
数値化出来たなら目を見張るものであったろう。
ガストーネの足元には、粉々に砕かれたスタルシオンの『頭』が散乱していた。
ガストーネによって肉体を持たないスケルトンとされ、アン▪デットの呪いを掛けられたスタルシオンだった。
だが故に頭を砕かれても首の骨の上を無くした格好でさえ死ねないでいた。
「はっはぁ!頭が無くなりゃぁ声を出せねぇよなぁ?
頭が無けりゃ目も無ぇから何も見えねぇし聞こえねぇなぁ?」
そう、頭を無くしたスタルシオンは、むやみやたらと火の呪、氷の呪、雷の呪を発動していた。
初めは、無くなった感覚で目的物を探そうとしていたが、そのうち上下左右が分からなくなり、自分が立っているのかさえ分からなくなってしまった。
狂った。
そう、無限の闇と無音の世界に閉じ込められたことに気がついた時、スタルシオンは狂った。
地面をバタバタ、ガシャガシャと這いずり回り、思い出したように呪を発動し、突然止まる。
そしてまた激しくのたうち回りだす。
「ふん、みっともねぇ▪▪▪
それでもアンブロシウスを殺しかけた男か?」
それだけに見ていられなくなった。
唯一の盟友だった竜王アンブロシウス。
そのアンブロシウスをさんざん痛めつけ、瀕死の状態まで追い込んだのがスタルシオンだった。
その盟友の心臓と左目は、今でも身体の中で脈打ち、捨てた自分の左目に変わって膝下の壊れた骸骨人形を見ていた。
壊れ掛けた骸骨人形の、頭の取れた首の骨を持った。
背中の竜翼を展開して羽ばたき舞い上がった。
「手っ取り早いのは▪▪▪いや、あまり不細工なのも側に置きたくねぇな。」
スタルシオンを左手に掴み、ガストーネは南へ飛び去った。
飛び去った後には、イヴァンヌとエルゼの姿が有った。




