◆◆⑯アンブロシウスと悪い顔のアンブロシウス◆◆
アンブロシウスが言うバルブロ封印の場所、狼族が治める北方の地では、既に陵が荒らされ、結界も殆ど瓦解していた。
代々陵を護ってきた狼族は、スタルシオンが操る魍魎の侵攻に為す術無く倒れていった。
「ロボス様に顔向け出来ん▪▪▪」
既にルーベンスの周りには、戦える味方は居なかった。
陵を封印していた石板は砕かれ、結界を張り巡らせていた石柱は尽く折り倒されていた。
「死んだものに顔向けなど笑止。」
ルーベンスを見下ろしていたのはスタルシオンだった。
「そんなに詫びたいのならそこへ送ってやろう。」
スタルシオンがそう言うと、漆黒のマントがはためいた。
ルーベンスは消え行く意識の最後に、まだ年若い一人の狼族を見た。
それはほんの一瞬だった。
「タウリ▪▪▪」
息子の名を呼んだ。
それは声になっていたのだろうか?
胴体から切り飛ばされた頭の、その口から漏れ出る音は無かった。
◇◇◇
「でもさぁゴブリンっ鼻?」
「何ですかデカ尻?」
最近はこの手のやり取りをしても物騒な物が飛び交うことが無くなりましたね。
何故かディートヘルムさんが穏やかなお爺さんの表情で2人を見ていますねぇ?
「あの娘ってなかなかの呪力使いよねぇ?ゴブリンっ鼻に呪われるような弱い奴じゃないと思うんだけど?」
いや、訂正します。
お互いに爪先で小突いたり、肘を細かく当てたりしていました。
「モチロン私の力ではありませんよ?ご主人様の力だからこそですよぉ。」
おお、なかなか高速の小突き合いですねぇ。
ホントに仲良しですねぇ。
「仲良くないわよ!」
「仲良くないですぅ!」
気持ちハモりました。
「あんた達?いったい何者なのよ?あの葉巻男はどこ行ったの?」
ようやく状況を飲み込めたらしいですね?ベルギッタさん?
「ふん。まあ取り合えず顔を治してくれた事には感謝してるわ。と言っても、焼いたのはあんた達のボスだから礼をする筋合いじゃぁ無いわよね。」
「でも焼かれることになったのは貴女方が先に手を出したからですよ?
そこのところ分かってますか?」
「ふん、こっちにはこっちの事情が有るのよ。」
「そうですか。」
アンブロシウス一行は、ブラウリオ、ぺスターと別れてアゼッタの北、狼族の治める土地を目指していた。
ブラウリオは、アンブロシウス達に同行したがったが、ぺスターが、一刻も早くドミの元へブラウリオを送り届けたかった。
そのため、ブラウリオとぺスターは、竜姿となり、白竜の里へ飛び立った。
そしてアンブロシウス達は、ガンゾウ達が通った道よりも東に進み、猿族の領地を迂回するように進んだ。
そしてこの道にも砂漠地帯があった。
「ちょっと!ここはヤバイのよ?」
「何がですか?」
「私が魔力を使えるなら問題ないけど、この砂漠には巨大な蟹が住んでるの!それも集団で!」
「はい?」
「だからモタモタしてると食べられちゃうのよ!」
ウラジミールさんとフロリネさんが顔を見合わせてクスリと笑いました。
仲が良い▪▪▪
『良くねぇし!』
今度は完璧にハモりましたね。
「蟹ですかぁ?それは怖いですねぇ?」
ウラジミールさんがチラッとフロリネさんを見ましたが▪▪▪
「いやん!食べられちゃうぅ!」
完全にベルギッタさんをからかってますね。
「お!お前らぁっ!」
「きゃあこわぁぁい!」
フロリネさん?やりすぎでは?
と?急に影が落ちてきました。
ベルギッタさんがニヤリとしましたが?
ベルギッタさん?貴女も呪力を使えないなら危ないですよ?
あ、気がつきましたね?
「取り合えず逃げますか?」
「無理よ!こいつら物凄く足が早いんだから!」
そう。いつの間にか私達は巨大な蟹に囲まれていました。
◇◇◇
「早く▪▪▪早く知らせなければ▪▪▪」
もうルーベンスの遺体は確認できないほど走った。
見つからなかったのが奇跡的だった。
止めどもなく涙が溢れ出す。
「と、父さん▪▪▪」
父ルーベンスの首が飛んだ瞬間、その父の顔が、自分を見て微笑んだように思えた。
タウリは涙を拭いながら走った。
森の中を柔軟に、悔しさと悲しみを大地に叩き付けるように走った。
その姿は獣人のものではなく、正真正銘『狼』そのものだった。
◇◇◇
ブラウリオとぺスターは、白竜の里に到着した。
「帰ったぞ!ドミ様は?ドミ様は何処に?」
やれやれ、慌ただしいことだ。
到着早々白竜王を探すぺスターの後ろ姿を見ながらブラウリオは思った。
「ぺスター!ご苦労だった!そちらのかたが?」
「はいドミ様!伝承の巨大竜ブラウリオ様です。」
いやいや、まだそうと決まった分けでは無いと思うのだが?
一応紹介された手前、挨拶は▪▪▪
「青竜ブラウリオで▪▪▪」
「良くお出で下された!」
挨拶もソコソコに握手で手をブンブン振り回されました。
「さ、さ!遠いところをお疲れでしょう?本来ならば宴を催すべきなのですが▪▪▪」
「お気になさらず。」
「申し訳ない。実は事が急を要するようになってしまいました。」
「何か?」
「はい、ご説明申し上げる。あちらに国の面々を待機させています。そちらで説明させて頂く。」
ブラウリオは頷きながらも、事態が急速に動きだし始めた事に小さな戸惑いを覚えた。
◇◇◇
『ガッキィィインッッ!』
ディートヘルムさんが幅広の豪刀を砂漠ガニに叩き付けましたが、ヒビ一つ入りません。
「ウラジミィール!アァァックス!」
ウラジミールさんが呪力の糸で形づくった斧を叩き付けました。
やはり然程ど効果は無いようです。
「アンブロシウスゥ!何余裕ぶっこいてるのよ!何とかしてよ!」
フロリネさんは砂漠のど真ん中では目眩ましは使えないようで、細々と矢を放ちますが、『コン』と、虚しい音を立てるのみです。
「だから言ったじゃない!ゴブリンっ鼻!呪いを解きなさい!私が殺るわ!」
ベルギッタさんが吠えてますね。
「ダァ目でぇすよぉっ!ぜぇぇぇったい恩を仇で返されますから!」
「皆さん?ちゃんと連携しましょう? 攻撃がバラバラですよ?」
「何言ってるのよぉ!こんな奴らに敵うわけ無いじゃない!」
仕方ありませんね。
「ウラジミールさん?」
「取り込み中ですがぁ?なにかぁ?」
「はい、そのアックスの糸をほどいてフロリネさんに渡してください。」
「な!何で私なのよぉ!」
「受け取ったら得意の逃げ足で蟹の周りを捕まらないように駆け回って下さい。」
「成る程!足を絡める訳ですね?」
さすがディートヘルムさん、ブリアラリアの大将軍、戦術発想を見抜きましたね。
「はい、良いですか?足を絡めて動けなくなったら足の継ぎ目に攻撃を集中してください。動きを止めればこちらの勝ちですから!」
「わかったわ!」
「わかりましたぁ!」
「りょうかいしました!」
「ふん▪▪▪」
最後のはベルギッタさんです。
「そうそうベルギッタさん?」
「何よ鏡男?」
「今から貴女の呪力の一部を解禁します。」
「ほんとっ?」
「もちろん、我々には効力が無い制限付きですが。」
「チッ▪▪▪」
「ほらほら舌打ちしましたよ?ぜぇぇぇたい『仇で返す』つもりですよ!」
「当たり前じゃない!あんた達は敵なのよ!」
「治療しなきゃ良かったんですぅ!」
「もう遅いわよ!」
全く、子供の喧嘩ですね。
「兎に角蟹を動けなくして関節に傷を付けますからそこへ火を打ち込んで下さい。」
「そんなことしなくても私の火力で丸焼けにしてやるわよ!」
「▪▪▪出来ますか?」
「出来るわよ!」
で、ベルギッタさんの額に指を当て、制限付きで呪力を解放しました。
「見てなさいよ!」
そう言うとベルギッタさんは宙に浮かび、頭上に火球を作りました。
「巻き込まれたらごめんなさいねぇ!」
「ほらほら!これが狙いですよぉ!間接的に仕掛けるつもりだったのですぅ!」
「大丈夫ですよ、ウラジミールさん。」
ベルギッタさんは、私達に一番近い砂漠ガニに火球を放ちました。
その火球は、砂漠ガニに達すると、轟音を上げて爆発しました。
「ハッハッハァ!誰か生きてるかな?」
「生きてますよ。」
宙に浮かぶベルギッタさんの後ろに、空間窓を開き、私達はその縁に腰掛けていました。
「!」
条件反射なのでしょうね、ベルギッタさんは振り向き様に私達に火球を撃とうとしました。
その途端、ウラジミールさんの『カース(呪い)』が発動して、呪力を失ったベルギッタさんは、落ちて地面に叩き付けられました。
「グブアッ!」
ああ▪▪▪あちこち骨が折れたでしょうねぇ。
何せ『カース(呪い)』で呪力が発動しませんからねぇ▪▪▪
そこへ火球を撃ち込まれた砂漠ガニが襲いかかりましたよ。
火力だけではあの分厚い甲羅を破れなかったのですねぇ。
だから作戦を立てましたのにねぇ。
「ほんとですねぇアンブロシウス様ぁ。」
「ウラジミールさん、ご苦労ですが彼女を治癒してあげてくれませんか?」
「まぁたぁでぇすぅかぁ?」
「はい。」
「もう、何をなさるつもりなのかしりませんがぁ?あんなのは消えて頂いたほうが良くないですかぁ?」
とか言いながら治癒するつもりなのはわかっていますから。
「こればっかりはゴブリンっ鼻の言う通りだと思うよ?現に巻き込むつもりで攻撃してたからね。」
「はい、私もお二人に賛成です。」
皆さんのお気持ちはわかります。
「まあ、使い道は有りますから。」
「悪い顔ぉ!」
「悪い顔ですぅ。」
「悪い顔してますな。」
異口同音に責められました(苦笑)
「取り合えずカニさんをやっつけちゃいましょうか?」
『はい!』
ハモりましたね。
地上に落ちたベルギッタさんの周りに、強固な結界を飛ばして、結界で包んだベルギッタさんを宙に浮かべました。
「では、フロリネさん、お願いしますね。」
「もう、私が一番危なくない?」
ぶつぶつ言いながらも、ウラジミールさんの呪力糸を持って砂漠ガニ達の間を縦横無尽に駆け、飛び回りました。
その間ウラジミールさんとディートヘルムさんは!砂漠ガニの注意を引くように跳ね回り、無駄な攻撃をしかけました。
「こんなものね!いいわよぉ!」
「では、引きますよ。」
とは言っても巨大な砂漠ガニを足搦みに倒すには、圧倒的な物理的パワーが必要です。
流石に力持ちのディートヘルムさんでも難しいですね。
どうするかって?
簡単ですよ、足元に糸が巻き付いた砂漠ガニを、それぞれ別方向へ誘えば良いのです。
自分達のパワーで倒れますから。
「アンブロシウスゥ!ダメよぉ!皆そっちへ行くわよぉ!」
ありゃ?世の中なかなか思う通りにはいきませんね。
仕方有りません。
「みなさぁん!ちょっと離れてて下さいね!」
「ああ、何するのか知らないけど、ヤバそうね▪▪▪」
「はい、ここは▪▪▪」
「逃げますよ!」
はい。素直でよろしい。
さて、あまり使いたくないのですが▪▪▪
『古の魔王ガストーネとその盟友竜王アンブロシウスの名において命じる。下等なるもの控えよ。』
淡々と命じました。
途端に地響きを立てて砂漠ガニ達は歩行を止め、地面に腹を付けた。
『汝等に命ず。互いにその巨大な爪を側の敵に突き立てよ』
砂漠ガニ達は、その巨大な爪を振り上げると、お互いに一番近くに居た『仲間』に突き立てた。
それでも多くは、甲羅にヒビを穿つ程度のダメージしか与えられなかった。
『古の魔王ガストーネとその盟友竜王アンブロシウスの名において命じる。晴れ渡る空に暗黒の雨雲を呼び、その内包したる雷土を下等なもの達に放て。』
これも淡々と命じました。
一瞬だった。
雲一つ無かった青空が、どこから湧いて出たのか分厚い雨雲に覆われ、間髪入れず雷土が走り、ヒビの入った砂漠ガニの甲羅を貫いた。
「カッ!」
「ガーンッ!ガーンッ!ガーンッ!ガーンッ!ガーンッ!▪▪▪」
数えきれないほどの雷土が、正確に砂漠ガニ達の息の根を止めていった。
数分後、辺りには蟹が焼ける香ばしい匂いが立ち込めた。
「なによ▪▪▪最初からこうしていれば楽勝だったじゃない?」
ああ、フロリネさん、私にも事情があるのですよ。