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異世界無頼 魔人ガンゾウ  作者: 一狼
第1章 至福のチーズ
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◆◆①ガンゾウとギルド◆◆

ギルドの扉を開けると、それまで賑やかだった談笑が止んだ。


いつものことだ。


俺はカウンターの横にある箱に頭陀袋を放り込んだ。


「ミノタウロス三体だ。依頼は二体だったが、もう一体いたからついでだ。」


ぶっきらぼうに言い放ち、依頼書にサインしてカウンターに放った。


ヒソヒソと話す声が鬱陶しい。


「はい!ありがとうございますっ!三体だったのですねぇ?残していたらまた被害が出るところでした。

助かりました!報酬は1.5倍になります!」


このギルドで唯一俺の顔を見ても嫌な顔をしないのがこの娘リリアンだけだ。


最初は少し腰が引けていたが、今では俺の専任だ。

まあ、他が嫌がって押し付けられたのだろう。


「じゃあな、報酬はいつもの通り処理してくれ。」


俺の報酬は『ギルド預り』というシステムに預けられる。


一種の銀行のようなものだが、利息など付く訳もなく、ただ、『預かる』だけなのだ。


しかも『預り手数料』を取られる。


何の旨味も無いように思えるが、俺のように『家』を持たない者にとっては、金を大量に持ち歩くなど山賊の類いの的になるだけだから、このシステムは活用されている。


もっとも、多くの賞金稼ぎは、稼いだ金を二三日で使い果たし、また遊ぶために稼ぎに出るというその日暮らしだ。


俺は別に貯金したいわけではない。


不死の体を持つ俺でも『腹が減る』のだ。


よそ者(転生者)がほのぼの出来るほど『優しい世界』でもない。


突然流れてきた愛想の無い男と酒を飲もうなどという殊勝な奴など皆無。


おかげでギルドへの『預け金』は一財産だ。


その『財産』も、食い物と装備に消費するだけなので、減るどころか増える一方だ。


「あっ!待ってください!」


リリアンがパタパタと小走りにカウンター横の扉を開けて俺を手招いた。


「何だ?」


俺は振り返っただけで聞いた。


「ちょっとお願いが、というか、ガンゾウさんにしかお願いできない依頼が有りましてご相談したいのですが?」


面倒事は御免なのでそのままギルドを出ようとしたが、リリアンが飛び出してきて腕を掴まれて引き止められた。


「お、お話だけでも・・・」


必死の形相で俺の腕を掴んでいる。

まあ、他の連中ならいざ知らず、リリアンには世話になっている。

とは言っても、リリアンの仕事の範疇を越えていないのではあるが・・・


結局奥の応接室に連れ込まれた。


室内にはギルド長のヘリオスが待っていた。


ヘリオスは、若い頃は名を馳せた賞金稼ぎだったらしい。


今はよく光るハゲ頭と、対照的に豊富な真っ白い口髭と顎髭がトレードマークらしい。


「ガンゾウさん、すまないね、ちょっと難しい依頼が有りまして、相談に乗って頂きたくてお引き留め致しました。」


穏やかな口調ではあるが、その声の太さや深み、眼光の強さは、若かりしころの活躍を彷彿させる。


「面倒事は御免だ。」


ぶっきらぼうに言い放つ。


「まあそう言わず話だけでも聞いてください。」



テーブルに泥のようなコーヒーが置かれた。


この世界にもコーヒー・・・のような物は有った。


あくまでも『のような物』ではあるのだが。


俺はリリアンにラム酒をオーダーした。


このギルドは酒場を併設している。


懸賞金を払って酒場で回収する。


上手く考えたものだ。


俺はテーブルの上にコインを放った。


「ガンゾウさん、これは奢りだ。」


ヘリオスがそう言ったが俺は断った。


リリアンが持ってきたラム酒をコーヒーのような物に入れてかき混ぜた。


熱せられたラム酒が香ばしい芳醇な香りを醸し出した。


俺はズッと一口啜った。


「で、何だ?」


無愛想この上ない。


「ガンゾウさんは東のルピトピアには行った事が有るかい?」


「いや、無いな。」


聞いたことはある。

ルピトピアはこのデュラデム王国の東方に有る宗教国家だ。


正確には『ルピトピア教主国』。

『法王』と呼ばれる神官を頂点に『ルピトピア教』の教典を基準として国を統治している。


酒も煙草も戒律で禁止されており、世俗的な娯楽は極端に少ない。


他国との交流も少なく、閉鎖的な国家だ。


しかし、このルピトピア教主国は、『塩』の一大産地である。


山あいの小さな国ではあるが、岩塩が豊富に採掘される。


国民の七割が『塩』に関わる仕事をしていると言われている。


その『塩』を輸出して国を成り立たせていた。


もちろん、その『権益』は、法王の元、一部の権力者に集約されていた。


「そのルピトピアが何だ?」


「ルピトピアは岩塩が唯一の売り物だが、その岩塩が産出される山に、近頃魔物が出て被害が出ているらしい。人的な被害もだが、岩塩が採れないと国の経済が成り立たない。」


ヘリオスは太めの葉巻に火を着けた。

甘い香りが漂った。


ヘリオスは葉巻入れから一本を取り出し、俺に差し出した。


「別にルピトピアが潰れようが俺には関係ないな・・・」


葉巻に火を着けながらボソッと呟く。


「・・・」


「それにその程度の事なら、報酬次第じゃやりたがる奴には事欠かないんじゃないのか?」


なかなか良い葉巻だ。


甘い香りが漂う。


「もう何人も送り込んだが誰も帰っちゃ来ない。ここまで来ると断るに断れなくなっちまったのさ・・・」


ヘリオスが苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「だとしてもだ、俺が行かなきゃならない理由にはならないな。他をあたってくれ。」


葉巻を揉み消しながら言った。


「ルピトピアはつまらない国だがな、良いこともある。」


「・・・・・」


「岩塩が取れる山から生える草は、あの周辺で放牧されている山羊の餌なのだがな、この草を食べて育った山羊の乳から造られるチーズは絶品だ。

残念ながら禁酒の国だからヴィノと合わせられないが・・・」


俺はヘリオスを睨んだ。


「持って帰れば至福の味だろうな・・・」


ヘリオスがニヤリと口角を上げる。


「分かった。受けよう。」


俺はこの世界に不死の体を得て転生した。


実はその副作用なのか分からないが、アルコールやニコチンといった毒物は、体内であっという間に分解されてしまう。


その為いくら飲んでも酔わない。

タバコの酩酊感も感じない。


多分、前世には存在していた様々な非合法薬物を接種しても何の効果も無いだろう。


それでも酒を飲むのは『味』であり、葉巻を燻らせるのは『香り』を楽しむためだ。


『味』と『香り』。


俺がこの世界で『魔王化』しない理由はこの二つのためだ。


不死の体を持ち、考え付く限りの『魔法』を使え、空も飛べる。


世界を滅ぼそうと思えば直ぐに実行できるが、『人間世界』に居て賞金稼ぎなぞしているのは、そういった理由からだ。


ならば『至福の味』とやらに乗ってやろうではないか。


俺はルピトピアへ向けて旅だった。

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