◆◆㉗瀕死のクリスタとウラジミールの治癒呪◆◆
「あぁっ!アンブロゥシウスゥ様ぁ!」
何故か酔っぱらっているウラジミールの首根っこ掴んで、冷たい水の入った甕に頭を突っ込みました。
「ボガボガボガッ!」
甕から引き戻し言い聞かせました。
「良いですかウラジミールさん?
もうすぐガストーネが瀕死のクリスタさんを連れてやって来ます。
理由は知りませんが、酔いを冷まして下さい。」
「ク!クリスタ姫様がぁっ!」
さすがに正気を取り戻したようです。
ウラジミールさんは、徐に自分の右手人差し指をお腹に当てて『ずぶぶっ』と潜らせました。
「酒気を治癒しますぅ!」
これは便利ですね。
ヘリオスさんの二日酔いなんて直ぐ治せますね。
ウラジミールは『酒気』を『治癒』すると、直ぐ様準備にかかった。
「ウラジミールさん?フラウさんは?」
「はいぃ!出きることは全てやったのですぅ。
ですがぁ▪▪▪」
「問題が?」
「いいえぇ、これは身体の問題ではなく精神の問題ですのでぇ、私にはこれ以上の事は▪▪▪」
なるほど。
身体的にはほぼ完治したのでしょう。
でも操られていたとはいえ、自らの手で故郷とそこに住む一族を殺したことは、心に癒えない傷を刻んでしまったのでしょう。
そしてクリスタさん▪▪▪
間に合えば良いのですが▪▪▪
フラウはウラジミールが振り返って見た部屋の奥で眠っていた。
なんとか竜姿を解き、人姿となれたのだが、その途端に崩れ落ちるように眠りの中に閉じ籠ってしまっていた。
「リリスさんが協力してくれなければ竜のままでしたから、部屋に入れることも出来ずに、寒い屋外で寝なければいけないところでしたぁ。」
ウラジミールは、そう言いながら甕の水でジャブジャブと顔を洗った。
「さあ!準備出来ましたぁ!」
「ありがとうございます。
でも、到着にはもう少しかかるでしょう。
ところで何故お酒を?」
「ああ▪▪▪それわぁ▪▪▪」
良く見ると、テーブルの上でユルヤナが小さな鼾をかいて寝ていた。
「ユルヤナさんがぁ、ミードの新酒が出来たから飲もうと言ってきたのですがぁ、さすがにご主人様よりも先に飲むのは気が引けましてぇ、古酒ならと言ったら持ってきてくれましてぇ、それでついぃ▪▪▪」
なるほど。
まあ、新酒を控えたのは正解ですね。
「忠也さん。」
「うん。」
「青竜島から、クリスタさんの他にも多くの怪我人が送られてくるはずです。」
生きていればの話ですが▪▪▪
「その方達の治療スペースを確保してください。
それから、ヴァイナモ王にお願いして、妖精族の加護をお願いしてください。
ウラジミールさんの助けになるかもしれません。」
「わかりました。」
忠也はそう言うと踵を返して妖精族の王の元へ向かった。
「力仕事になるかもしれません。
巨人族の城へ応援をお願いしてきます。
ウラジミールさん、よろしくお願いします。」
「わかりましたぁ!」
アンブロシウスは、鏡に写った自分の顔を見た。
いつの間にか顔には様々な皺が刻まれていた。
感情が顔の皮膚を動かした故であろう。
「ふふっ▪▪▪」
思わず小さな笑いが出た。
アンブロシウスは、鏡に左手を差し入れると、そのまま鏡に消えていった。
◇◇◇
「駄目ですっ!」
ポスカネルが背後に墜落して瀕死のリリスを匿った。
「退くんだ。」
「いいえっ!退きません!」
全くよ、だから連れてきたく無かったんだ。
「お前に何かを言うつもりは無ぇ。」
面倒くせぇ▪▪▪
新しい葉巻を出して火を着けた。
「だがそいつを庇い立てするならポスカネル、お前も一緒に消えて貰うぞ。」
脅しじゃねぇ。
俺がこいつに忖度する理由なんざ1グラムも無ぇからな。
「どくのじゃ、だっこがかり。」
リリスの姿は幼女に戻っていた。
「子供の姿になっても俺には通じねぇぞ?」
「かんちがいするでない。このすがたがいちばんちからをつかわなくてすむだけじゃ。」
「駄目よリリスちゃん!」
「なんどもいうが、われはおぬしのなんばいものねんげつをいきておるのじゃ。
みためにふりまわされるおぬしこそこどもなのじゃ。」
ふん、リリス、良いこと言うじゃねぇか。
「リリス、死にてぇんだろ?」
「そうじゃ。カントゥーのおもりにもつかれたのじゃ。」
「リリスちゃん!」
ポスカネルがリリスを背後から抱き締めた。
「そんなことを言わないで▪▪▪」
はんっ▪▪▪
気が削がれたな▪▪▪
俺は葉巻を噴かして歩き出した。
「これ、カンゾウ?われをころさぬのか?」
「ああ、止めた止めた。どうせそのカントゥーを殺ればお前らは一蓮托生なんだろ?」
「えっ?」
俺の話にポスカネルはリリスを見つめた。
「まあの。げんみつにはこたいのせいしにはえいきょうせぬが、みちばたのくさのようにかれていくだけじゃからな。」
つまり、こいつらは元々カントゥー一人の存在が全てな訳だ。
いや、リリスが言っていたように、以前は同族的な奴らも居たんだろう。
しかし、種の寿命とでもいうのか、カントゥーを色濃く内在する少数だけが生き残っていて、リリスを含め、そいつ等はカントゥーの生き死にに自身の寿命を左右されるということらしい。
「で?そのカントゥーはどこに居るんだ?」
◇◇◇
「酷ぇ▪▪▪」
あまりの惨状にヘリオスは絶句した。
それはタウリも、そしてブラウリオも同じだった。
「クッ▪▪▪」
ブラウリオの肩が震えていた。
「ブラウリオ、良いか?冷静にな。復讐とか考えんじゃねぇぞ。」
それは無理だと、言っているヘリオスも承知している。
だが、釘を刺しておかねばブラウリオ自身が暴走しかねない。
「ベビボズざん▪▪▪」
「あ?なに言ってんだ?」
タウリが鼻を押さえて苦悶している。
「じぼびが|《臭いが》びずぶで《キツくて》だべばべばぜぶ|《耐えられません》。」
なに言ってるのか分からんが、鼻を押さえているところを見ると、島全体から立ち上がる『死臭』にやられてるのだろう。
「んなこと言ったってよ?どうにも出来ねぇよ、ほれ、これでも鼻の穴に突っ込んどけ。」
そう言って小石を拾い上げてタウリに放った。
「兎に角、生き残りを探そう。
ブラウリオ、何度も往復するぞ。
泣いてる暇なんて無ぇからな。」
無情な言葉だと分かっている。
だが、クリスタ一人だけを探して、他の生き残りを放っておくことは出来ない。
「行くぞっ!ほれ、イヌッコロ!」
「びぶでばあびばぜん|《犬ではありません》!」
「なに言ってるかわかん無ぇよ!」
「あ!あぞごび!」
タウリが指差すところに、倒れた人影があった。
「生きていてくれよぉ▪▪▪」
思わず言葉が漏れ出る。
三人は人影目指して走った。
◇◇◇
「あっ!アンブロシウス様ぁ!ガストーネ様がぁっ!」
アンブロシウスにも分かった。
物凄いスピードで接近する強力な呪力の塊。
単純に呪力のキャパシティだけをみれば、ガンゾウに及ばなくても、そう遅れを取っているようには思えぬほどの圧力だ。
そして今にも消え入りそうなもう一つのエネルギー。
クリスタだ。
「ウラジミールさんっ!来ましたよ!もうギリギリです!」
「はいぃっ!任せてくださいぃっ!」
そう言いながらウラジミールは、受け入れのベットを整えた。
頭上を通過してしまうかと思われたガストーネは、急激に減速して地上に降り立った。
「ガストーネ様ぁ!」
「おおっ!ウラジミールッ!クリスタが!」
ガストーネが抱えていたのは大きな氷の球体だった。
何処までも透き通ったその氷の塊の中心にクリスタが居た。
「ガストーネ!そのままで!
ウラジミールさん!氷の上から治癒を行えますか?」
「や、やったことがありませんが▪▪▪
やってみます!」
青竜族の氷は、純度が高く、割れにくい。
下手に外圧をかければ、クリスタ本人に影響が出るかもしれない。
と同時に、水の塊である氷なら、ウラジミールの呪力を伝達出来るかもしれない。
それで治癒出来れば、クリスタは自ら氷を割って出てくるだろう。
「ううううっ▪▪▪」
ウラジミールが氷に手をあてがい治癒呪を送り始めたが、直ぐに唸り始めた。
額に脂汗が浮き上がっている。
「ど、どうだ?いけるか?」
ガストーネがクリスタとウラジミールを交互に見比べる。
が、ウラジミールは唸り続けて応えない。
「な、なあ?ウラジミールよぉ?」
「ガストーネ、落ち着いて下さい。
完全に無理ならばウラジミールさんは直ぐに手段を変えたでしょう。
続けていると言うことは効果があると言うことです。」
「でもよぉ、ウラジミールも苦しそうだぜ▪▪▪」
確かに。
これまでにこんなに苦しげに治療を続けるウラジミールをアンブロシウスは見たことが無かった。
そしてついにウラジミールは膝を折り、地に膝を着いてしまった。
「おい▪▪▪」
声を掛けようとするガストーネを振り返り、力無く笑ってウラジミールはクリスタを包む氷から手を離した。
「クッ、駄目なのか▪▪▪」
ガストーネは、己れの無力さに打ちのめされようとしていた。
壊すことは出来ても、護ること、造り、治す事が出来ない。
死にたくても死ぬことも出来ない。
絶望がガストーネを包み込もうとしていた。
「ガストーネ様ぁ、大丈夫ですよ、姫様は助かりますよぉ。」
ウラジミールの言葉にガストーネは飛び上がりウラジミールの胸ぐらを掴んだ。
「ほ、本当だろぉなぁ?てめぇ嘘つい▪▪▪」
いや、ウラジミールはそんな嘘をつく男ではない。
ガストーネは手を離した。
「でもウラジミールさん?だいぶ苦しそうにしていましたが?」
アンブロシウスがそう言ってウラジミールを見ると、ウラジミールは自分の手のひらを二人に翳して見せた。
「クリスタ姫様の氷が冷たすぎて▪▪▪ほら手がこんな風になってしまいました。」
「え?」
「なにぃ?」
「姫様の治癒に呪力を集中したので、私の手のひらの凍傷を相殺することが出来なかったのですぅ。
ですから痛くて痛くて▪▪▪」
ウラジミールはそう言って真っ赤に焼けたような手をヒラヒラと振って見せた。
「でももう治ります。
ああ痛かったぁ▪▪▪」
「クッ、クックックックックックッ▪▪▪」
「フフッ、フフフッ▪▪▪」
ガストーネとアンブロシウスは顔を見合わせて笑いを堪えようとしたが失敗した。
「あとは姫様が目覚めるのを待つだけですぅ。」
三人が見つめるクリスタは、苦悶の表情が消え、穏やかな寝顔を見せていた。
「さあ!ではガストーネ、お願いしたいことが有ります。
青竜島へ行って他の生存者を運んできて下さい。
既にブラウリオさん達が向かっています。
ブラウリオさんにクリスタさんの無事を伝えてください。」
「ああ、わかった。」
ガストーネはそう言うと竜翼を広げて空高く舞い上がった。




