◆◆⑱ディートヘルムの怒りとガストーネの謝罪◆◆
「あっ!ガストーネ様っ!」
「おう、ウラジミール、久し振りだ。」
気軽に挨拶を交わす二人だが、この二人を除く全ての者達が戦闘態勢を取り、距離を取った。
突然の事だった。
フロリネが北方から急速に近付いてくる波動に警戒を呼び掛けたが、それが周知される前にガストーネは到達し、無造作に皆の前に降り立った。
ウラジミールと共にガストーネに囚われていたフロリネは、他の面々に輪をかけて恐怖に苛まれた。
「なんだ▪▪▪
ガンゾウが居ねぇのは聞いてたが、アンブロシウスまで居ねぇのか?」
まるで旧友を訪ねてきたかのようなガストーネの物言いに、フロリネは違和感を覚えた。
「はいぃ!アンブロシウス様はご主人様を探しに行かれましたぁ!」
「ガンゾウを?
どう言うことだ?」
「ちょっ!ちょっと待ってくださいっ!」
あまりにも普通に会話する二人にディートヘルムが割って入った。
「ん?お前▪▪▪何処かで見た▪▪▪か?」
さすがにディートヘルムは怒気をはらんだ。
「前に会った時には肉の四肢が有りましたからね。」
「ん?」
まだ思い出さぬのかッ!
ディートヘルムは腰の剣に手を延ばした。
「ん?あぁぁ▪▪▪
ああっ!あの手足捥いで海に落とした奴か?
無事で良かったなぁ?
なんだ?その手足もカッコいいじゃねぇか?
なかなか洒落てるぜ。」
プチッ▪▪▪
ディートヘルムのこめかみで音がした。
と思った。
「最早問答無用▪▪▪」
ディートヘルムはスラリと剣を抜き放った。
「いやぁ、悪かったな、この通りだ。」
そう言って頭を下げたガストーネの後頭部にディートヘルムは剣を振り下ろした。
「待ってくださいぃっ!」
ウラジミールの叫びもディートヘルムの剣を止められなかった。
が、その剣はガストーネの後頭部に届く直前にピタリと止まった。
剣とガストーネの後頭部の間にフロリネが割り込んでいた。
両目に涙を貯めて歯の根が合わなくなるほど震えていた。
「だだだだだ▪▪▪駄目だょ▪▪▪」
「フロリネさん▪▪▪」
ガストーネは頭を上げて二人を見た。
ディートヘルムは、フロリネの頭越しにガストーネの顔を見た。
またしても怒りがこみ上げる。
「あやや!あややや!ディートヘルムさんんっ!お願いですぅ!やめてくださいぃ!」
「ね、ね、ね、ディートヘルム!ね、話を聞いて!お願いだから!」
ディートヘルムは、二人の意外な行動に気勢が削がれた。
「どうしてですか▪▪▪?」
ディートヘルムは、ドスンとその場に尻を付いた。
脱力感が襲う。
不意に涙がボロボロと溢れ落ちてきた。
ガストーネはじっと見ていた。
「すまねぇな▪▪▪いや、謝って済むことじゃねぇのは理解している。」
ガストーネはディートヘルムから目を離さずに話した。
「許して貰えるとは思ってねぇ、そして俺を許さねぇ奴は数えきれねぇ程居るのも知っている。
だが謝りてぇんだ▪▪▪」
「そんなのお前の自己満足にしか過ぎないっ!
私の失われた腕も!足もぉっ!
帰っては▪▪▪こな▪▪▪い▪▪▪
ぐぐっ▪▪▪」
ディートヘルムは嗚咽を飲み込んだ。
悔しさがこみ上げる。
仮にフロリネに止められなかったとしても、ガストーネを殺すことは出来なかったであろう。
分かっている。
あの時、この手足を捥がれた時、何一つ抗う事が出来なかった。
その実力差は絶望的だった。
「なあウラジミール?」
「はいぃ▪▪▪?」
「お前の力でなんとかならんのか?」
ガストーネの言葉はディートヘルムには意外だった。
ただ謝りたいだけならば自己満足に過ぎない。
だが、この手足の再生を考えている。
この魔王がそんなことを考えるなんて▪▪▪
ディートヘルムには、あの恐ろしい魔王と、目の前の男が同一人物とは思えなくなってきた。
いや、確かにこの男だ。
本人も認めている。
「フロリネさんは何故止めたのですか?」
ウラジミールの横で、腰が抜けたように座り込んだフロリネは、まだ恐怖に顔をひきつらせながらも話し出した。
「わ、わかんないけど▪▪▪
捕まったときは死ぬと思ったけど▪▪▪
でも、でもウラジミールが▪▪▪」
フロリネが横にいるウラジミールを見上げた。
「ウラジミールが信じられるって言うから▪▪▪
ほんとは優しくて、でも不器用だから誤解されてるんだって言ってたから▪▪▪
でも▪▪▪
でもやっぱり恐いぃぃ▪▪▪」
フロリネはそう言ってベソベソと泣き出した。
「すいませんディートヘルムさん、お怒りはごもっともですぅ▪▪▪
でも▪▪▪
でも見てくれませんかぁ?」
「な、何を▪▪▪ですか▪▪▪?」
「ガストーネ様の目ですぅ▪▪▪
もう、あの頃の目では▪▪▪」
「わかりません!」
「ディートヘルムさん▪▪▪」
「わかりませんが▪▪▪
ウラジミールさんが▪▪▪
そう言うなら▪▪▪
信じてみます▪▪▪
いえ、信じます。
仲間が信ずるならば、私も信じれるはずですから▪▪▪」
ディートヘルムは笑った。
いや、笑おうとしたが上手く行かなかった。
「仲間か▪▪▪
なるほど、ガンゾウが強ぇぇはずだ。
一人じゃねぇからな▪▪▪」
「ガンゾウさんはっ!一人でも強いのですっ!
我々が足を引っ張らなければ▪▪▪」
ディートヘルムの叫びにガストーネはクスリと笑った。
「な!何が可笑しいのですかっ!」
「違うんだよ、アイツは仲間なんて要らねぇって質だろ?
でも自然に仲間が集まっちまう▪▪▪
それはな、アイツが強ぇぇからなんだよ。
俺も気付いたんだ、人はな、それが亜人であれ魔物であれ、強い奴に引き寄せられてその傘の下に入りたがるんだ▪▪▪
自分が傘になれる奴なんて世の中そう多くはねぇ▪▪▪
だからな、本人が望まなくても周りに頭数が増えちまう、見ろよ、ここにいる連中、皆ガンゾウの庇護の下に居るだろ?
俺が言う『強い』ってぇのは、『傘』になれる器の大きさの事だ。
まあ、一時はやり合った俺だからな、こんなこと言うのは情けねぇ事だが、認めたら楽になったんだよ。」
ガストーネはそう言ってウラジミールを見た。
「おい、ダークエルフ。」
ガストーネはフロリネに声をかけた。
「な!なによぉ▪▪▪」
「まあ警戒するのは仕方無ぇが、まあ、あの時はすまなかった。」
ガストーネはそう言って頭を下げた。
「おメェの男《イロ》に俺は助けられたんだよ、あの茶と菓子を毎日運んでくれたことがな。」
「や!止めてよ!男《イロ》なんかじゃ無いわよ!」
「そそそそそそそそそそうですぅ!ガストーネ様ぁっ!」
「ははは、そうかい、まあそれならそれで良いさ。
でも、ガンゾウが居なくなったって?
どう言うことだ?」
「はいぃ▪▪▪それがぁ▪▪▪」
ウラジミールは事の顛末を話した。
有りのままに。
「分かった。まあ当てもなく探し回ったところで見付かるものでも無ぇだろうしな。
よし、暫く世話になるぞ。」
「勝手なことを!ただ飯食いなど置いておける訳がありません!」
「いや、働くぜ、ここに来るまで青竜の島で働いてきたんだ、婿になれば良い、なんて奴も居たくらい働くぜ。」
ガストーネはそう言って何やら恥ずかしげに笑った。
ディートヘルムは半信半疑だったが、ウラジミールは大喜びでガストーネの世話をやきはじめた。
この時、青竜島が壊滅したことをまだ誰も知らない。




