◆◆⑥ガンゾウとガンゾウの田んぼ◆◆
「どお?」
「お、おまえ▪▪▪これ、は▪▪▪」
「そうよ、『田んぼ』水稲よ。」
ガンゾウの目の前には、ラグビーグランド程の大きさの水田に、青々とした稲が風に揺蕩っていた。
しかも、日本式の水田で、規則正しく植え付けられていた。
「水田じゃねぇか▪▪▪陸稲じゃねぇ▪▪▪
エルヴィーラ▪▪▪何で知ってんだ?水稲をよ?」
ガンゾウはよろよろと水田に近付いた。
「あんたが言ってたのよ?
米を作れって。
あんたが幻影で見せた水田の景色と同じでしょ?。
でも、一人でやるのはホント限界。
この農法は水の確保が最大の懸案ね。
それから、この後収穫して食べられるようにするまでは責任持てないからね。」
ああ、ああ、やるよ、俺がやる、やっと、やっと米が食えるんだ▪▪▪
「そんなに美味しいのかしら?」
「美味い、いや、もちろんこれは原種だ、ここから品種改良が必要になるはずだ▪▪▪
だが時間は有る、必ずやってやるさ。」
「そう。まあ、喜んでくれて良かったわ。」
エルヴィーラは、そう言って丸い顔を綻ばせた。
「うわぁ!ここも凄いです!」
ポスカネルに率いられて残りの面々がやって来た。
「犬っ!」
今にも田んぼに駈け入りそうなタウリを一喝した。
「!」
「テメェ、ここだけは、ここだけは▪▪▪
ここを踏み荒しやがったらマジでブッ殺す▪▪▪」
自分でも分かった。
身体全体から闘気のようなオーラが立ち上った。
「キュゥゥゥン▪▪▪」
尻尾巻きやがった。
「おいおいガンゾウさん?いったいなんだってンだ?
この草がどうかしたのか?」
「おいこら禿げ。」
「な?禿げだと!」
「おう、禿げ、草だと?」
「俺には草にしか見えねぇな?」
そう言いながら葉を一枚プチッと千切りやがった。
「ヘリオス▪▪▪
俺が今どんな気分か分かるか?」
「さあなぁ?何イラついてんだ?」
ブッ殺す▪▪▪
「ま!待って!待ってください!ガンゾウさん!」
何だ?ポスカネル?おめぇも一緒に消すぞ?
「兎に角!兎に角!ヘリオスさん!謝ってください!早く!」
「何でだよ?俺が何をしたんだ?」
「その植物!それはガンゾウさんが長年追い求めてきた『米』です!この景色!まだ青々としてますがガンゾウさんが見せてくれた幻影とそっくりです!
これは!ガンゾウさんの宝物になる植物なんです!
それを雑草みたいに扱ったら怒るでしょ!
早く謝ってくださいぃ!」
ポスカネルが俺に抱き付いて必死に止める。
んんん、ちと熱くなりすぎたか▪▪▪
「あ▪▪▪あれか▪▪▪」
ヘリオスにも見覚えが有った。
ガンゾウが折に触れて見せていた幻影と同じだと気付いた。
「やっ!すまなかった!そうだ、ガンゾウさんが探していた風景と同じだ!これがあの金色の絨毯に変わるのか?」
「▪▪▪分かれば▪▪▪良い▪▪▪」
ふん、大人げなかったか▪▪▪
新しい葉巻を出して火をつけた。
甘い香りが興奮を静める。
「ところでポスカネル?
何時までそうしてんだ?」
「あら?てへ。」
てへじゃ無ぇ。
◇◇◇
「ガンゾウさん、忠也がおかしいの。リリスが居なくなってから一言も喋らないの。
何時も視線が彷徨っていて▪▪▪」
「ああ、問題無ぇよ。
そのうち出てくるだろ。」
「誰が?」
「リリス。」
「え?」
ふん、鯨の腹のなかとは大違いだろうが、咄嗟に逃げ込んで出られなくなったか?
まあ、なんとかなるだろ。
◇◇◇
『リリスさん、ちょっと困ります、これでは皆さんの足を引っ張ってしまう。』
『しかたないの。かんぞうにおこられちゃうから、こわいから▪▪▪』
『大丈夫ですよ、ガンゾウさんは本当は優しい人ですから。』
『だめなの。ちょっとちからのかげんができなくなってるの。すこしねむるから、おきるまではちゅうやのじゃまにはならないはずなの。』
『本当ですか?
リリス殿?』
「リリス殿?」
「忠也!分かる?私が分かる?」
「▪▪▪ポスカネル様▪▪▪」
「良かったぁ!ガンゾウさん!忠也が戻りました!」
ふん、だから心配無ぇって言っただろうが?
俺達はエルヴィーラが用意した丸太小屋に入った。
丸太小屋と言っても、植物の精霊であるドリアードが、適当に倒木や蔦を利用して組み上げただけの『囲い』のようなもので、屋根は隙間だらけ、外壁は申し訳程度のものだった。
「まあ、それでも形があるだけマシか。
おい、おめぇら、先ずは雨露凌げるようにするぞ。」
俺は本格的な丸太小屋の映像を空中に展映した。
「おお、こりゃすげえな。俺のとこのギルドでもここまでの規模じゃぁねえ。
だが、それだけに本職の大工が居ねぇと難しいんじゃ無ぇのかい?」
「ふん、自分達でやるからおもしれぇンだよ。
嫌なら帰れ。」
「おっとっと、ガンゾウさんよ、異論が出たからと言ってそれじゃあ誰も着いてこねぇぞ?」
「じゃあ着いてくるなよ。
むしろ一人でやりてぇんだよ。」
そう言って葉巻を盛大に噴かした。
『俺の』楽しみを邪魔するんじゃねぇよ。
「僕はやりたいです!」
犬、尻尾千切れるぞ。
「でもガンゾウさん?材料はどうするのですか?」
ふん、あのな、俺はこの世界に来てから何れだけの時間過ごしてると思うんだ?
死なねえから暇潰しは何よりも大事なんだ。
建築なんて作業は最高の暇潰しじゃねぇか?
俺がその暇潰しのために何も準備して無ぇとでも思っているのか?
俺は小屋の裏に廻った。
そこは、何も手をつけていない広大な空地だった。
バサッ!と翼を展長して舞い上がった。
そして、空地の上空に空間を開く。
その空間の裂け目から次々の丸太が落ちてきた。
ガランガランと乾いた音を立てて様々なサイズの木材が積みあがった。
「かあっ!ガンゾウさんよ、あんたホントに反則技が得意だな。いつの間にこんな木材を?
しかも見事に乾燥しているじゃねぇか?
生木じゃぁねえや!」
「ふん、行き当たりばったりは嫌いなんだよ。」
まあ、やってることはほとんど行き当たりばったりだがな。
「忠也。」
「はい!」
「リリスは寝たのか?」
「えっ?御存じだったのですか?」
「ふん、あたりめぇだ。ほれ、あの辺りに区割りしろ。図面はこれだ。」
そう言って、別の空間を開いて忠也に図面を渡した。
「いやしかし、私は門外漢で▪▪▪」
「大丈夫だ。」
そう言って俺は北の空を指差した。
「ブラウリオさん!」
「ブラウリオ!」
「ブラウリオ殿!」
「ウオォォォォン!」
犬、尻尾千切れるぞ。
北の空から巨大な青竜がぐんぐん近付いてきた。
◇◇◇
「アンセルモ!」
「兄貴っ!」
牛の兄弟二人が巨体をぶっつけ、相撲でも取るのかと思うほどの激突音を立てて抱き合った。
「心配したんだぞ!」
「すいません、アンブロシウスさんとベルギッタさんに助けてもらい上陸したのですが、そこにブラウリオさんが来られてここまで連れてきていただきました!」
「そうか!何にしても無事で良かった!」
涙を流して再会を喜んでいるがな、あまり綺麗な絵じゃねぇよな。
「ガンゾウさん、失礼ですよ▪▪▪」
声に出てたか。
俺は新しい葉巻を出して火を着けた。
「どうだディートヘルム?新しい手足は?」
俺は自分の作品を確認するかのように、ディートヘルムに着けた鎧の手足を見た。
「はい!素晴らしいです!生身の手足のように感触が有るのに、鋼の皮膚は刃を通しません!
それにこの鋼鉄の拳は、これだけで強力な武器です!」
「ふん、サイボーグだな。」
「さいぼーぐ?」
「いや、良いんだ。よし、ディートヘルム、アンセルモと協力してここに村を作れ。建設資材はいくらでも用意してやる。人工も▪▪▪ほれ。」
そう言って空間に出入口を開き、解呪を施した牛族を招き入れた。
その数は1000体を軽く超えた。
「皆、お前らに協力する。自分達の国を持ちたいとよ。」
空間の扉から次々と牛族が入ってきた。
「おお!これは凄い!」
「取り合えず牛族はアガピトに任す。
能力のあるものにはどんどん仕事をさせろよ。」
「はい!」
さて▪▪▪
俺はうず高く積みあがった木材の山を前にして腰を下ろした。
せっかくだ、本格的なロッジにしてみるか。
俺は、目を瞑り、『知識の泉』にアクセスした。
カスパルほどの容量と専門性は無さそうだが、ログハウスを作る程度のノウハウならば幾百通りも引っ掛かった。
外壁は丸太で良いが、間仕切りは効率的に区画するなら2/4《ツーバイフォー》だろうな▪▪▪
だが、ここには原料が有るだけで製材のための道具も動力も無ぇ▪▪▪
もちろん、この世界じゃぁ何処へ行ったって動力なんざぁありゃしねぇ。
ならば▪▪▪
「やっぱり道具が無ぇとな。
ヘリオス、デュラデムに伝手は無ぇか?」
「大工道具か?有るぜ。
デュラデム一の鍛冶屋を紹介してやるよ。」
ヘリオスはそう言うと羊皮紙とペンを取り出し紹介状を書き始めた。
「ギルドに行ってリリアンに聞いてみると良い。その鍛冶屋はリリアンの兄貴がやっている。」
「わかった。
じゃあ行ってくる。
ポスカネル、後を宜しくな。」
「あっ!ガンゾウさんっ!」
何か言いたげなポスカネルを無視して、俺は翼を広げて飛び立った。
もちろん一人で。
飛びながら葉巻を咥えた。
一瞬で燃え尽きちまうからな。
火は着けねぇ。
牛の国。
別に牛以外が住んでも問題ねぇだろ?




