◆◆◆②西方大陸と少し先の話◆◆◆
西方大陸は、中央大陸の西に位置するために『西方大陸』と呼ばれるが、その土地は、南北に極近くまで延び、中央部は西に向かって大きく広がる、東端を底辺とした大三角形のような形をしていた。
そして、何よりもこの大陸の特徴的なところは、『人間以外の種族に対して極端に閉鎖的』であることだった。
つまり基本的に『人間』以外は住んでいない、住めない大陸だった。
もちろん少数ではあるが亜人種も居る。
が、少数は他国の商人や役人であり、そして大多数は奴隷であった。
その西方大陸の最西端に、この大陸最大の領土を持つのが『カルアラレック王国』である。
その広大な領土は、中央部の熱帯ゾーンを挟んで、北には首都カルカック、南には副都と呼ばれるレッキーノの、二大都市が繁栄を競っていた。
そしてこの二つの都市は、何かにつけて争い、内紛も日常茶飯事であったが、事、外勢に対しては、先陣争いはするものの、結果的には相乗効果を発揮して外勢を撃退するのだった。
そうして領土を広げ、西方大陸に置いては比肩するものの無い繁栄を築いた。
しかし、今、そのバランスが崩れ掛かっていた。
副都レッキーノに現れた『スタラーノ』と名乗る男が、至るところで説法を繰り広げ、支持者を爆発的に増やし、レッキーノを治める王弟バリベッチをも『弟子』としてしまった。
その結果、レッキーノは宗教都市の様相を見せ始め、スタラーノを批判するものを弾圧し始めた。
これを憂えた国王ミラベルは、バリベッチを諫める使者を送った。
しかしバリベッチは、この使者を殺し、城外に晒すという暴挙に出た。
もちろんこれはスタラーノの入知恵によるものだった。
激怒した国王ミラベルは、国軍をレッキーノへ送った。
その手腕、戦略は非の打ち所の無いものだった。
しかしバリベッチは、レッキーノ市民、レッキーノ軍を全て後退させた。
結果的に国王軍は、レッキーノの主城を易々と包囲した。
◇◇◇
「国王陛下、レッキーノへようこそ。」
城壁の上から国王ミラベルを見下ろすという不敬な態度をとったのはスタラーノだった。
そしてその横には王弟バリベッチが居た。
「バリベッチ!不敬であろう!兄を!国王を見下ろすかっ!」
「▪▪▪」
バリベッチは答えなかった。
青白い顔には、感情の一切が無かった。
「国王陛下?一度のみお聞きする。」
「お前かっ!弟を誑かす狂言者はっ!」
「一度のみですぞ?」
スタラーノはミラベルの言葉が聞こえないかのように言った。
「私に、いえ、私の主人に国王の座を譲りなさい。
さすれば皆の命は長らえましょう。
断れば▪▪▪」
「うるさい!狂人の言など聞く耳を持たぬわっ!」
「▪▪▪残念です▪▪▪
では、二度と私たちに、いえ、我が主人に逆らおうと思わなくなるよう、ご主人様に、そのお力の片鱗をお見せ頂きましょう!
ガストーネ様っ!」
スタラーノが呼んだのはガストーネであった。
空間を引き裂くようにして突如現れたガストーネを見て、国軍の兵士達の間に動揺が走った。
「魔物であったかっ!」
ミラベルが叫ぶ。
ガストーネは無言で周りを睥睨すると、宙を漂い、両手を広げ、その手を頭上にかざすと、ゆっくりと腕を下ろし始めた。
『ベキッ!ゴリッ!』
ガストーネが腕を下ろすのと同調して、建物が軋み、崩れ、樹木は枝を折り、倒れた。
そして城を取り囲んだ国軍兵が地面に押し付けられ悶絶した。
もちろん、ミラベルも同様だった。
「や▪▪め▪▪ろ▪▪や▪▪め▪▪て▪▪▪く▪▪れ▪▪▪」
ミラベルの鼻から血が流れる。
呼吸が出来なくなり、唇が紫色に変わる。
目尻に血が滲む。
遂には押し潰され破裂する兵が出始めた。
人体が破裂する音がそこかしこで始まった。
「わ▪▪▪か▪▪▪っ▪▪▪た▪▪▪
こ▪▪▪く▪▪▪お▪▪▪う▪▪▪を▪▪▪
ゆ▪▪▪ず▪▪▪る▪▪▪た▪▪▪す▪▪▪
け▪▪▪て▪▪▪▪▪」
急に圧力が消えた。
そこかしこで咳き込む音がする。
空気を貪るように吸い込む。
だが、国軍の兵士の1/3は再び空気を吸うことが無かった。
「早くいうこと聞かねぇからよぉ、大事な駒が減っちまったじゃねぇか?」
ガストーネが竜眼でミラベルを睨み付けた。
「そ、その目は▪▪▪古の伝承に伝わる魔王の▪▪▪竜眼▪▪▪」
ミラベルは、ガストーネの竜眼を見て思い起こしていた。
その昔、人類に、いや、この世界の全ての大陸に住まう人種、亜人種とたった一人の魔王との戦い。
人種▪亜人種連合、そして、魔王に与しない魔物までもが、このたった一人の魔王のために全滅させられた。
その後魔王は自ら姿を隠したと伝承は語っている。
その魔王が今目の前に居る。
ミラベルは絶望した。
どれだけ強い軍隊を持とうとも、どれほどの魔物を召還しようとも、この魔王に勝てるとは思えなかった。
「ウラジミールヒーリング!」
「?」
悶絶し、そのまま息絶えようかとしている兵士の周りを一人の小男が走り回っていた。
「ウラジミールヒーリング!
あやや、遅かったですかぁ。
では次の方を▪▪▪」
その様子を見ていたガストーネがウラジミールに向かって小指を弾いた。
その弾かれた『空気』がウラジミールの後頭部を直撃し、ウラジミールは銃で撃ち抜かれたかのように転がった。
「痛いですぅご主人様ぁ?」
「何やってんだ?そんなもの放っとけ!」
「いえいえご主人様?回復すれば貴重な戦力でございます。
これから大陸の覇権に乗り出すのですから駒は一つでも多いに越したことはありません。
もっとも、全滅させるのであれば話は別ですが?」
「▪▪▪」
ウラジミールの言に、ガストーネは竜眼の上の眉をピクリと動かした。
「俺のためか?」
「もちろんご主人様の御ためでございますよぉ。」
そう言ってウラジミールはまだ息のあるもの達の治療を再開した。
「なら▪▪▪いい▪▪▪」
ガストーネはそう言って、スタラーノに目配せして空間を開き、そこに姿を消した。
『いやぁぁぁぁ▪▪▪▪▪心臓バクバクですぅ▪▪▪』
ウラジミールはチラリとスタラーノを見た。
スタラーノはウラジミールを一瞥すると、兵士が縛り上げたミラベルを連れて城へ姿を消した。
『スタルシオンさんはお見通しですかねぇ?
まあ、とにかく一人でも助けられれば▪▪▪』
「ウラジミールヒーリング!
ウラジミールヒーリング!
ウラジミールヒーリング▪▪▪▪」
◇◇◇
ウラジミール達がガストーネに襲われてから数日▪▪▪
『ああ、なんて情けない▪▪▪
ガンゾウさんに着けてもらった『エラ』をそのままにしておいて助かりましたが、手足を捥がれてしまっては浮かびようがありません▪▪▪
捥がれた手足は魚の餌にでもなってしまったのでしょうし▪▪▪
硬化で血管を塞ぎましたから血は止まりましたが、さすがに身動きがとれません。
お腹が空きましたね▪▪▪』
ディートヘルムは、南方大陸手前の海底に沈んでいた。
ガストーネに襲われた。
その圧倒的な『暴力』の前には、長年修練に励んだ剣術、体術など、何の役にもたたなかった。
あっという間に四肢を捥がれ、海に突き落とされた。
『エラ』を持つことを知らなかったのだろう。
溺れて死んだと思っているに違いない。
だが、復讐しようにもこのままでは海底で『餓死』なんて事になりかねない。
『ガンゾウさんに念を送っていますが、『誰か行かす』とだけで、その後は途絶えてしまいましたし▪▪▪』
取り留めもなく考えを紡いでいると、海底から海上を見上げるディートヘルムに大きな影が覆い被さった。
『蟹?』
そう、それは巨大なハサミと長い脚を持つ大蟹であった。
ひょっこりと突き出した一対の目が世話しなく動く。
『まずいですね▪▪▪硬化を▪▪▪』
スッとハサミが降りてきてディートヘルムは挟まれてしまった。
ギリギリと圧力が加わる。
更にもう一方のハサミが降りてきて頭を挟む。
ギリギリ▪▪▪ギリギリ▪▪▪
ミシッ▪▪▪
生存本能に裏打ちされた無慈悲な食欲は、一見石ころのようになったディートヘルムの肉を見抜いていた。
『こっ▪▪▪これはっ▪▪▪耐え▪▪▪られな▪▪▪いかも▪▪▪』
手足を失っていたディートヘルムには為す術がない。
『もう▪▪▪だ▪▪▪め▪▪▪か▪▪▪』
その時、見上げる大蟹の背後に、更に大きな影が降りてくるのが見えた。
長い首、大きく太い胴と尾。
それを上回る大きな翼。
海水が渦を巻き始めた。
その海水に氷が混じる。
キラキラと輝くその渦は、巨大な蟹をも巻き上げた。
蟹に挟まれていたディートヘルムもまた一緒に巻き上げられた。
物凄い海水と氷の渦が海底から上空へと渦巻きながら立ち上った。
「ブッファァッ!」
空高く飛ばされた大蟹はディートヘルムを離した。
ディートヘルムは蟹のハサミからは逃れたが、このまま落下するしかない。
「うおぉぉぉっ!」
声を上げるしか術がない。
『ディートヘルムさん!』
呼ぶ声に首を捻った。
「ブラウリオさんっ!」
巨大な青竜がグングン近付いてくる。
ブラウリオは、落下し始めたブラウリオを空中で掴み反転した。
「ありがとうございます!
助かりました!」
ブラウリオは、竜姿を解かず一瞥して東へ方向を変えた。
◇◇◇
「アンセルモさんは無事だと思います。
船は沈んでいませんでしたし、ウラジミールさんとフロリネさんが捕まって、私を海に落として直ぐに飛び去っていましたから。
そこまでは何とか見届けたのですが、いかんせんこんな姿に▪▪▪」
ブラウリオは、一番近いディートヘルムを治療できる場所として、青竜島を選んだ。
治療とは言っても、ウラジミールが居れば『再生』で手足を新しく『生やす』事が出来るかもしれないが、今はただ安静にしているしか術が無い。
「分かりました。
では私はアンセルモさんを探して南方大陸へ送りましょう。
ディートヘルムさんは暫くここで養生してください。」
「いいえっ!連れていって下さい!」
「その手足では▪▪▪」
「しかしっ▪▪▪このままおめおめと▪▪▪」
「『再生』はウラジミールさんの特技です。ガンゾウさんが使えるのか知りませんが▪▪▪」
「な、ならばガンゾウさんの所へ!」
ディートヘルムは譲らない。
確かに耐え難い屈辱だろう。
だが、戦えないのが明白な状態には違いない。
『どうすれば▪▪▪』
突然、目の前の空間が歪み、切れ目が出来た。
そしてそこからガンゾウが顔を出した。
「なんつぅ格好だ?亀か?」
「まあまあ、ガンゾウさん?さすがにそれはメッですよ!」
ディートヘルムを看病していたフラウが人差し指を立てて注意した。
「ふん、おい大将軍。」
「は、はいっ!」
ディートヘルムは、仰向けに寝ているしか出来ない体で、必死にガンゾウの方向へ首を向けた。
どっこいしょ。そう言ってガンゾウは重そうな頭陀袋を持って空間の切れ目を跨いできた。
「良いもの持ってきてやったぜ。
ほれ、手と足だ。」
「え▪▪▪」
皆がガンゾウを見た。
「なんだよ?手足要らねえのか?」
ガンゾウが持ってきたのは鎧の手足だった。
ブラウリオは、さすがに鼻白んだ。
「ガンゾウさん、さすがにそれは可愛そうです。
怪我人に鞭打つのと変わりません▪▪▪」
チラリとガンゾウはブラウリオを見上げ、構わずにディートヘルムに近寄って、鎧の手足をディートヘルムに装着し出した。
「服は脱げよ、いや、脱げねぇか。」
そう言ってガンゾウは、ディートヘルムの服をナイフで裂き始めた。
「ガ!ガンゾウさん!止めてください!下着は!下着わぁぁぁぁっ!」
きゃ、とフラウほかの女性陣が手で目を覆った。
「直接じゃなきゃくっつかねぇんだよ。」
そう言ってガンゾウは、ガチャガチャと鎧の手足をディートヘルムに装着した。
「ふん、なかなか立派なの持ってるじゃねぇか。」
ガンゾウはそう言って鎧を入れてきた頭陀袋をディートヘルムに放った。
「ま!全く!何をするんですか!」
ディートヘルムは、そう言ってガンゾウの放った頭陀袋を『鎧の手』で受け取った。
「もう!本当に止めてください、恥ずかしいでしょ▪▪▪」
ぶつぶつ言いながらディートヘルムは頭陀袋を裂いて腰に巻いた。
「あんまり見ないで下さい、お恥ずかしい物をお見せしてしまいました。」
そう言って立ち上がり頭を下げるディートヘルムを、ブラウリオやフラウ達はポカンと見ていた。
「じゃあな。」
そう言ってガンゾウは空間の切れ目に消えてしまった。
「あ!ガンゾウさん!待ってください!私の手足を!手足を?手足?」
「どういう事ですかっ?」
ブラウリオがディートヘルムに近寄り、鎧の手足をまじまじと見、恐る恐る触ってみた。
「あっ!」
ディートヘルムの上げた声にブラウリオはビクッと手を引っ込めた。
「有る!有るんですよっ!」
「な、何が?」
「確かに手足が有りますわねぇ▪▪▪鎧のですけど▪▪▪」
「いえっ!感触が!触られた感触が!」
「ま、まさか▪▪▪鎧ですよ?」
「本当なんです!動く!自分の意思通りに動きます!ほらっ!」
ディートヘルムはそう言って手足をガチャガチャと動かした。
「動くうえに感触まで▪▪▪ガンゾウさんはいったい▪▪▪」
小躍りするディートヘルムは、腰に巻いた頭陀袋が落ちたことに気付いていなかった。




