◆◆㉓ブラウリオの強弓とガンゾウの理◆◆
『ゴォォォッッッ!』
ブラウリオの吐くブリザードブレスがスタルシオンを凍てつかせる。
スタルシオンは、その身体に纏わり付く氷を砕き、強靭な尾を振り回す。
砕かれた氷がキラキラと宙に舞う。
リザードマンスタイルのブラウリオは素早さでスタルシオンを凌駕していたが、徐々にスタルシオンの圧倒的なパワーに押され始めた。
『コイツ▪▪▪何者なんだ?』
ガストーネに飲まれたバルブロの配下だったという魔物。
だが、今目の前に居るのは、父アレクサンテリの顔を持ち、アンバランスに下半身の巨大さが際立つ強力な魔物だ。
身体のパーツを弄られたとはいえ、元々の姿が貧弱であれば、見掛けだけ膨らんでも、そうそう戦えるものではない。
だが、目の前のスタルシオンは、原型を留めていないとしても、その剛力は他に比肩するとは思えなかった。
『だが▪▪▪』
『パワーに物を言わせるならば!それを凌駕して見せようっ!』
ブラウリオは、リザードマンスタイルの姿を解き、竜姿となった。
だが、本来の『巨竜』の姿ではなく、スタルシオンを僅かに上回る姿を維持した。
そして、スタルシオンに負けない『太い尾』を回し蹴りよろしくスタルシオンに叩き付けた。
『ブバッチィィィィィィンッッッッ▪▪▪』
ブラウリオの一撃をまともに喰らったスタルシオンは、その巨体を500メートルもぶっ飛ばされた。
『はは▪▪▪折れたな▪▪▪』
ブラウリオは、自身の『尾』が折れたことを自覚した。
それだけ強烈な一撃だった。
濛々と立ち込める土埃のなかで、ユラリとスタルシオンが立ち上がる。
その『顔の部分』が、強烈に光った、と思った瞬間、右肩に激痛が走った。
それが何だったのか?
その瞬間はわからなかった。
右肩を見ると、肉が抉り取られ血が吹き出していた。
そこへ冷気を吐き付け、筋肉の収縮により止血した。
『はは、油断してた訳ではないが、やはり魔物を束ねようとする者の側近だけあると言うことか▪▪▪』
「だがっ!我とて青竜王を継ぐ者っ!如何に強かろうと負ける訳にはいかぬっ!」
痛みは麻痺させたとはいえ、長引けば出血による消耗は避けられないだろう、ならばっ!
ブラウリオは竜姿を解き、人姿となった。
スタルシオンは、先程の『光』をまた吐こうと大きく口を開き、そこに『何か』を集めていた。
極小の青黒い光が周囲からスタルシオンの口に集まっていく。
それは、徐々にスタルシオンの口のなかで大きくなっていった。
『そうか、瘴気を集めて圧縮して吐き出しているのか。
摩擦で爆発的に光輝いて見えたといったところか▪▪▪
ならば、その前にっ!』
ブラウリオは『弓』を構えた。
「先ずは▪▪▪」
弓弦を引き絞り放った。
冷気の矢は真っ直ぐスタルシオンの口のなかに吸い込まれていく。
一の矢は、瘴気の塊の中で溶かされた。
ブラウリオは無言で弓弦を引く。
二の矢、三の矢と続けて放つ。
その速度は常人が見れば早すぎて静止しているかのようにも見えた。
さすがに立て続けに矢を射込まれ、スタルシオンはたたらを踏んで後ずさった。
口の中に集まっていた瘴気は霧散していた。
「さあ、これを喰らっても平気でいられるか?」
ブラウリオは、矢筒から一本の矢を取り出した。
鏃が鈍く光った。
そこには何か小さな文字が刻まれ、中央に紅い小石が嵌め込まれていた。
矢を番え、強弓を引き絞る。
矢を引く右肩から血が勢い良く噴き出した。
『父上▪▪▪安らかにお眠り下さい▪▪▪』
『バシュッ!』
氷の矢とは違い、明らかな物理的射出音と共に放たれた矢は、空気を切り裂く高周波を放ちながら一直線にスタルシオンの額、『アレクサンテリ』の額に突き立った。
「₣₩₮₭₤₱₱₱∑∈∂∂∂∃∅∅∅▪▪▪▪▪」
意味不明の叫びを上げたスタルシオンの額から黒い煙が立ち上がった。
そして、アレクサンテリの首から下がサラサラと音を立てながら霧散した。
ドスッ、と鈍い音と共にアレクサンテリの首は地に落ちた。
「感謝してほしいな。不死の呪いから救ってやったんだ。
それともまだ魂は漂っているのか▪▪▪」
ゆっくりと歩を進めた。
激痛が甦ってきた。
涙を流しているのか?
鼻水が垂れ流されているのか?
何れにしてもクリスタには見せられないな▪▪▪
そんなことを思いながら父親の首にたどり着いた。
その首は、あの『光』の影響なのか、握り潰されていた顎が吹き飛び、大きな穴が開いた無惨な物だった。
「父上▪▪▪申し訳ありません、遅くなりました、御迎えにあがりました。」
嗚咽が漏れ出た。
低く、震えながら、嗚咽は止むことは無かった。
◇◇◇
この意識は何処に紐付いているのか?
全身を溶かされて実体は無いのに意識は溶かされた細胞一つ一つに紐付いている。
そして、鯨に吸収された俺の身体は、鯨の記憶と能力、そして『存在意義』を吸収して集合を始めた。
なるほどな▪▪▪
だが断るぜ。
俺の柄じゃぁねえ。
『断る断らないではないのだ▪▪▪これが『理』なのだから▪▪▪』
洒落か?
まあ良い。
『それこそ意識の問題だ。
受け入れなくてもそうなのであれば、同様に俺が思うように生きることもまた『理』だ。
呼びたきゃ呼べば良い。
だが返事はしねぇぞ?』
集合した俺の身体は、何一つ変わること無く元通りに戻った。
だが、溶けた服はさすがに戻ってこねぇ。
俺は空間を切って替えの服を一式出して着込んだ。
今度は切れた。
もちろん切れなかった理由は学んだ。
「魔滅▪▪▪」
そう呼ぶと、魔滅の剣が、獅子丸を紐で繋いで飛んできた。
俺はそれをキャッチすると腰と背に差した。
『ふふ、それもまた面白かろう。
何れにしても我等は存在が『理』なのだ。
好きにするが良い。』
『上からだな。まあ良いさ。ところで『犬』を返してくれねえか?
不本意だが、親から頼まれているからよ。』
『さて、≪▪▪▪≫が返してくれようか▪▪▪』
ふん、なら力ずくで▪▪▪
そう言って空間を裂いた。
ベリッ!と裂いた空間を捲り声をかけた。
「犬っ、帰るぞ。」
女の子は無言だった。
感情の無い目に、一瞬寂しげな淡い光が宿った。
「ガンゾウさぁぁぁん!」
尻尾千切れるぞ。




