◆◆⑳ガストーネの感傷とガンゾウのロマン◆◆
「ここが『魔物の巣』なのですか?」
ディートヘルムの目の前には、爽やかな風が吹き渡る草原が広がっていた。
「はい、南方大陸、通称『魔物の巣』です。」
そう言ったアンブロシウスの頭上には、小鳥が『ピチピチ』と鳴きながら飛び回っていた。
「幻覚の類いなのでしょうか?」
ブラウリオが警戒を解かず、緊張した声音で呟く。
「ほんと、瘴気の気配も無いわね?
ここは草木一本生えない死の大地だったはずだけど▪▪▪」
ベルギッタも困惑を隠せない。
四人が降り立ったのは、南方大陸の北端、魔物共が『渡り』を試みる為に集結する、最も瘴気の濃い場所の一つでもあったはずなのだった。
それが、瘴気の気配どころか、小鳥が囀ずる爽やかな草原が広がっているのだ。
幻覚と疑うのも無理の無い話である。
「ガストーネですね。」
「え?」
「あの人は意外とセンチメンタルな所が有るのですよ。
もともと魔物を退治して『英雄』とまで言われていましたからね。
基本的に人間的な好悪が激しいのですよ。」
遠くを見るように、懐かしむようにアンブロシウスが呟いた。
「一応確認しますが▪▪▪」
ブラウリオが何を言いたいのかアンブロシウスには直ぐに分かった。
「もう私の中にガストーネは居ません。
まあ、そうですね、記憶は有りますが、今の私を構成するのはガンゾウさんの呪力ですから、万に一つもガンゾウさんを裏切るような事はありませんよ。」
「▪▪▪分かりました。
すいません、失礼なことを▪▪▪」
「いえいえ、尤もなことですよ。」
さて▪▪▪
こうなるとこの南方大陸は、ガストーネの影響下▪▪▪
場合によっては『支配下』に有ると言っても良いのかもしれません。
そうですね、そうは言っても魔物を全て駆除したならいざ知らず、そうでないなら魔物を集めておくエリアがあるはずで、そこは強力に押さえ込まないと、折角の長閑な景色もあっという間に壊されてしまうでしょうからね。
「ブラウリオさん。」
「はい。」
「この大陸は魔物に汚染されて魔物以外には住みづらい、いえ、住めない土地になっていたはずなのですが、ここを見る限りガストーネは人間的な感傷を発動させて、大陸を改造しているのではないかと思うのです。」
「なるほど。」
ブラウリオは、ガストーネの分身であったアンブロシウスだからこそ、そしてガストーネに見捨てられ、ガンゾウに救われたアンブロシウスだからこそ、そこに疑いを持つことを止めた。
少なくとも『ガストーネ』を知るのはアンブロシウス以外には居ないのだから。
「しかしそうすると『魔物』はどうしたのでしょうか?
私は大分遠くまで気配を察知出来ますが、今ここで感じる気配はありません。」
「そうですね。
そもそもこの世界の魔物はこの南方大陸の中央に開いた大穴から涌き出しているのです。
ですから、少なくともそのエリアは瘴気の濃さが桁違いだと思います。」
「つまり魔物は全てそこに居ると?」
それはアンブロシウスにも断言出来る事ではなかった。
「その可能性が高いですが、我々の目的はガストーネ退治では有りませんから、見つからないように右回りで海沿いに進みましょう。
折角ガストーネが瘴気を消してくれているのですから、そこはありがたく頂戴しましょう。」
「▪▪▪分かりました。」
そうは言っても、ブラウリオさんは父上の敵討ちをしたいでしょうね。
でもまだその時期ではありません。
ガンゾウさんはちゃんと考えてくれてますから。
ホントにあの方は見た目のぶっきらぼうさとは掛け離れた細やかな▪▪▪
はい、すいません。
◇◇◇
いいんだよ、余計なこと言わなくてよ。
「おお!これか!」
俺たちはギルド長メビウスの紹介で一艘の船を手に入れた。
さすがに漁業組合を併設しているだけあって仕事は早かった。
「鯨狩るにゃあ小せぇが、まあ、目的が目的だからな、足の早いやつのほうが良いだろう?」
まあな。そう言ってもよ、『帆船』だからな。
風まかせだろうが?
「ギルド長、少し船を弄りたい。ドックを紹介してくれ。」
「弄るのかい?まあ、アンタの事だから俺たちの知らないことやるんだろうが、一応言っておくが、その船はここでも三本の指に入る早い船だぞ?」
「そうかい。まあ、見てなよ。」
おれはニヤリと口角を上げて葉巻を噴かした。
◇◇◇
俺はメビウスや船大工が見ている前で『メインマストを切り折った』。
「あ!あ!あ!あ!あ!あっ!」
あ、しか言えねえのか?
「何するんだ!マストを折っちまったら!」
シブルッカでも同じ反応だったな。
「まあまあ皆さん、うちのご主人様のやることは想像もつかないことばかりですから、しばらくご覧になっていてください。」
そう言ってウラジミールが頭を下げる。
下げる必要なんてねえぞ?
空間呪を開いて一本の鋼鉄の『管』を出した。
「あ!あんた!魔法が使えるのかい!」
ああ、見せてなかったか?
まあ、奴らの相手はウラジミールに任せるとして▪▪▪
鋼鉄の管を船体中央の操舵室から船尾の吃水線下に突き通した。熱で船体が燃えねえように断熱材を巻く。
因みにこの断熱材は、杉系の樹皮を加工して作ったものだ。
まあ、人間時の知識が生きたっつうわけだ。
水密加工を施して、速度に耐えられるように補強を入れる。
因みに船首には、昔退治した『黒竜』の肋を補強材として組み込んだ。
ブラウリオとクリスタに『竜の骨』だなんて言えねえか?
知られても構わねぇがな。
これらの作業を黙々と一人でこなし、三時間ほどで完成させた。
「終わったようだが▪▪▪これじゃ風を受けられねえ▪▪▪」
ふん、百聞は一見に如かず、だな。
◇◇◇
「うおあおおおおっっっ!」
物凄いスピードで海上を疾駆する船上で、メビウスをはじめ、船大工の面々は、振り落とされないようにしがみつくのが精一杯だった。
風に煽られて、葉巻が物凄いスピードで短くなる。
十分程の試乗を終えて俺は港に船を戻した。
「な、なるほど▪▪▪
マストは要らねえ▪▪▪」
分かってくれたか?
「まあな、急ぎじゃなきゃ帆船も良いがな。今回はなるべく早く『主』を見付けてぇからな。」
そう言って空間呪から葉巻を取り出した。
メビウス達にもくれてやった。
もちろん火も点けてやったぞ。
指先ライターでな。
「ガンゾウさん、あんたが魔法使えて、俺達の知らないことを知ってるのも分かった。
だが、さすがに『主』と話すなんて途方もない事だ。
やっぱり止めておいたほうが良い▪▪▪」
まあな、納得しろとは言わねえし納得出来るもんでもねえだろうからな。
「まあ、お言葉頂戴しておくよ。
ウラジミール。」
「はいぃっ!」
「鯨狩りの準備しておけ。」
「はいぃっ!」
「なんだい?ガンゾウさんよ?一人で行くつもりかい?」
「ああ、昼寝でもしててくれ。」
「一緒に行きます!」
なんだよ?ポスカネル?
そんな思い詰めるような顔する事じゃねぇだろ?
「ダメだ。待ってろ。」
大きく煙を吐いた。
さて、どんなヤツかな。
少し楽しみだ。
俺は船を離岸させた。
◇◇◇
「あれは▪▪▪?」
南方大陸の海岸線の草原を右回りに進むと森があった。
青々とした若葉を光らせて、森全体が輝いて見えた。
「ドリアードが居ますね▪▪▪」
ブラウリオがその気配を感じ取った。
ドリアード、森の管理者と言われる妖精族だ。
「南方大陸、魔物の巣にドリアードなんて▪▪▪」
ベルギッタが信じられないとばかりにアンブロシウスの顔を覗き込んだ。
「でもこれで分かりました。いえ、多分ですが▪▪▪」
「何が分かったの?」
アンブロシウスは、立ち止まり、振り返って三人を見た。
「おそらくガストーネは、ドリアードを捕らえて草原や森の回復と構築をさせているのです。
どんなに呪力が強大で無尽蔵でも『自然』を回復させるには『摂理』を無視する事は出来ません。
種があるから芽が出るのです。
芽が出るから葉が繁るのです。
そして健康な土が無ければ種は芽吹きません。
これが『摂理』です。
ですから魔物を遠ざけて瘴気を払って、最低限の環境を調えて、そこにドリアードを連れてきて植物を繁らせたのでしょう。」
アンブロシウスの話に三人は頷きながらも疑問を呈した。
「でもいくらセンチメンタルが頭をもたげたとしても、そこまでやるでしょうか?」
ブラウリオが聞いたが、アンブロシウスの答えで皆納得した。
「私達がここに居るのは何のためですか?
こんな風に草原が青々と広がっていたなんて誰も知らなかったことです。
そう、魔物だらけの大陸に『牛族』の国を作るから候補地の目星をつけろと言われて来ているのですよね?
つまり、ガンゾウさんは『牛族』のみならず、人種が生きていける環境を作れると思っているからなのではないですか?
ガストーネ以上の『ロマン』ですよね。」
「▪▪▪なるほどぉ▪▪▪」




