◆◆⑰ガンゾウと牛の国◆◆
元ミノタウロスの三頭は、少し間を取って着いてきた。
そりゃ納得できねぇわな。
少なくとも『国』を『全滅』『消滅』させられた訳だからな。
だとしてもだ?
いつの話だ?
魔物化して長すぎる年月生きてきたんだろうが、既に千年以上昔の話だろうが?
今更アンブロシウスが頭を下げたとして腹に落ちるのか?
面倒クセェ事言ってると俺が相手してやるぞ?
「ガンゾウさんよ、全部声に出てるぜ?」
「そうかい。気にするな。」
ふん、葉巻が不味くなる。
「マスター▪▪▪」
「あ?」
「仰有る通り、我々の言い分は今更なのは重々承知しています。」
「ふん、で?」
「はい。我々はもう国を持たない流浪の一族。他にも同族が居れば助けてあげたいと願っています。
ですから▪▪▪」
「俺に力を貸せと言いてぇのか?」
「▪▪▪はい▪▪▪」
「い、や、だ、ね。」
「ガンゾウさん!そんな可哀想な▪▪▪」
ふん、うるせぇ。
「いいか?良く聞け?そもそもお前らは何故ここに居る?
俺が来いと言ったのか?
違うよな?
お前らが負けたから奴隷になると言って付いてきているんだ?
別に俺には奴隷なぞ必要ねぇんだ?
その上仲間を見つけて助けろだと?
寝言は寝て言え。」
どんどん葉巻が短くなる。
最高の葉巻なのに不味いったらありゃしねぇ。
お前らの面倒みたら旨いもんでも食えるのかよ?
「マスター、仰有る通りです。我々にはマスターに何も差し出すものが有りません▪▪▪
せめて国が滅んでおらず、牛飼いが健在であれば素晴らしい『ヨーグルト』をお召し上がり頂けるのですが▪▪▪」
▪▪▪
いやいや、ヨーグルトぐれぇじゃ▪▪▪な▪▪▪
「ねえアガピト?ヨーグルトだけなの?」
「いえ、牛族の飼う牛は、人間に飼われるよりもより大きく育ちますし良い乳を出します。
その乳から作られるバターやチーズもヨーグルトに負けず劣らず素晴らしいものです。
ですが▪▪▪」
「だが国が無くなっちまっちゃぁ絵空事だな?」
「▪▪▪」
アガピト達は悔しさを滲ませて歯噛みした。
「ところで、こんなことを聞いても無駄なのかもしれねぇがな?」
ふと思ったんだよな。
「乳牛が素晴らしいのは、まあわかった。
『肉牛』は飼ってなかったのか?」
まあな、牛に牛肉の話をしても▪▪▪
「肉牛も国の重要な産業の一つでした。」
有るんかいっ!
「当時は牛族の肉牛については、各国の王侯貴族しか食べられないと言われるほどの高級品で、その評価を裏切ることの無い味だと言われていました。
もっとも、我々は草食なので、異国人のテイスターを雇っていましたが。」
▪▪▪なんだよ▪▪▪
美味そうじゃねぇかよ▪▪▪
「しかし国が滅び、種が途絶えて千年あまり▪▪▪
どんなに望んでもマスターに召し上がって頂けるわけも有りません▪▪▪」
「かあっ、そりゃダメだな?無ぇもんは仕方ねぇやな。」
ふん、ヘリオス?
お前ならそうだろうな。
「なんだい?ガンゾウさんよ?」
「いやな、お前ら俺が『不死』だってぇ事忘れてねぇか?」
「いや、知ってるよ?」
「ふん、知っていても『分かってねぇ』な。
おい牛一号?」
「はい、マスター。」
ふん、葉巻がチビた。
新しい葉巻に火を点す。
そして大きく噴かした。
「国をやる。」
「え?」
「国を造ってやる。ミノタウロスを見付けたら弄ってやる。
人数増やして国の体裁造ってやる。
だから俺にその牛を食わせろ。」
「そんなことが▪▪▪」
「ああ、もちろん今日明日の話じゃねぇ。
百年掛かろうが千年掛かろうが構わねぇ、お前らは死んでもその子孫に引き継げ、滅んだ国を復興し、滅んだ種を蘇らせる。その対価だ。
文句有るか?」
「あ、あ、あ、▪▪▪」
あ、じゃわかんネェよ。
「いやガンゾウさんよ?そりゃいくらなんでも▪▪▪」
「悪いな、ヘリオス、お前が生きているうちには叶わねぇ計画だ。」
「そんな狡ぃぜ?交ぜてくれよ!」
「だったら魔物にでもなって千年生きるんだな。」
へへ、ちょっと面白くなったじゃねぇか。
おっと▪▪▪
「大事なことを聞き忘れた?
牛は育てられるのか?」
「は、はい、弟のアウグストは優秀な牛飼いでしたから、時間は掛かるでしょうが良い牛を育ててくれるはずです。」
「なんでぃ!牛三号!いや!アウグスト!おメェそんな才能が有ったのか?
よし!任せろ!立派な国を造ってやる!
ああ、それからな、これでアンブロシウスの件はチャラな?グズグズ言うんじゃねぇぞ?」
三頭、いや三人は顔を見合わせると片膝を付いた。
「仰せのままに。」
よし!
一件落着。
「まあ、その前に鯨だな。行くぞ!アガピト!アンセルモ!アウグスト!」
なんだか愉しいじゃねぇか?
◇◇◇
「ちゃんと三人の名前覚えていたんですね。」
「ああ見えて気持ち細やかなんだよな。」
「そうですね。」
「だから惚れたんだろ?」
「え?」
「隠さなくても良いぜ?
っつうかバレバレだぜ?」
「え?ええ?」
「赤くなった。」
「からかわないでください!」
ポスカネルの髪がザワザワと立ち上がる。
「おっと!それは御免だ!はっ!行けっ!」
ヘリオスは角馬に一鞭くれた。
「もう▪▪▪」
走り出すヘリオスを見て、ポスカネルは微笑んだ。
「届かないのは分かっています。
でも、それで良いの。一緒に居られるなら▪▪▪」
そう呟いた▪▪▪
「誰とですか?」
「タ!タウリ君っ!何時から?」
「ずっと。初めから全部聞いてますけど。誰ですか?」
鈍感な子で助かった▪▪▪
「何でもないの。さあ、私達も急ぎましょう!」
そう言ってポスカネルも角馬を走らせた。
タウリに手を差しだし引き上げて後ろに乗せた。
「誰ですかぁ?」
「誰でもないわよ!」
ガンゾウの背中が大きく見えてきた。
ポスカネルは、思わず顔が綻ぶのを覚えた。




