◆◆⑦塞がれた穴と潰された口◆◆
南方大陸、通称『魔物の巣』。
直径1000mになろうかという巨大な穴が、南方大陸に充満する『瘴気』を激しく吸い込んでいた。
そしてそれに乗り、魔物どもが我先にと穴に飛び込む。
と、瘴気の流れが止まった。
『ぐげっ?』
餌場への直行路が出来たことは、高等な思考を持たない魔物でも理解した。
いや、本能故の嗅覚の為せる技なのだろう。
しかしその瘴気が止まった穴からは、同じく本能故に察知する危険な臭いが吹き上がってきた。
それも急速に。
暗い穴のなかを覗き込む魔物が多数居た。
と、ずっと奥に赤い光が見えた。
その光はあっという間に穴全体を満たし、地の底から南方大陸『魔物の巣』に吹き上がった。
火山の噴火、いや、ガンゾウの『焔玉』で刺激された地下のマグマが噴き出したのだった。
『グゴゥッ!』
爆音を響かせて火柱がそそり立つ。
空気を切り裂いて溶岩弾が雨霰と弾け飛ぶ。
それらは、防御や火属性の無い魔物どもを焼き尽くした。
たとえ火属性が有っても、力の弱い魔物はそのまま溶岩に飲み込まれた。
「何だコイツはっ▪▪▪」
ガストーネはたった今まで魔物達が先を争って飛び込んでいた穴から火柱がそそり立ち、魔物達を焼き尽くすのを呆然と見た。
「おいおい?スタルシオンよ?何だこりゃあ!」
怒りが髪を逆立てた。
コメカミに血管が浮き出る。
「おそらく▪▪▪」
その名を口にしようとした▪▪▪と思ったから、ガストーネはスタルシオンの『竜の口』を鷲掴みにして塞いだ。
「言うな▪▪▪言うなよ▪▪▪その名前は言うんじゃねぇ▪▪▪分かってんだよ▪▪▪アイツだろ?アイツだよな?
なんでこんなに邪魔しやがるんだ?
出口は北方だったよな?
何故そこに居るんだ?」
スタルシオンの顔を掴んだ手に力が入る。
『ボコッボコッ』と腕の筋肉が盛り上がる。
グジャッ▪▪▪
スタルシオンの『竜の口』が潰れた。
それでもスタルシオンは微動だにしなかった。
痛みは有る。
『有る』なんてレベルではない。
だがその痛みは、その名の男に対する暗い復讐の焔に変わっていった。
噴き出した火柱は、三日三晩噴き上がり、火勢が落ち着くとマグマ溜まりとなり、そして冷えて固まり、穴を完全に塞いだ。
◇◇◇
「すげぇな!すげぇな!本当にすげぇな!」
ああうるせぇ▪▪▪
「煙の兄ちゃん!本当にすげぇ!」
「ご主人様は魔王になれるお方ですよ?その方に対して『煙の兄ちゃん』とは聞き捨てなりません!良いですか?▪▪▪」
「▪▪▪」
「▪▪▪」
「で?」
誰も居ない空間に向かって説教を垂れているウラジミールを見る目は、一人残らず『アホな子』を見る目だな。
まあ、それは置いといて、俺はユルヤナに聞いた。
「これで良いんだよな?
穴は塞いだ。しかも、穴の入り口まで全てを塞いだはずだ。
瘴気の欠片も漏れてねえだろ?」
「うん!煙の兄ちゃん!
本当にすげぇな!ぶぐわっ▪▪▪」
鼻先を弾いてやった。
◇◇◇
「まったくぅ▪▪▪
ご主人様の指示ですから治療してさしあげますがぁ▪▪▪
化かされた相手を気持ち良く治して差し上げられる訳もないでしょう?
▪▪▪
そうですか。
分かっていただけるなら結構です。
▪▪▪
いえいえ、決してそんなつもりでは。
▪▪▪
いやぁ、何気に分かっていらっしゃいますねぇ?
▪▪▪
そうですかぁ?
▪▪▪
いやぁそれ程でもぉ▪▪▪」
「まだ夢見せてるのか?」
「うん。だって恩着せがましぶぐわっ▪▪▪」
そこは素直になれ。
◇◇◇
「ほんといい加減にしてくださいぃ。」
さすがのウラジミールも形無しだな。
「ふん!煙の兄ちゃんの奴隷風情が偉そうに言うんじゃねぇ!」
「このぉっ!」
「あああんっ!怖いよぉ、おねいさぁんっ!」
「あらあら、ウラジミールさん?少しきつすぎますよ?まだ小さな子供じゃないですか?」
ユルヤナはポスカネルを避難場所にしたようだな。
「ああ、ポスカネル?
そいつは子供に見えるが、80年は生きてるからな。」
「あら、私はもう何百年も生きてますからね、80年なら子供も同然ですよ?」
ふん、そうかい。
まあいい。
「でもユルヤナさん?」
「何ですか?おねいさん?」
ポスカネルが辺りを見回しながら聞いた。
「ルルキーヌに上陸してからここまで、かなりの瘴気が漂ってましたけど、それでも草花は生い茂っていました。
普通ならあれだけ瘴気が濃ければ花が咲くことはないでしょうし、植物は枯れてしまうと思うのですが?」
「うん、枯れたよ。
でも、結界の蓋をして祝福を施したんだ。
普通ならもっともっと草花は生い茂って動物達も集まるんだけど、瘴気を完全には防げなかったんだよ。
だから生命力の強い下草達しか生えなかったんだよ。」
なるほど。
その結界の綻びから魔物どもが這い出してきたって訳か。
「うん、もう結界の役目が果たせなくなりそうだったんだ。煙の兄ちゃんが来てくれなかったら、今頃魔物だらけになっていたはずだよ。」
声に出ていたか。
ユルヤナが光の鱗粉を振り撒きながら飛び回る。
「ところで皆さん?」
「何でしょうか?ブラウリオさん?」
ブラウリオがちょっと困ったような顔で聞いた。
「その鼻の▪▪▪は、何ですか?」
『あ!』
ポスカネルが慌てて顔を隠したが、もう見ちまってるからな。
なかなか面白い顔だったぞ。
◇◇◇
「つまりルルキーヌは原因は分からないが『瘴気』に満たされていると言うのかい?」
「そうなのよ、おかげで白眼剥いて倒れちゃったわよ。」
フロリネ達はベニートのギルドに居た。
このアックリスタのギルドは、酒場と共に宿も併設している。
フロリネ達は、そこに部屋を借りた。
フロリネ達の目の前には、様々な食事が並んでいた。
もともと海産物の豊富なアックリスタだが、ガンゾウが催した大宴会の余波で、更なる珍味が集まっていた。
「大宴会のおかげで商売人達は皆潤った。ここの代金は気にしないでくれ。」
そう言われたフロリネは、遠慮という言葉など知らぬかのように料理を頼みまくった。
「フロリネさん?いくらなんでもこれではガンゾウ殿に叱られます▪▪▪」
「ディートヘルム?ちっちゃいこと言わないでよ?ほらあんたも食べなさいよ、クリスタは▪▪▪
何でもないわ。」
すすめるまでもなく、クリスタは鶏の丸焼きに噛りついていた。
「ほんと『鶏』が好きねぇ。」
「好きよ。悪い?」
「いいえ、私も好きよ。」
フロリネの言葉に、ディートヘルムが反応した。
「ダークエルフと言えどもエルフ、つまり妖精属であると思うのですが、肉食するのですか?」
「あら、食べるわよ?白エルフと違って何でも食べるわよ。厳密に言えば、白エルフだって肉食しない訳じゃないのよね。あの子達は本当の『妖精』になりたがりなの。
だから妖精と同じ食事をしたいってだけなのよ。
なれるわけ無いのにね。」
そう言ってフロリネも鶏の丸焼きから脚をむしりとって頬張った。
「なるほどぉ▪▪▪」
と言いながら、ディートヘルムも揚げ物を口に放り込んだ。
「おいおい?そうじゃなくてな?
いや、食事は楽しんでくれ、ただ、もう少しルルキーヌの情報が欲しい?」
ベニートとジャビは、ものすごい勢いで無くなる料理の皿に呆れながらも、ルルキーヌの情報を欲しがった。
「残念ながら今話したところまでしか我々も話せないのです。なにせ、フロリネ殿を避難させる事を言いつかったばかりに、それ以上の情報は我々も持っていないのです。」
と言ったディートヘルムにフロリネか食いついた。
「なによ?私が悪いわけ?」
「いえ、悪いわけじゃあ無いのですが▪▪▪」
「じゃあなによ?」
クリスタは、鶏の丸焼きを頬張りながら目だけで2人を追った。
「妖精の棲む大陸に妖精の気配が無くなるほどの瘴気でしたからねぇ、まがりなりにも『妖精』のお仲間のダークエルフですから、仕方無いですよ。」
「何か納得行かないわね▪▪▪」
そんな話をしながらも、食べる手は止めない三人だった。
◇◇◇
「はあ、お腹いっぱい。」
そう言いながら腹を擦るフロリネにクリスタが聞いた。
「もう大丈夫そうだから私は戻ろうと思うけど、二人はどうする?」
「フロリネさんは残られた方が良いでしょう。
私は戻ろうと思います。」
そう言ったディートヘルムに、蜂蜜のいっぱい入った紅茶を啜っていたフロリネが言い返した。
「なに言ってるのよ?一人だけ残されるなんて嫌よ。
あの時は、あんなに瘴気が濃いなんて知らなかったからやられちゃったけど、分かっていたなら対処は出来るわ。」
「どうするの?」
「大丈夫、あんた達にも作ってあげるから。
エルフ程じゃなくても、瘴気なんて吸わない方が良いに決まってるじゃない?」
そう言うフロリネにクリスタとディートヘルムは顔を見合わせた。
「作るって何を?」
「それはね▪▪▪」
◇◇◇
「総督、どうするんだい?あの男に任せて放っておくのかい?」
ジャビとベニートは、クリスタ達が立ち去った扉を見ながら葉巻を噴かした。
「んんっ▪▪▪
なにもしないわけにはいかないだろうな。
場合によっては『国レベル』での対策が必要になるかもしれないからな。」
「そんなにかい?」
「ああ、あのガンゾウさんが現れてから、お伽噺が真実味を増してきた。」
「つまり?」
二人は温くなったコーヒーをゴクリと喉をならして飲み込んだ。
「デュラデムだけじゃなく、全大陸を巻き込んだ『大災厄』になるかもしれないって事だ▪▪▪」
「まさか▪▪▪」
「だが始まってからじゃぁ死人の山を見ることになる▪▪▪
もっとも、自分がその山に積まれちまったら見ることも出来ないがね▪▪▪」
空になったカップの底を見つめた。
「おい!アゼッタのアガベ酒が有っただろ?持ってきてくれ!」
ベニートが酒場の給仕に声をかけた。
「飲むのか?」
「そんな話▪▪▪飲まなきゃ聞いていられねぇよ▪▪▪」
「だな▪▪▪俺にも一杯頼む。
取り合えず王都に使いを出す▪▪▪
いや、俺が行く。
その間街を頼めるか?」
「荷が重いな▪▪▪
高いぞ?」
「生きていられたら払えるだけ払うよ。」
「▪▪▪ふん、分かったよ▪▪▪」
二人は運ばれてきたアガベ酒を一気に呷った。
アガベ酒は、喉を焼きながら落ちていった。




