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【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第4章 長い時間の物語

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265.『本当によかった』そう、思ってる


「お嬢さん!」


 ザフィアが叫ぶ横で、僕はいつでも動けるように身構えた。

 足下で、アルトが小さな身体のまま、しゃあああ!と毛を逆立てている。

 茂みからのそり、と這い出してきたそれは、ぬらりと光る鱗を持った魔獣だった。

 緑色の瞳が夜闇で光り、ぎょろりと僕たちを見回している。

 巨大なトカゲ姿の魔獣は、大きな牙を覗かせた口元から、だらだらと唾液を垂れ流していた。

 今朝方、ココゼが言っていた、この森に生息しているという魔物なのだろう。

 人間くらい簡単に丸呑みできてしまいそうな口が再び開いて、リンアード嬢とココゼの方を向いた。

 ――消し炭にしてやろう。

 そう思い周囲のマナを操ろうとした瞬間。


「――お待ちください、大賢者様!」


 ココゼの制止の声に、ぴたりと発動寸前の魔術を止める。

 代わりに魔獣の牙がココゼ達へと届き……ガチン!と大きな音を立てて、見えない壁に阻まれていた。

 念のため、と僕が渡したネックレスの、防御の魔術が発動したのだ。

 幸い、魔獣はそこまで強くはないようで、何度も防御膜に弾かれている。


「この場所では、派手な魔術での狩りは禁じられています!できるだけ、静かにお願いします……!」

「おい、そんなこと言ってる場合じゃ……!」


 ザフィアが抗議するのにも、ココゼは首を振る。


「いけません、ここで派手なことをしてしまえば、ロブロンの住人達から攻撃を受けてしまいます!」


 小さく舌打ちをして、僕は一旦魔術を引っ込めた。

 ――自分とザフィアだけならまだしも、ココゼはこれからも、あの町を利用するのかもしれない。

 彼の迷惑になるようなことは避けたいし……今は、リンアード嬢だって一緒だ。

 大勢の妖精に追いかけられながらなんて旅路は、彼女には辛いだろう。

 となると……彼の言う通り、できるだけ静かに。

 一瞬でアレを処理するしかない。

 ……静かに、というのなら。


「……丸焼きか?」

「それ、賛成」


 零れた独り言に、隣のザフィアがにやりと笑った。


「じゃ。静かに行くか」


 ザフィアはそう言うと、音もなく地面を蹴り――次の瞬間には、いつの間にやら手にしていたマナで作られた剣で、トカゲの口元を真上から突き刺し、地面に縫い止めていた。

 刹那、魔獣トカゲの身体がぶわりと膨れ、断末魔を叫びそうになる――。

 が。

 実際に、夜の森に魔獣の断末魔が響くことはなかった。

 ぴっ、と払うように動かした僕の指先から、魔術が発動する。

 トカゲを内側から丸焼きにする――。

 一瞬で、身の内から高火力で焼かれた魔獣は、喉を焼かれた影響で、声を発することもなく。

 大きな巨体を、どう、と地面に横たえたのだった。


「……お見事です。お二人とも、ありがとうございます」


 まだ震えるリンアード嬢を支え立たせながら、ココゼがほっとした顔で頭を下げる。


「別にこれくらいいいけど……。この森、結構危ないみたいだね?」

「はい。今後も、このような事があれば是非、今のように静かに対処をお願いします」

「可能な限り頑張るよ」


 少し手間は掛かるが、相手が魔獣なら瞬殺くらいどうってことはない。

 やれやれ……と肩を落としながら、リンアード嬢を気遣っていると……。


「……なぁ。これ、食べたらおいしいんじゃないか?」


 ひとり、脳天気な男が、自分の突き刺した魔獣をしげしげと眺めていたのに毒気を抜かれた。

 ――本当に。生前と変わらず、脳天気な男だ。

 そんな彼のペースが少し懐かしくもあり、呆れもして……フッと笑みがこぼれた。





 その後、魔獣の丸焼きをココゼがせっせと解体していると、見覚えのあるローブ姿の妖精が数人、現れた。

 ココゼが対応してくれたのだが、彼らはロブロンの住人だったようだ。

 最初に魔獣トカゲが飛び出してきた時、リンアード嬢が上げてしまった悲鳴を聞きつけたらしい。

 ココゼは、常世の森の静寂を乱してしまったことを真摯な姿勢で謝罪し、魔獣から解体した牙や骨、肉など、ほとんど全ての部位を譲り渡すことで交渉を成立させた。

 あの魔獣の素材は、鱗の一枚、血の一滴に至るまで、だいぶ高額で取引されるものだったのだそうだ。


「大賢者様たちがいらっしゃるなら、いくらでもあの手の魔獣を狩ることはできますので。1匹くらいどうってことないかと」


 相変わらず柔らかな笑みを浮かべる妖精族の青年は、さらりとそう言って笑っていた。


「あ、ご安心ください!食べるのに一番適した部分だけは、より分けておきましたので。今日のお昼ご飯はステーキにしましょうね」


 彼の言葉に、顔を引きつらせていたのは僕とリンアード嬢だけだった……と、思う。

 ココゼの言葉通り、お昼にはステーキが提供され、想像以上にフルーティで柔らかな肉質のそれに、ザフィアはとっても満足しているようだった。


「……」


 ちら、と確認してみれば……リンアード嬢は、俯いたままステーキをつついているだけで、箸が進んでいないようだ。

 ――それもそうか。

 梨里のために、と、懸命にここまで付いてきてくれた、勇気ある彼女でも……魔獣に襲われるという体験は、令嬢の身にとって、とてつもなく衝撃的だったに違いない。


「気になるなら、一声掛けたらどうだ?」

「アルト……」


 生意気な使い魔は、僕に向かってそう言うとふん、と鼻を鳴らして、リンアード嬢の方へと歩いて行ってしまう。

 ……彼女は、梨里を想って付いてきてくれた人だ。

 彼女の気持ちには、とても感謝している。

 だから、僕も一言くらい……と思って、腰を浮かしかけた、その時だった。


「おう、イグニス」


 片手に山盛りのステーキ、もう片手に囓りかけの肉を刺したフォークを持ったザフィアが、どかりと隣に腰を下ろした。

 ……そういえば、こいつとも話の途中だったな。

 思い直して、再び倒木へと座り直す。


「……よく食べるな、相変わらず」

「ほーか?これ、おいひいぞ?」

「咀嚼しながらしゃべるな……」


 昔と変わらないノリのこいつは、一体いつまで表に出ているつもりなのか。

 そもそも、本来の身体の持ち主であるライオットではなく、ザフィアが表に出ていることで、身体に負担が掛かっているはずなのに……。

 呆れて長い溜め息を吐くと、ごっくん、と肉を飲み込んで、ザフィアがふふん!と得意げに笑った。


「今、お前が何考えてるかわかるぞ。いつになったら引っ込むんだこいつ?だろ?」

「わかってるなら引っ込めば?」

「……お前、昔っから淡泊だよなぁ」


 新しいステーキにフォークを刺しながら、ははっと愉快そうに笑うザフィア。


「安心しろよ。もう引っ込むつもりだからさ。……それに今、どういうわけか身体への負担がだいぶ少ないみたいなんだ」


 だから全然だいじょーぶ!……なんて笑いながらステーキにかぶりつくザフィア。

 本当に脳天気である。


「それは……ここが妖精の世界だから、なんだろうか?」

「んー、詳しいことはわからん。まぁ、そこら辺が理由だろうがな。……ってなわけで、俺は言いたいことを言ってから、引っ込みたいんだ」

「はいはい、どうぞ」


 僕の投げやりな態度を一切気にした様子もなく、腐れ縁の建国王様は、にかっと笑ってこう言い放った。


「イグニス、お前もようやく、自分を許してやれたんだな。本当によかったって、俺……心から、安心したよ」









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