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【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第4章 長い時間の物語

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242.虹の街からの旅立ち<2>


 朝食後の荷物整理は、これまたすぐに終わってしまった。

 そもそも、この旅にあまり物を持ってきてはいない。

 最低限の着替えと、身の回りのものや……焔さんとお揃いのマナペンと、栞と。

 それから、このママルファ=エルで購入した、妖精の国産の手帳。

 植物で作られた表紙をぱらりと捲ると、そこにはマナペンで書き綴った、私自身の文字が並んでいる。

 ここには、妖精の国での出来事や、この旅で感じたこと、思ったことを記録している。

 人間の身で、妖精の国に訪れること自体、稀なことだというし。

 念のためフェイン=ルファンに確認したところ、ここでのことを書き留めておくこと、人間の世界に戻ったとき本にすること等、何も問題ないと言っていた。

 だったら、人間の国に帰った時に、少しでもこの場所のことを伝えられるように。

 そう思って始めた、記録帳だ。

 全ての荷物を机の上に並べ、確認し終えて、私はふう、と息を吐いた。

 これだけの荷物……小ぶりな机の上に収まってしまう程度のものたちだが、少ないとはいえ、両手に一抱え分くらいはある。

 だが実際持ち運ぶときには、小さなポシェットひとつにまとまってしまうのだから、かさばらないし重くもなくて、本当に有り難い。

 よいしょと取り出したのは、旅の間、肌身離さず身につけている、小さなポシェットだ。

 上質な茶色の皮で作られているポシェットは、緩やかな半月の形をしていて、金具までクラシックで上品な作りになっている。

 私はポシェットの蓋を開けると、中に次々と、荷物を入れ始めた。

 するん、するんと暗闇に消えていく荷物たち。

 そう――このポシェットは、所謂『マジックバック』というものだ。

 私の妖精の国行きが決まってすぐ、リブラリカの復旧作業で忙しくしているはずのシャーロットがやってきて、少しだけ赤い目元でこれを押しつけてきた。

 「旅に出るなら、絶対に持って行くんですのよ!」と……あの時は本当に驚いたけど、彼女のお陰で、とても楽に旅が出来ている。

 シャーロットは、「大したものではないから受け取って!」、と言っていたけれど……その後、このマジックバックを見たオリバーの顔の引きつり具合から察するに、どうやらだいぶ高価なお品らしい。

 このバックのお礼……というわけではないけれど、人間の国に帰るときには、何か素敵なお土産を持って行けたらいいな、なんて考えている。

 お土産……用意しても、帰るのが何年後になるのかなんて、わからないけどね。


「……だめだめ。またこんなこと考えて」


 ぱん、と頬を叩いて、残りの荷物をポシェットにしまいこんで。

 綺麗に整えた部屋を一度、振り返ってから……私は、3日間お世話になった場所を後にした。

 集合は、確か昼食の後だから……。

 うん、昼食まであとちょっとだけ、時間がある。

 私はその足で宿舎を出て、すっかり慣れた妖精の道を駆け下りて、市場の妖精たちへと別れの挨拶をしに向かった。

 市場で良くしてくれた妖精たちは、皆口々に別れを惜しんでくれた。

 沢山のことを教えてくれたことに、丁寧にお礼を言えば、「人間の世界のことが聞けて楽しかった」、と逆にお礼を言われ……。

 宿舎に帰ろうという時には、私は両手いっぱいに、頂き物を抱えていた。

 ハーブに雑貨、果物に、布、貴重な宝石まで……。

 妖精たちの温かい気持ちが、本当に有り難かった。


「……どうしたの、それ」


 突然、呆れ声が背後から聞こえたって、もう驚いたりしない。


「お世話になりましたって、みんなに挨拶に行ったら……色々もらっちゃった」


 そう応えて振り返ると、想像した通りの呆れ顔をしたルゥルゥが、溜め息を吐きながら荷物をひょいと取り上げてくれた。


「俺が持ってるから。早くしまっちゃいなよ」

「ありがとう、助かる」


 両手一杯の荷物だって、マジックバックがあるから平気。

 みんなからの気持ちを大切に、ひとつひとつしまいこむと、私はルゥルゥと宿舎のほうへ戻り、最後の昼食を取った。

 気がつけば、あっという間に出立の時間だ。

 ママルファ=エルの端にある、出立用の広場へ行くと、使節団以外にもこの街から移動する妖精たちがいるようで、広場はすごく混んでいた。


「わあ……」


 だだっ広いその場所には、ルゥルゥの大鳥のような、大きな獣型の妖精たちが沢山いたのだ。

 あちらには鷲のような鳥、またあっちには、フェイン=ルファンの獅子のような、翼の生えた大きな獣……。

 中には、海の生物のような形をした妖精も飛んでいたりして、その多様さに目が奪われた。

 よく見ればみんな、行商の妖精が使役しているものだったり、移動屋と呼ばれる、空のタクシーみたいな仕事に使われている妖精たちのようだ。


「リリー。こっち」


 ルゥルゥの呼び声に走って行くと、広場の一角に、私たち使節団の出立場所が準備されていた。


「くぅるるる!」


 ルゥルゥの側で鳴くのは、私もすっかり仲良くなった、彼の大鳥だ。


「またよろしくね」


 頭をすり寄せてきた大鳥をそっと撫でて、優しく伝えたところ、ひんやりした身体で頬ずりされた。

 全身が水で出来た大鳥だが、こうして触ることもできるし、触っても濡れることはない。

 不思議な存在だが、ルゥルゥ曰く、あのフェイン=ルファンの獅子も、実は触っても手が焼けたりすることはないのだそうだ。

 ……まぁでも、獅子が「燃やそう」と思えばやけどすることはあるみたいなので、自分から触れようとは思えないけれど。

 ルゥルゥに手助けされて、大鳥の上に登る。

 先頭を行くフェイン=ルファンが飛び始めると、いよいよ出立だ。

 どんどん背後へ小さくなっていく虹色の街を、名残惜しく見つめる。

 妖精の国の旅は、まだ始まったばかりだ。

 次に向かう王都では、ついに……妖精の女王と、会える。

 ぐっと前を向いた私に、緑の香りが瑞々しい、優しい風が吹き付ける。

 広がる緑深い森を眼下に、使節団は風に乗って飛び続けた。





 しんと、幻想的な程の静けさが、ゆらりと揺れた魔力に乱された。

 繋ぎ目がめちゃくちゃになってしまったリブラリカ――最奥禁書領域。

 梨里が旅立ってからというもの、ただ静寂だけに満たされた揺り籠だった場所に、またゆらり、とマナが揺れた。

 ――宝石の中で目を覚ましたのは、大賢者イグニスの使い魔だ。

(ん……なんだ、俺、えっと……)

 ぼんやりとした寝起きの頭で、ゆっくりと思い出したのは、リブラリカが炎に包まれた、あの日――。

(そうだ、俺……戦ってる最中に、気を失っちまって……)

 ハッとして、自分の状態を確認する。

 まだまだ本調子とは言えないが、いつもの子猫の姿を保つくらいならできそうだ、と判断する。

 しゅるん、と宝石から出て、黒猫の姿で降り立ち……。

 ――そして、気がついた。


「おいおい……なんで、これ外れてんだよ」


 アルトが宝石から出てまず見たのは、机の上に置かれたブレスレットだった。

 これは、イグニスがリリーを俺の仮の主にするために渡したもの。

 イグニスのやつか、それ以上の力を持つようなヤツにしか外せないはずなのに、どうして……。

 イグニスのヤツが外す訳がないから、これは、他の誰かが外したんだろう。

 そして、ブレスレットのすぐ側に、青白い顔で寝ているイグニスの姿を認識した。


「お、おい……イグニス?!」


 驚いて枕元へと駆け寄る。

 口元を確認すると、微かに寝息が漏れていて……アルトはへなり、とベッドへ沈み込んだ。

 ……イグニスが無事で、本当によかった。

 しかし、この状態は……。

 見渡した最奥禁書領域は、繋ぎ目がズレまくっていてめちゃくちゃだ。

 まあ、イグニスの衰弱っぷりを見るに、これは仕方ないだろうと思うが……。

 どうして、すぐ側にリリーがいない?

 イグニスが寝込んでいるのなら、すぐ側にリリーがいるはずだと……当たり前のように、そう思っていたのに。

 気配を探ろうにも、リブラリカの敷地内に、彼女の気配がないのだ。

 痕跡さえも、もうしばらくこの場所にいないかのように、薄れて消えかかっている。

 ……どういうことだ。

 ブレスレットが外れているから、彼女がどこに居るのか探れもしない。

 イグニスは昏睡状態で弱り切ってやがるし、もう、一体何がどうなって……。

 まさか、リリーは妖精のやつらに……。

 いや、落ち着け俺。

 うろうろ、うろうろと。

 その場をどのくらい、歩き回っていただろう。

 ……まぁ、こうしていても埒が明かない。

 ひとまずは、周囲の状況を確認しにいこう、と。

 アルトはひとり、表側のリブラリカへと出掛けることにしたのだった







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