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【WEB版】大賢者様の聖図書館  作者: 櫻井 綾
第3章 美しき華炎の使者

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207.強い自分になりたいと


 食堂から戻ってきた私は、しばらく自分の机で書類仕事を片付けていた。

 久しぶりにオリバーと話して、何だかほっとした気がしていた。

 戻ってきた最奥禁書領域は、いつも通りしんと静まっていて……執務室にもどこにも、焔さんはいないようだった。

 焔さん……ヴィオラと話してくる、って言っていたけど……こんなに時間かかって、何を……?

 まあ……片付けが終わったらもう帰っていい、って言われたし、すぐ戻るとか、そんなことを言われたわけではないけど……。

 書類に向かいながらも、ついつい時計を気にしてしまう。

 ――だめ。全然、集中できないや。

 コト、とマナペンを置いて、うんと伸びをする。

 するとふわ、と柔らかな感触が手に触れた。


「ん?……あ、あなた」


 白い、ほわほわとした綿毛のような姿。

 それは、ほよりと漂っているようでいて、きちんと意思を持った妖精だ。


「フィイ。どうしたの?」


 図書館の妖精、フィイは、甘えるように私の手にすり寄ると、そのまま胸元へとほんわり降りてきた。

 優しく受け止めて、ほわほわの毛を撫で回す。

 本当にほんのりと、温かさの感じるその塊を手の中で撫で回しながら、私はふうと大きく息を吐いた。


「……待ってても、仕方ない、か」


 あの人は本当に気まぐれだから、いつ帰ってくるかもわからないし。

 なんだか今日は、落ち着かなくて仕事を終える気にもなれない。

 なら――。

 私は書類を片付けて立ち上がると、フィイを椅子の上に置いて、歩き出した。

 思い浮かんだのは、黒い司書服のレグルだ。

 まだ、今日のお礼を言えてない。

 ぐちゃぐちゃになってしまった一般書架の様子も気になるし、彼を探しながら、一般書架まで行ってみよう、と決めた。

 最奥禁書領域から出ると、廊下をばたばたと司書たちが走り回っていた。

 いつもならば、走ってはだめよと注意するところだが……あんなことがあった後で、復旧作業に忙しい今は、仕方がないだろう。

 廊下を歩いている途中、何人かの顔見知りの司書たちが挨拶をしてくれた。

 短く状況を聞いてみると、館内にいる司書たち総出で、一般書架の片付けに当たっているようだ。

 それでもまだまだ、大変な状況らしい。

 やっぱり帰って休むより、みんなを手伝ったほうがよさそうだ。

 やっと到着した一般書架のホールでは、何人かの組に分かれた司書たちが、懸命に清掃作業をしてまわっていた。

 ぱっとみた所、だいぶマシにはなってきているが……今日中に再び利用者を迎え入れるのは、難しそうな様子だった。

 カウンターの近くでは、青い制服のユリーシアが、司書たちに指示を出しているようだ。

 声を掛けるか迷ったけれど……、まずはレグルを探したいな。

 そう思い、ホールをうろうろとしていたところ――。


「あ、お姉ちゃん!」


 可愛らしい声と共に、ミモレがぱたぱたと走り寄って来た。


「ミモレちゃん!大丈夫だった?」

「はい!おねえちゃ……あ、リリー様のおかげです!」


 彼女も復旧作業をしていたのだろう。

 片手に布巾を持っていて、制服は所々汚れて皺になってしまっている。

 きっと、一生懸命作業してくれてるんだろうな。


「わたしはそんな……。ミモレちゃんも、作業頑張ってくれてありがとう。私もお手伝いしようかと思ったんだけど……」

「……リリー様。その前に、あの」

「うん?」


 くい、と袖を引かれて、周囲を見回していた私は、彼女へと視線を戻す。

 先ほどとは違い、泣き出しそうな表情のミモレがそこにいた。


「あの……ごめんなさい!」

「え?」

「私のあげた、お守り……!リリー様が、怪我するようなものにしか、発動しなくて……だから、水から、守れなくて……」


 お守り、という単語に、はて?と首を傾げる。

 けれど、潤む彼女の翡翠色の瞳を見て、何のことを言っているのか、はっと気がついた。


「あ……髪留め?」


 手で触れながら呟くと、ミモレはこくんと頷いた。

 そっか、これ……魔術が込められてる、とは聞いていたけど、私を守ってくれるものだったんだ。


「ごめんなさい……」


 しゅんと小さくなって項垂れるミモレに、私は身を屈めて笑顔を向けた。


「謝らないで。ミモレちゃんは何も悪くないよ。ほら!私も怪我してないし、全然平気だから!」

「……うん……」

「私ね、この髪飾り、とっても気に入ってるの。大切にしてるんだよ。だから、何か危ないことがあったらきっと、守ってもらうから」

「……うん、うん、ずっとつけててね」

「うん!約束する」


 やっと笑顔に戻ったミモレにほっとした後、合流してきたリンアード嬢も加わって、私たちは復旧作業に精をだした。

 濡れたわけではないものの、少し湿ってしまった本を棚から出して、丁寧に布で拭く。

 そんな作業の繰り返しを、1冊1冊、本が無事だったことに安心しながら続けていく。

 そのうち、綺麗になった本を棚に戻しながら、ミモレが大きく溜め息をついた。


「もう、まったく……!こんなに忙しい時に、あの人どこにいったのかしら」

「あの人?」

「レグルさんですよ!ちょっと用事があるって言って、ふらっとどこかに行っちゃって……あ!」


 ぷんぷん怒っていたミモレは、不意に声を上げるとがばりと立ち上がった。


「もう!どこ行ってたんですか!レグルさん!」


 その言葉に、私もがばりと顔を上げて、振り返る。


「すみません、少々話し込んでしまいまして……」


 申し訳なさそうに微笑みながらこちらに向かって歩いてくるのは、探していた人だった。


「あっ……」


 私が立ち上がると、レグルさんもぴたりと足を止めた。

 モノクルの奥の瞳と、目が合う。

 普段は優しげな色をした緑の瞳が、ざわりと荒れているように思えた。

 彼の視線に、何故か気圧されるようなものを感じて、言葉が途切れる。

 そのまま黙ってしまった私に、レグルはほんの少しの沈黙のあと、小さくにこりと笑ったのだった。


「先ほどぶりですね。リリー様も、こちらの手伝いですか?」

「あ……はい」

「お疲れでしょうに、本当に立派なお方だ」

「いえ……その、そんなことは」


 ……どうにも、ぎこちない会話しかできない。

 レグルと面と向かって会話をするのは、あの日――中庭の奥で、『あの話』をしたとき以来だ。

 彼が今、どんなことを考えて私と会話しているのか。

 わかるはずもないことだけれど、どうしても、構えてしまうのは……彼から責められたことを、引きずっているからなのだろうか。

 ――しっかりしないと、梨里。

 自分で自分に言い聞かせるように、心の中で強く思う。

 私は彼を探していたんじゃない。

 そう、さっき庇ってもらったお礼を、ちゃんと言わなくちゃと思って――。


「あの、――っ」


 なんとか心を奮い立たせて、顔を上げた瞬間だった。

 ふわ――と、視界にちらついた、微少なマナの輝きに息を呑む。

 水の加護を受けてから見えるようになった、本当に細かなマナの輝き。

 レグルの身体から、本当に本当に、僅かな……深紅の色のマナが、ふわりと大気へ散っていったのが見えてしまった。


「……レグルさん、あの……マスターと、会いました?」


 レグルが、驚いて目を見張る。

 それは一瞬で、すぐに苦笑いを浮かべた彼は、フッと小さく息を吐いて、床へと視線を落とした。


「……本当に、優秀なお方ですね。そうです。先ほどまで、少しお話をして参りました」

「……そう、でしたか」


 焔さんは、ヴィオラと話してくる、って言っていたけど……レグルとも話していて、帰ってくるのが遅かったのか。

 視界に漂っていた、深紅のマナの粒……焔さんのマナは、ほんの少しふわふわとした後、私の方へと近づいて来た。

 触れたい衝動のままに手を伸ばす。

 指先に、マナが触れるか触れないか――その瞬間に、マナの粒は、大気に溶けて消えてしまった。

 行き先を失った手をぐっと握りしめて……私は、しっかりと顔を上げた。


「……レグルさん。先ほどは、庇って頂いて本当に、ありがとうございました」


 ゆっくり、しっかりと、落ち着いた声で。

 シャーロットに教えてもらった淑女の礼をして膝を曲げ、ふわりと身を沈めた。

 たっぷり数秒待って、ゆっくりと姿勢を戻す。

 再び視線を向けたレグルは、まるで眩しいものでも見るかのように、目を細めて私を見つめていた。

 返礼のため、持ち上げた手を胸元に添えて、彼がそっと腰を折る姿は、そこらの貴族男性にも劣らない、とても優雅なものだった。


「貴女の盾になれて光栄です。……ふふ、役得でした」


 その声色は、優しく、幸せそうなもので……。

 そんな視線と声を受けても、微笑んだまま立っていられるだけの器が欲しいと……震える両手を握りしめながら、心底から思ったのだった。






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