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二十八話「エンディング」

 千夜子の叔父が白骨死体として見つかったのは、まもなく五月が終わろうとしている時だった。


 死体の発見後、啓太達はすぐ警察に遺体の場所を報せ。警察も素早く対応してくれた。


 きっと警察も対処が慣れているのだろう。一連の流れはとても事務的な対処だった。


 問題は千夜子の叔父が他殺体であったことだ。


 検死の結果、叔父の死因は強い衝撃による頚部挫傷。凶器は不明だが当然容疑者の疑いは啓太達三人に向けられた。


 とはいえ、警察の追及はあまり激しいものではなかった。


 三人は形式上の取り調べは受けたものの、啓太と亜子は千夜子の叔父と面識はなく。千夜子に至っても、ここ一年必死で捜索していたのは警察の耳にも入っていたらしく。警察は同情的に扱ってくれた。


 疑いが晴れた後、簡単な事情聴取だけを受けて、三人の身柄は解放された。


「千夜子の叔父の事件捜査は継続されるそうだな」


 ここは行探研の部室。そこにいるのは、啓太と亜子だけだ。千夜子はおらず、二人だけの部屋はとても広く感じた。


「チョコ先輩は、行方不明者の死亡事例で犯人がみつかるのは稀だから、形だけの捜査になるだろう。って言ってたっす」


「相手はもう死んじまったし。検挙は無理だからな。せめて相手が超常の類じゃなければ、警察も動きようがあるだろうに」


 啓太はフッと息を吹きかけるようなため息をした。


 亜子は、静かな啓太を見て、心配するように言葉を口にする。


「チョコ先輩、あれから三日も。姿を見てないっす」


「……だろうな」


 啓太も警察から解放されてから、千夜子に会っていない。


 無理もない。三年間探していた大切な叔父が亡くなっていたのだ。薄々感じてはいたとしても、その落胆と失望は簡単に拭えるものではないはずだ。


「このまま、行探研は解散っすかね」


 亜子が暗い顔をしている。それは千夜子への気遣いだけではなく、自分の義理の両親を探してくれる協力者がいなくなる心配でもあるだろう。


 啓太はそんな亜子を慰めるように声を掛けた。


「例え千夜子がいなくなったとしても、俺は手伝うぞ。だから安心しな」


 啓太の励ましに、亜子は感謝をしつつもある疑いを向けた。


「それって、有償の手伝いっすか?」


「……。失礼だな。もちろん無償に決まってるだろ」


 亜子は疑惑の眼差しを啓太に向けている。啓太とて、鬼ではない。例え無償だとしても、手を抜く気はさらさら無いのだ。


「でも啓太さんだって大変っすね。チョコ先輩がいなくなったら、バイトも探さないといけないっすからね」


「そうなんだよな。かなり稼ぎが良かったから、代わりになるバイトなんてないに決まってる。それに新しく買った携帯の経費だってまだ出してもらえてないんだぞ」


「……私から言って何ですけど、啓太さんはチョコ先輩を金づるにしか見ていないっすね。恥ずかしくないっすか」


「おいおい、急に棘のある言葉だな。俺だって千夜子のことは憂慮しているに決まっているだろ。……雇い主として」


 亜子の軽蔑しきった視線が啓太に突き刺さる。流石に、冗談が過ぎたようだ。


「言ってみただけだよ。本当は、安心してるんだよ。俺は」


「安心っすか?」


「千夜子は毎回、時空の狭間で無茶してばかりだったろ。こちらとしては、千夜子に危ない目に会ってほしくない。だから、千夜子がこれ以上時空の狭間に関わらないとすれば、心配する相手が少なくて済むのさ」


 かつて自分の叔父を探すために、一人で時空の狭間に挑戦していた千夜子である。それを思えば、今の状態は危険が少ない。できることなら、このまま平凡普通な生活に戻れば、万々歳なのだ。


「俺は元から行方不明者に興味なんてなかった。それが千夜子という女性に出会って、ちょっとした気の迷いで手伝っていただけで。最初から時空の狭間との縁なんて、無いも同然なんだよ」


 啓太の言葉に、亜子は少し嫉妬したような顔をしていた。


「啓太さんって、チョコ先輩の事、好きなんっすか?」


「な、何言ってるんだ! 亜子にしては口が過ぎるぞ!」


「でもチョコ先輩のことになると、啓太さんは身体を張ったり親身になったりするじゃないっすか。私だって、もっと啓太さんに良くしてもらいたいっす」


「あれくらい普通だ。普通。亜子にだって、俺は優しく接しているだろう?」


「私はもっと優しくして欲しいっす。特別扱いしてほしいっす!」


 亜子の我儘わがままに、啓太は辟易へきえきする。まさか亜子がここまで承認欲求が強いとは、思いもしなかったのである。


「それと、啓太さんもチョコ先輩への気持ちを曖昧にしている場合じゃないっすよ」


 亜子は甘えたかと思えば、急に真剣な顔に戻った。


「チョコ先輩みたいな素敵な人、すぐに他のお相手が見つかってしまうっすよ。いつまでも一緒に居られるとは思わないことっす」


 亜子はびしりと人差し指を啓太に向け、そう言い切った。


「……俺だってよ」


 啓太は千夜子のことを思う。いつも不機嫌な調子の口がある、千夜子の顔を思い浮かべる。それは他人を不安にさせるが、同時に表情が変わった時の印象が強い顔でもあった。


 好奇心によって星のように輝く目、人を救った時の満足そうな微笑み、人の死を悲しむ寂しそうな面持ち、どれも魅力的で強烈な心象を与える。そんな女性が千夜子だ。


 性格は打算的で、自分の興味を満たすための行動力は随一。かと思えば、人を救う奉仕の心を持ち、ユーモアにも長けている。


 もし単なる変わり者でなければ、男の一人や二人いそうなものだ。


 そう思うと、啓太は面白くないと感じる。


 つまり、それは――。


「よしっ! 調べはついたわ」


 突然、部屋の隅から勢いのある女性の声が響く。


 それは大学に二人といない声量の女性、千夜子であった。


「ちょっ。いつからそこにいたんだよ!」


 部屋が広く感じたのは何も気のせいではない。部室を占領していた本が一か所にまとめられ、積まれた本の牙城の中に千夜子がいたからだ。


 千夜子は本の壁の中から立ち上がり、啓太と亜子を見つめた。


「ん? 何か言ったかしら。待ってて」


 千夜子は両耳から何かを外す。それは、イヤホンのようだ。


「いいわよ。多々良先生の週一オカルト講義の録音。聴きやすくて理解しやすい、それに時空の狭間や時代の怪異の解釈にも利用できる。素敵だと思わない。今度貸してあげるわ」


「いや、いらねえよ」


 啓太は即答で貸し出しを断るが、内心は動揺している。


 イヤホンをしていたとはいえ、もしかしたら先ほどの会話内容を聞かれていたのではないか。会話の中で、不注意な発言をしていなかっただろうか。


 啓太は、改めて自分の言葉を思いだして慌てていた。


「今度はX市唯一の湖、唯一の離れ小島であるカク猿島へ行くわよ! そこでは市内でさらった子供たちが監禁されているという噂があるわ。それを調査するわよ」


 千夜子はいつもの調子だ。まるで自分の叔父が亡くなったことを忘れているような、普段通りの勢いだ。


「チョコ先輩。叔父さんの事……。大丈夫っすか?」


 亜子が気を遣い、千夜子に話しかける。


 千夜子はまるでついさっき記憶が戻ったように、暗い顔をした。


「……そうね。叔父の事は残念だったわ。もう亡くなっているかもしれないという考えを抑えて、必死に探したのに結局は間に合わなかった。そう思うと、私の三年間は無駄のように感じるわ」


 千夜子はとつとつと心情を吐露し、瞼には涙をたたえているようにも見えた。


 だが、千夜子は元気よく顔を振るうと、気合の入った表情に変わる。


「でも、それで私の知的探求心が衰えるわけじゃない。今も昔も。私は時空の狭間に憑りつかれているの。叔父が亡くなっても、例え私が死んだとしても。この気持ちは抑えられるものじゃないわ」


 千夜子はどこか無理をしている元気良さだが、その気持ちに偽りはないようだ。


「人を探す。怪異に出会う。怪異に打ち勝つ。人を救う。そのカタルシスは日常では出会えない。素晴らしいものよ。私はこの感覚にもう病みつき。槍が降ろうと、火事になろうと、両親が痴態で捕まろうとも。私は立ち止まれないのよ!」


 千夜子は天を指さし、宣言する。それは既に狂人の類。啓太も亜子も呆れるほどに、恋に恋する乙女のような純情さだ。


 しかし啓太も亜子も、千夜子がめげていないことに安堵した。


「さて、後悔は後よ後。今は調べた資料を基に、離れ小島の実地調査よ。啓太も亜子も準備しなさい。非日常が転寝うたたねして待っているわよ!」


 千夜子の急な行動指針にも関わらず、啓太も亜子も拒否はしない。


「はいっ!」


「まったく、いつもせわしないな。だけど、そういう雇用条件だ。いつでもいいぜ」


 千夜子と、啓太と、亜子。三人は新たな目的を胸に次なる怪異に備えて準備を始めた。


 そうして三人は、今日も非日常へ挑む。


 いつかその火遊びで身を焦がすか、探し人を見つけるか、超常に飽きて日常に戻るまで。好奇心と、親子愛と、雇用関係が尽きるまで。


 三人は時空の狭間を遊びつくすのだ。


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